第14転 元に戻った吉備之介
魔王城シャールノス。
日本国が首都・東京都上空に浮遊するその建造物は意外にも整っていた。
悪の親玉の住む城となると蜘蛛の巣が張っていたり人骨が転がっていたり、禍々しい像や鎧が飾っていたりするイメージがあるものだ。あるいは、生物の体内になっているパターンもある。
しかし今、現世にあるこの城の造りは超一流の王宮だ。デザインは西洋風に近く、漆黒の石煉瓦を積み上げた尖塔が幾つかある。豪奢ながらも過度な派手さはなく、品がある様式だ。清掃は隅々まで行き届いており、使用人の熱心さが伺える。
更にはその敷地面積は広大だった。館や塔、壁や門といった城特有のもの以外にも臣下達は暮らす家屋や公共施設がある。城というよりも都市だ。そんな都市が大地ごと重力を無視して、空中に浮いているのだ。
都市の施設の一つには闘技場があった。建築面積は四万六〇〇〇平方メートル。これは東京ドームと同程度の広さである。なお、そこまでの広さをもってしても魔王城全体の敷地面積に比べると、七分の一にも満たない。
「う~……う~……」
闘技場の観客席にその吉備之介と竹はいた。城到着時からずっと渋い顔をして苦しげに唸っていた。顔色は蒼く、汗はひっきりなしに流れ落ちている。肩は常時小刻みに震えていた。
「うるさいわね、さっきから何をそんなにビビってんのよ、桃太郎」
そんな吉備之介を竹があえて『桃太郎』と呼んで揶揄する。いわゆる萌え袖から指を覗かせてスマホを弄りながらだ。
「当たり前だろビビるに決まってんじゃねえか何言ってんだ! 俺はついこの間まで日本のただの高校生だったんだぞ! それが決闘場所に連れてこられてビビらずにいられるかってんだ!」
「クリトと戦って勝ったんだから、もう日本のただの高校生とは言えないでしょう」
「あんなのマグレに決まってんだろバーカ!」
竹に吉備之介が吠える。クリトを撃破した勢いは完全に鎮火し、元の吉備之介に戻っていた。彼の情けない姿に竹が溜息を吐く。
「ていうか、そういうお前はどうなんだよ? 獣月宮竹――いいや、かぐや姫様よ? お前はこの戦いに何の恐怖も感じてねえってのか?」
「私、非戦闘員だもの。別に恐怖とかないわ」
「ド畜生!」
吉備之介が悔しさを声に込めて天を仰ぐ。観客席で大声を出すなど通常であれば迷惑行為だが、周囲は彼以上に騒がしい。観客席は満員も満員だ。彼一人の声では雑踏を掻き消す事は叶わなかった。
「喚かないで頂戴。あんた、お姫様に何を期待しているのよ。かぐや姫と言えば可憐でか弱い鳥籠の鳥って決まっているんですけど」
「男に無理難題吹っ掛けて次々にフっていく図々しい女でもあるだろうが。ていうか、俺もあの甲冑の兵士達もお前にボコられたんですけど?」
「失礼ね。別に私が何もしないでここにいる訳じゃないでしょ」
確かに、と吉備之介は不承不承頷く。




