第21転 哪吒太子
「しゃあっ!」
そのまま逆袈裟に斬り上げるイゴロウ。彼は完全に隙を突いたと確信していた。片剣を奪われた哪吒は為す術なく斬られるしかないと思っていた。
「――【陰陽剣・接合】」
だが、そうはならなかった。
哪吒が剣の名を呼ぶと、白剣が黒剣に引き寄せられた。刃同士がまるで磁石のように吸着する。あらぬ方向に行った斬撃に力が入る筈もなく、当たりこそしたものの哪吒に与えられたのは掠り傷だけだ。
戸惑いを隠せないイゴロウに哪吒が右手をかざす。
「――【乾坤圏】」
「ぬおっ!?」
哪吒の手首に嵌められていた金の腕輪が輪状の刃に変形する。輪刃は矢の如く射出され、イゴロウを襲った。意表を突かれたものの、装飾品のスキルがイゴロウの右半身を反らして輪刃を躱させる。
直後、哪吒が黒剣を振り下ろした。黒剣から白剣は既に離れていた。イゴロウは回避したばかりで咄嗟には動けない。如何に『一定確率で相手の攻撃を回避する』といっても、それが原理的に不可能となれば、どれ程の幸運値であっても改変しようがないのだ。
イゴロウの右胸から右腰に掛けて斬撃が通る。鮮血が噴出し、大地を赤く染めた。
「ぐっおおおっ!」
激痛と屈辱にイゴロウが歯を食い縛りながらたたらを踏む。彼の背後から輪刃が飛んで哪吒の右手首に戻った。
「……へえ。今のは仕留めたと思ったのに、まだ生きているんだ。面白いね」
「あぁん!?」
面白いなどと言われてイゴロウが憤慨する。殺し合いの最中だというのに馬鹿にしているのかと思ったのだ。実際、そう受け取られても仕方のない発言だ。
「だって面白いでしょ? 傷付けて、傷付けられて、どうやって戦おうかって考えて。そういう壊し甲斐がある奴ってさ、実際に壊した時に『自分が凄いんだ』って達成感が沸かない?」
だが、哪吒は薄く笑っていた。他人を虚仮にしている者の笑みではない。冷たい刀のような、歓喜と殺意に満ちた笑みだ。
「はあ? 何だそりゃ、共感できねえなあ。俺は一方的な無双が好きだ。自分を危険に晒すなんざ極力控えたいね」
そんな哪吒の発言をイゴロウは無下にする。今日までどれだけ血生臭い戦場を駆け抜けてきたといっても、彼の性根は地球の一般人だ。猟奇的嗜好や戦闘狂は理解の外にある。
「……そう。趣味が合わないね。じゃあ」
白剣を拾い上げ、改めて哪吒が構える。剣を両手に、切っ先を左右に広げた様は、まるで翼のようだった。高所から獲物を見つけた猛禽類の如き迫力だ。
「僕一人だけで楽しむ事にするよ」