第22転 異説封神演義1
宝貝とは中国の仙人達がその力を注ぎ込んで作った道具である。形態は武器以外にも多種多様であり、衣類の物もあれば生物の宝貝もある。それぞれが固有の超常現象を起こす仙人の切り札だ。
哪吒は宝貝を心臓とする人間だった。
紀元前十一世紀。古代中国王朝『殷』にその男――李靖はいた。殷の将軍である彼には大きな心配事があった。我が子が三年と六ヶ月が経っても母の胎内に留まったままだったからである。
それもその筈。子にはある仙人により、来たる戦争に備えて道術が掛けられていたのだ。肉体が戦士として完成するまで生まれないように手を加えられていたのである。
父の心を知らず、仙人が仕上げとして心臓代わりの霊珠を胎内に入れ、ようやく子は生誕した。
――肉の塊として。
肉塊を裂くと、その中には三歳にまで成長した子が入っていた。母は自分の胎から出たが故に息子と認めたが、父は異端の経緯で生まれた彼をどうしても息子とは思えなかった。否、まず人間と思えなかった。気味の悪い化け物というのが彼の認識だった。
「そもそもこいつは本当に俺の胤から生まれたのか? 仙人の目的からすると、事の始まりから関わっている筈だ。となると、もしや……」
疑念は際限なく膨らむ。だからといって、子を無下にする事もできなかった。子は仙人より使命を帯びた身だ。妻は子を愛している。上の息子達も生誕の経緯を知らない故とはいえ、弟を可愛がっていた。
結論として李靖は子を直接養育せず、なるべく関わらないようにした。
「金は出す。家にも置いてやる。だが、俺に話し掛けようとするな。俺もお前には関わらない」
父親としての責を放棄する選択。当然、子――哪吒がこれに納得にする筈がない。
哪吒は父を注目させようと派手な行いを好んだ。その辺の不良、武術道場の門下生、旅の武芸者、村を襲う盗賊団、果ては凶悪な妖怪に至るまで、強そうだと思った相手全員に戦いを挑んだ。そして、その全てに勝利してきた。
「父さん、父さん、父さん。これならどうだ? ここまでやればどうだ? 僕を見ろ。僕を見ろよ、父さん」
だが、哪吒がどれ程やんちゃをしようと李靖が子と目を合わせる事はなかった。
「父さん。ねえ、父さん」
「…………」
「…………」
事件が起きたのは哪吒が七歳を過ぎた頃だ。きっかけは彼の師となった仙人との会話だ。
「師匠。龍って何?」
「龍か。龍というのはな、色んな生き物の特徴をごちゃ混ぜにした怪物の事じゃ。鹿の角、駱駝の頭、幽霊の眼、大蛇の体、蛟の腹、鯉の鱗、鷹の爪、虎の掌、牛の耳って具合にのう」
「意味が分かんない。それで、強いの?」
「ああ、強いぞ。我も数える程しか見えた事はないが、この世の生き物の中で一番に強い。雲と雨を操って、街を洪水に起こす力を持つのじゃ。
更に、龍は強いだけではない。偉いのじゃ。特に四海龍王という奴らは海も川も湖も含めた水関連の全てを治めておる。神様みたいなもんじゃよ」