第10転 第二回竹取物語前日譚2
「私も含めてか? まあ、そうだろうな」
「……それに役目を果たすを迎えてもその後も幸せになれるとは限らない。戦場を赴くという事は命を奪うという事。高揚感と優越感で最中は見て見ぬ振りをしても、いずれは罪の意識に苛まされる」
「罪の意識か。あの『桃太郎』のようにか?」
「…………」
桃太郎は鬼退治という役目を背負わされて生まれてきた。生まれる前から使命が定められていた。彼自身もそれに疑問を持つ事なく育ち、鬼を討伐する旅に出た。そして遂には鬼ヶ島へと辿り着いたのだ。だが、
「鬼ヶ島は非常に貧しい村だった。土地は枯れ、水も乏しく、作物が育たない。作物が育たなければ家畜も飼えん。だが、鬼ヶ島を出奔する事はできなかった。人外種族である彼らは人々から追い立てられ、最後に逃げ込んだのがあの島だったのだからな。他に行き場所などない」
鬼達は何も欲望の為だけに村々を襲っていたのではない。自分達の村を養う為でもあったのだ。
だが、略奪は略奪だ。因果は応報する。奪った者は奪われなければならず、殺した者は殺されなければならない。それが神々の決定だった。
「桃太郎は見事に使命を果たしたわ。鬼ヶ島の鬼達を全滅させた。男も女も老人も赤子も全員殺してみせた。後々の遺恨を絶つ為に。でも、彼の人生には暗い影を落としたわ。鬼達の宝を持ち帰り、英雄と褒め称えられても、彼の心は休まる事はなかった。幸福を拒絶するように結婚もせず、結局独りきりで没したのよ」
「心配せんでも、異世界転生者達はそうはならん。彼らは皆、幸せそうだぞ」
「それは神々が転生者をそういう風に洗脳したか、そいつが元から狂人だったかでしょう?」
「…………」
かぐや姫の返しに月読命は深々と溜息を吐いた。
「それで武装蜂起か。全く、何歳になってもお前のお転婆は治らんな。一三〇〇年前からずっと変わらん」
「ええ。私は私を曲げるつもりなんてないもの」
言い切るかぐや姫に月読命は再度溜息を吐く。とはいえ、彼も本気でかぐや姫に変化などと望んではいない。神々は在り方が揺るがないからこその神々だ。千年単位で生き続けてきた彼らは最早存在が概念に等しいのだ。
「お前の追放先は前回と同じ我が国、日ノ本だ。ただし、今回は竹の中ではない。今時竹取をする者などおらんからな。ごく普通に人間の子として転生して貰う」
「そう。楽しみね」
「汚らわしい人間の中に紛れ込む事を喜ぶのはお前くらいなものだ」
「そうかしら? 案外悪くないわよ。無味乾燥な月の都よりマシ」
「まあ、それでこそお前らしいと言える。前回は未婚のまま月に帰ってきたが、今度は結婚するのか?」
「そうね。いい縁があればそうするけど」
前回の転生の記憶とこれからの人生に思いを馳せて、かぐや姫は考える。前回は血統や身分を拠り所にする輩が周囲には多かった。求婚してきた者達もかぐや姫の美貌と名声が目的で、情熱をもって娶ろうとする者はいなかった。だから、
「使命だとか大義だとか、そういうのじゃなくて、自分の意志で戦おうとする人がいいわね」
それまで無表情だった彼女はそう言って微笑んだ。