第30転 風火屠龍鎗
哪吒が身を低くして槍を短く握る。踝の車輪が炎を巻き上げ、推進力を溜めに溜める。やがて炎が翼の如く噴き上がった時、溜めた推進力を全て放出して、哪吒が地面を蹴った。
「――【風火屠龍鎗】!」
その瞬間、哪吒は音を置き去りにした。
元より消えて見える程の高速移動を為していた哪吒だったが、今の動きは誰の目にも見えなかった。秒速にして一〇〇〇メートル以上、音速の三倍だ。瞬きするよりも速く試合場の端から端までを炎槍で貫いたのだ。
イゴロウも右脇腹を抉られ、宙に自身が浮いてからようやく、自分が哪吒に攻撃されたのだと理解した。
「がっ……ぐぁあああああ!?」
地面に落下し、激痛に身悶えしながらもイゴロウは己の幸運を喜ぶ。今の一撃は即死していなければおかしいレベルだった。それが生きているのは、装飾品の効果を総動員して運命力が回避を行ったからだ。まさに幸運値が成せた奇跡だ。
しかし、それでも完璧に避けられず、脇腹に深い傷を負った。傷口が炭化して出血していないのがかえって重傷だ。
「はっ、はっ……ふぅ、ふぅ……!」
そんな途轍もない一撃を繰り出した哪吒も無事では済まなかった。対岸の壁に衝突して、ようやく停止した彼もボロボロだ。衝突は元より、生身で音速を超えた事で音の壁と熱の壁にぶつかり、全身に痣と火傷を作っていた。
更には技の発動の為に体力を著しく消耗していた。意識は明滅し、槍を地面に突き立ててどうにか倒れ伏すのを防いでいる。それ程までに今の技は渾身の一撃だったのだ。
「ぐっ、ぐっ……てめぇ、この野郎っ……!」
イゴロウが脇腹の激痛に耐えつつも立ち上がる。未だ健在の彼に対して哪吒も深く深呼吸をすると、槍を地面から離した。
「はあ、はあ……もう一回だ!」
身を低くし、クラウチングスタートにも似た姿勢を取る哪吒。再度、あの必殺技――【風火屠龍鎗】を撃つ気だ。重傷を負ったイゴロウに回避は不可能だ。それを理解していながらイゴロウも短剣を構える。
「おいおいおい、フラフラじゃねえかよ。無理しねえ方がいいんじゃねえのか?」
「そっちこそ。保健室に行くかい?」
「ハッ、冗談」
「こっちも心配御無用だよ。まだまだ元気いっぱいさ」
互いに煽り合いながらも、双方共に体幹が定まらず、身を揺らしていた。どちらも限界が近い。次が最後の攻防になると、闘技場全体が確信を共有した。
「行くよ」
「おう、来い」
「――【風火屠龍鎗】!」




