第31転 先鋒戦決着
刹那、姿を消失する哪吒。その直前、イゴロウは短剣を右手から離していた。自ら得物を手放すという敵の異様な行動に驚くも、既に哪吒の足は地を蹴っている。
「今だ! ――【盗神の手】!」
イゴロウが空いた右手でスキルを発動する。掴んだのは車輪付きの靴――左足の【風火二輪】だ。
「わっ!?」
左足の推進力を失い、右足だけが前に出る。結果、そのまま右足を突き上げる形になり、哪吒が仰向けに転倒しそうになる。
その絶好の隙をイゴロウが見逃す筈もなかった。【風火二輪】を捨て、落下途中の短剣を拾い、哪吒に覆い被さる。哪吒が反応しようとするが、間に合わない。転倒最中では身を強張らせるのが精々だ。
イゴロウの短剣が哪吒の胸部を貫いた。
「…………っ!」
哪吒が目を見開く。心臓を貫いた感触にイゴロウが勝利を確信する。それは時間にして瞬き一つ分にも満たない気の緩みだった。
しかし、それがイゴロウの決定的な隙となった。
「――――【風火二輪】、逆噴射!」
「…………は?」
突き上げた右足の車輪が火を噴く。先程までの逆方向に噴出した炎が右足を強引に動かす。弧を描いた踵がイゴロウの首筋に叩き込まれ、車輪がイゴロウの頸動脈を引き裂いた。
「かっは…………」
よろめき、首筋を手で押さえるイゴロウ。しかし、頸動脈からの失血が掌に収まる筈もなく、致死量である事は誰の目から見ても明らかだった。
一方の哪吒は心臓を貫かれたにも拘らず、死んでいなかった。重傷相応に憔悴しているものの、上半身を地面から起こせる程度には生きていた。
「てめぇ……心臓は……!?」
「停まっているよ。……だけど、僕は宝貝人間。核は心臓でも脳でもなく、霊珠だ」
哪吒は元より宝貝を核として生まれた存在だ。心臓を潰されても脳を損傷しても即死とはならない。医学的には死んでいてもまだ活動が可能なのだ。そして、霊珠は正直に急所の位置に置かれてはいない。霊珠は脳幹に配置されているのだ。
「…………ちっ」
イゴロウが舌打ちを零す。出血は止めどなく、意識は急速に暗くなっていく。戦闘続行などもっての外であり、最早敗北を受け入れるしかなかった。
「あーあ……こんな強い奴に当たっちまうなんて、ついてねえなあ……!」
そう言ってイゴロウは苦々しく笑った。死を目前にした彼の最後の強がりだ。そんな彼に哪吒は真剣な表情でこう告げた。
「礼を言うよ、イゴロウ。君は龍王よりも強い。君を壊せた事は僕の最高の誉れだ」
哪吒の言葉にきょとんとするイゴロウ。しかし、すぐにそれが哪吒の真っ直ぐな賞賛である事を悟り、小さく笑った。
「……ハッ。そりゃ、どーも…………」
その言葉を最後にイゴロウが膝を崩した。重力に負け、右頬を地面に擦り付ける。両瞼は薄っすらと開いていたが、その瞳はもう何も映していなかった。
『イゴロウ、死亡確認! 第一試合勝者――哪吒太子!』
審判エルの試合終了の宣言が闘技場に響いた。




