プロローグよりちょっと前のお話
ナユの魔法、ノノの方に動け――っ!
「――はい、できたわ。これで、もう使えるはずよ、ノノ。もし、誰かに渡したくなった時は――、ごめんだけど、孫に頼んでね。」
リビングに置かれたソファの上で二人。
ノノのつむじの匂いを味わいながら、長年連れ添った親友の魔法をそっと使い終えた私は、ノノを抱きしめていた腕を離す旨を伝えるため、左手で軽くノノの背中をトントンとした。
――のだけど、ノノがぎゅーっと、私の背中に回していた腕にさらに力を入れてきた。
「ノノ?」
どうしたのかしら。
齢六十を超えた二人の百合シーンなんて、どこにも需要ないと思うんだけど…。
とは言っても、ノノは妖怪か何かなんじゃないかって思うくらい若々しいままなんだけどね――、あとマキちゃんも。
ほんとうらやましい限りよ。
私は、といえば――、一昨年くらいから一気に老け込んだ気がするわ。
――って、そんなことよりも、よ。
「ねぇ、ノノ?」
…。
…ダメね。
もう一度呼びかけてみても、ノノは私の胸に顔をうずめたまま微動だにしてくれない。
まあ、この後の用事と言ったら、近々くる旦那の三回忌の前にそのお墓の掃除に行くくらいだから、別に急ぐこともないんだけど――。
でもどうやら、そこへ連れてってくれるはずの運転手を宥めるという仕事が、新たに発生したみたいね。
「ノノ、やっぱりまだ怒ってる?」
「怒ってないの。別に最初から怒ってないの、怒る理由がないの。」
…怒ってない、ね。
私にしたら、怒られる理由があるんだけれど――。
まあ、ノノにしたら、さもありなんってところか。
逆の立場だったら、私だって怒れないもんね。
「ごめんね、ノノ。でも、旦那と約束したから――、ニカを助けるって。」
「知ってるの!知ってるけど、知らないのっ!」
あはは…、…困ったわ。
こんなの宥めようがない。
そうよね、理屈じゃないわよね。
「なんで、つぐみんの周りはそんなに死にあふれてるのっ!ノノなんて、まだ誰一人として死に別れたことないのっ!」
「そんなこと言われても…。」
私だって、できるならごめん被りたい。
大事な人とのお別れは、何回経験しても慣れなんてしないんだもの。
「かいちょー、どれだけ泣いたか知ってるの?つぐみんには絶対言わないだろうけど、1週間、まともに食事すらしてなかったの!ナユは…あんなだけど、しばらく日本で暮らす計画立ててるの!」
…ほんといい親友に恵まれたわね。
この幸せと、パパやニカ、そして私の旦那が死んだ事、さらには私の孫のニカが病気な事の不幸せ。
それとこれとでプラマイゼロ――なんて、口が裂けても言えないけど。
それぞれを思い出すだけで吐き気を催すけれど、それでも――。
その時々、蹲くまってしまった私の手を引いてくれた皆がいたことは、幸せ以外のなんでもない。
「ほんと、ごめんね。――でも、ニカを2回も失くしてしまうなんて、絶対耐えられないから。」
「――っ!わ、分かってるのっ!!!」
分かってるけど、分かりたくない。
その気持ちは、私が幾度となく経験してきた感情で――。
だからこそ、取り残されるノノたちに、私から――取り残してしまう側から、言える言葉なんて全然なくて――。
「ごめんね、ノノ。」
謝り続けるしかない自分が、どうしようもなく情けない。
60年以上も生きてきてるってのに、全く持ってどうしようもない人間ね、私。
…はぁ。
「家族はこのこと知ってるの?」
「…弟の空太だけ。お父さんの事もおかーさん事も、私の娘の事も、全部空太にまかせちゃった。私の魔法のこと知ってるの空太だけだし。」
「…はぁ。」
空太にも、同じようなため息つかれたわ。
重ね重ね申し訳ない。
あー…とにかく!
