第13転 獣月宮竹の好みのタイプ
数時間後、別の車を用意した竹は無事に空港まで辿り着いた。空港には竹のプライベートジェットが待機しており、竹と吉備之介は早速搭乗した。フライト先は当然、空に浮かぶ漆黒の城――魔王城だ。
「斯くして『意地』と『使命』の戦いはこの試合に限っては『意地』の方に軍配が上がりました、か……」
「ん? 何か言ったか?」
竹がスマホを手に独り言を呟く傍ら、吉備之介は隣の席で身を強張らせていた。顔色は青く、額には脂汗を浮かべている。
「何でもないわよ。それより、どうしたの? 調子悪そうだけど」
「いや……今更ながら人を斬っちまったなあって。俺、刀どころかナイフすら握った事がなかったってのに。ナイフで斬られた事ならあるけど」
「斬られた事はあるんだ……そういえばあんた、中学時代は結構な喧嘩屋だったらしいわね」
「おうよ。真剣じゃなくて木刀なら使ってたぜ」
吉備之介の右手は若干震えていた。人の骨肉を斬った感触がまだ手に残っているのだ。
あの後、クリト・ルリトールはまだ息があった。生命力の異様な高さは伊達に異世界転生者ではない。お陰で吉備之介は人殺しにならずに済んだが、それでも人斬りになった事実には変わりない。
「あとさ……やっぱり怖ェなと思ってさ。今、魔王城に向かっているじゃん。つまり、どんどん死地が近付いてきている訳じゃん。怖ェよそりゃ」
「クリトを倒してみせた度胸はどこに行ったのよ」
「あんなん一時のテンションの気の迷いですぅー。人間そうそう変わるかよ」
肩を竦めておどける吉備之介。確かに人間、生来の気質は容易く変化するものではない。人間よりもなお変化が乏しい神の転生者である竹は「仕方がない」と溜息を吐き、吉備之介を横目で見た。
「それじゃあ、やる気が出るように私が難題をあげるわ」
「難題?」
「ええ。かぐや姫からの難題よ。――試合に出てくれたら私があんたのカノジョになってあげる。試合に勝ったら結婚してあげるわ」
「うおっマジで? ……いやいやいや、結婚とかそういうのはもっと慎重に考えるべきだろ」
一瞬、満更でもない反応をした吉備之介だが、すぐに却下した。学生に結婚云々は荷が重いというのが彼の考え方だった。
「あら、それならカノジョになるのはいいのかしら?」
「そりゃあこちとら健全な男子高校生ですし。カノジョいない歴……いや、そうじゃなくて。自分を安売りするのはやめとけよ」
「何を今更。『竹取物語』ってのはそういう話よ」
五人の求婚者に対してかぐや姫はそれぞれに難題を出し、その難題をクリアした者と結婚すると宣言した。『竹取物語』の一シーンである。
「それは平安時代の話だろ。今はそういう時代じゃねえ」
「だったら、あんたならカノジョ作る時はどうするのよ?」
「そりゃあ素直に告白するよ。『お前の事が好きだから、お前にも俺の事も好きになって欲しい。付き合ってくれ!』って」
吉備之介が若干照れながら自身の例を掲示する。それを聞いた竹は、
「……ふ~ん」
と少しにやけた。
「何だよ、そのリアクション」
「……別に。何もないわよ。ま、いずれにしても生き残らないと話にならないわね。試合、精々気張りなさいな」
「へいへい」




