第12転 大神霊実流剣術
「刀を抜けば、あんたは『桃太郎』になる! あんたの前世が『桃太郎』だって事を重荷じゃなくて利用するのよ!」
「獣月宮、お前……」
「使命とか運命とかそんなのはどうでもいい。あんたが『ここで死にたくない』と思っているのなら、刀を抜いて戦って!」
「…………」
竹の喝に吉備之介は目を見開き、手元の刀に目を落とした。
思い返すのは祖父母や学友達の事だ。吉備之介がここで殺されれば彼らは泣くだろう。怒るかもしれない。死んだ自分の事を不甲斐ないと思うかもしれない。まさか復讐なんて考えるまではいかないだろうが。
死ぬのは怖い。こうして転生した身ではあれど、感覚が朽ち果てていくあの絶望と自分が消えていく不安感は耐え難い。二度とどころか一度だって味わいたくないものだ。
「――ああ、死にたくねえな」
呼吸を一つ挟み、吉備之介は意を決した。鞘から刀を抜く。
途端、吉備之介の纏う空気が一変した。
先刻、車の中で刀を離して置いたのは刃物が怖かったからだけではない。鞘から刃を完全に抜いてしまえば自分の中の何かが終わると確信していたからだ。既に変化した自分がこれ以上、ただの高校生から離れていく事に忌避感を覚えたが故だ。
その忌避感を今ここで彼は捨てた。抜刀した事で自分の中にある『桃太郎』のスイッチを入れたのだ。
「ハッ! 刀を握ったからといって何が変わるって言うのだ? 腰抜けが!」
そんな吉備之介の変化に気付かずクリトが煽る。
「おれがどうして『武闘家』を選んだか分かるか? こいつが最も敏捷値が成長する職業だからだ」
クリトの拳は一撃必殺。命中さえすれば如何なる物質も現象も破壊できる。そこに腕力は必要ない。故に素早さを極める事が至上となる。相手の攻撃に当たらずに相手に攻撃を当てる事こそが必勝のパターンなのだ。
「貴様が何をしようとおれには当たらないんだよ!」
クリトが疾駆する。瞬く間に吉備之介に肉薄し、音を置き去りにする拳が放たれる。
――その刹那、
「【大神霊実流剣術】――【追儺】」
吉備之介の刀が横一文字に閃いた。
それこそ瞬きの間の出来事だった。竹が気付いた時には吉備之介はクリトの後方五〇メートル先にいた。刀を振り抜いた後の姿勢だった。クリトの腹部には深い刀傷が刻まれ、鮮血がスプリンクラーのように噴出していた。
目にも留まらぬ速さ――否、目にも映らぬ速さで吉備之介がクリトを斬ったのだ。
「ば、か、な……!?」
自身を上回る敏捷性に茫然自失とするクリト。現実を否定するかのように虚空に手を伸ばすが、掴めるものは何もない。意識が急速に暗闇に落ちていく。
「疾すぎる……!」
クリトが前のめりに倒れる。まだ息はあるが、意識は完全に失われていた。戦闘不能は明白だ。
異世界転生者クリトは撃破した。異世界の兵士達も全滅した。吉備之介と竹は生き残った。
路上試合は二人の勝利に終わった。