「ほ、ほらっ、とりあえず、ナユから預かってた未来が見える魔法、ノノに渡したからね。」
「うん、わかったの…。」
…。
…ふぅ、ようやく腕の力を緩めてくれた。
緩めてくれた――というより、私の情けなさに脱力した、が正解かも。
まあでも、せっかくだし今のうちに座りなおしとこう、――ヨイショっと。
――それで、だけど。
「まさか、ナユがノノに魔法渡したいとか考えてたとは…ね。」
「あたし独り身っすから、誰かに受け継いでほしかったっす、って言ってたの。」
「うん、言ってた。だから、私が元気なうちにって、先週、家に来たもの。そしてすぐ、海外に帰っちゃったけど。」
「そんな事考えない人だと思ってたの、いつも飄々としてるの。」
「そお?」
…私的には、そんなことないんだけど。
確かに魔法を渡したいって言われた時はびっくりしたけどね。
でも、その考えにナユが至るのも、私には自然に思えたかな。
「飄々としてるって思ってたけど、つぐみんの為になんとか日本で暮らす算段を立ててるのみて、飄々としてるだけの人じゃないって、最近わかったの。ちょっと嬉しかったの。」
「そうなのよ、結構考えてるのよ、あの子。顔には出さないけどね。だから、自分がずっと大事にしてきた魔法を、誰かに受け継いでほしかったんでしょう。『次いつ帰ってこれるか分からないっすから。渡せるときに渡しとくっす、ノノ先輩によろしくっす!』だって。ナユは結構、ノノの事信頼してるのよ。」
「うん…、魔法、誰にあげてもいいっすって言われたの。」
「あはは。ちょっと言葉足りてないけど、ノノが認めた人なら誰でも、ね、それは。」
「むむむ…。」
そうならそうと言ってほしいの、って頭抱えるノノ。
いろいろ考えてる割に、行動が大雑把なところは、相変わらずナユって感じね。
そのおかげで、飄々としてるやつって思われてるんだと思うわ。
まあ、とにかく――。
「だから、渡したい人が出来たら、孫に言ってね。」
「でも、ノノはまだニカちゃんに会ったことないの。」
あ。
そういえばそうだったっけ。
…まあ普通、親友と言えど、その孫と面識がある方が珍しいか。
家のニカだって、マキちゃんとしか会ったことないし。
うーん…じゃあ――。
「しばらくしたら、こっちに引っ越してくるし、落ち着いたら――ね。タイミングが合わなかったら、マキちゃんに頼んどく。」
「むぅ…、またそんなこと言うの。」
ノノが泣きそうになるなんて、初めて見るかも。
本当に、ごめんね、ノノ。
「ほ、ほら、今すぐいなくなるってわけじゃないから、これからもよろしくね、ノノ!」
「…わかったの。」
――と、どう見ても、自分に言い聞かせてるだけの顔でノノがうなずいてくれる。
そうまでしてでも、私の意思を尊重してくれる大事な親友。
…。
今までありがとね、ノノ。
「…ねぇ、つぐみん。」
「ん?」
「つぐみんは…、えっと、その――幸せだったの?」
…。
『幸せだったの?』…か。
その問いに、間を置かず返事一つで答えるには、私はあまりに大切なものを失くしすぎていて――。
でも、不幸だったかと聞かれれば、決してそんなことはないって胸を張って言えるし…。
うーんと…そうね――。
「ニカを救えたって点においては、最高に幸せよ。だって――世界を救えそうもないホント些細な魔法を授かったけど、おかげで最後に、私の大切な人を救えたんだから!」
と、そう力強く答えた私の顔はきっと、とても清々しい笑顔で――。
窓から入る光に照らされきらめく笑顔は、ノノの心のわだかまりを、多少はほぐせたに違いない。
「…いや、そんなこと聞いてないの。なんでそんな話になるの。それ絶対、前々から考えてたセリフなの。そんなのいきなりぶっこんで来ないで欲しいの。つぐみん、クサいの。」
「ちょっと、ノノ!最後くらい綺麗に締めさせてよ!たしかに、ずっと考えてたセリフだけど!!」
「マキちゃんに貰った芍薬、ちゃんと育てるの忘れるな、なの。」
「恥じらいの意味がなんかちょっと違う気がするっ!」
――もおっ!とにかく!
誰が何と言おうと、幸せだったわよ!私は!
自分に言い聞かせなくても、自信を持ってそう言えるくらいにはね!
だってほら――、こんなに気の置けない親友たちがそばに居てくれたんだから。




