始まる前のお話
『今日のお昼過ぎに、そっち行っていい?』
「ええ、もちろん。待ってるわ。」
『わかった!じゃあ、またあとで!』
「ええ、また――あ。」
あらら、せっかちなんだから。
やれやれ、と差し込むやわらかい日差しに目を細めつつ、プツンと切れた電話をそっと未だ出しっぱなしの炬燵の上に置く。
もう春なのだから、いい加減片づけないといけないのだけれど――。
暁を覚えない春眠の如く、私の体がこの頃ダルっとした倦怠感で覆われているせいで、どうにもやる気が湧かない。
だから未だに――、どれだけ時代が流れようとも日本人が暖を炬燵に頼ってしまうように、うちも炬燵がリビングの真ん中を我が物顔で占拠し続けているのだった。
「――ねぇ、シリ。こたつ片づけて。」
「すみませんが、それは出来ません。何かほかにお手伝いできることはありませんか?」
「はぁ…。どれだけAIが発展しようと、こたつは片づけてくれないのね。」
分かり切ってた答えだけれど、もう少し努力の姿勢を見せて欲しいと思う。
だから私は落胆の意味を込めて、その高性能な携帯電話を指でツンとつついてやった。
――けど、ほんと科学ってのはすごいわ。
もうこれ以上発展しようがないだろう、と何度思ったことだろうか。
それでも、そこからいつも、私の想像を超えて日に日に進化し続けてるんだから――、この携帯のように。
発展した科学は魔法と遜色ないとは、よく聞く話だけれど――、どうもそれは私には間違いにしか思えないわね。
だって現に、私の魔法よりも明らかに魔法じみているんだもの。
「――ねぇ、シリ。出来ないことはないの?」
「私はいろいろなお手伝いができます。詳しくは――。」
マジ卍。
ないとは答えないところが、私とは――私の魔法とは大違いだわ。
「そんなことより――っと。」
こんな寂しい一人遊びは置いておいて、準備に取り掛からないと。
あの子が家に遊びに来るのを待ってたのよ、ちょうど見せたいものもあったし。
だから、その準備をしましょうか。
「――よいしょ。」
そう年より臭い掛け声を一つ入れ、こたつから立ち上がりつつ、置いてあった空のグラスを手に取る。
ついでにこれも、台所に片づけてきましょう。
と、曲がった腰を整え、完全に立ち上がった瞬間――。
「――ん。」
急に目の前が真っ黒に染まる。
しかし――その暗闇に多少たじろぎはしたものの、特段珍しい事でもないため、私はそのいつものふらつきに身を任せて、視界が再び開かれるのを待つことにした。
つまりは、ただの立ち眩くらみ。
しばらく大人しくしてれば、すぐに回復するし、なんにも問題ない、いつものこと。
そう、問題ない――はず、だったのだが、今日は少し勝手が違っていた。
ぼやーっとした明かりが眼前に広がってきたその時、少々油断してしまったのか、グラスを持つ手の力をふと抜いてしまったのだ。
「あ――。」
――止まれ。
ふぅ…、いけないいけない、やってしまった。
最近は、こういったうっかりが多くなった気がするわ。
ゴツンと床から鳴った鈍い音に胸を撫でおろしてる場合じゃないわ、反省よ、反省。
長年の経験のおかげで、咄嗟のフォローが間に合ったものの、もちろん絶対ではないし、次は失敗するかもしれないし…。
そう、今回がたまたま上手くいっただけなんだから。
「気を付けないと、ね。」
うっかりしないのが大事なのよ。
と、そう呟きながら、床に転がったグラスを再び手に取り、台所へと向かう。
――さて。
えーっと…そうそう、準備しないと、あの子が来るって話だものね。
とは言っても、本を一冊取り出すだけなんだけど――。
でも少しだけ、自分でも読み直しておきましょうか。
ちょっと気になるところもあるし…、あー、あそこだけでも隠しておこうかな、意味は…あまりないかもだけど。
直接的な表現は、あまり見せたくないもの。
――でもま。
あの子がいらないって言えば、この気遣いも全部無駄になるんだけどね。
それでも、私としては出来ることは全部しておきたいのよ。
だから、ちゃんとしておかないとね、出来るうちに。
炬燵は――、ちょっと片づけれられないけれども。
そうして私は、一冊の本を手に取った後、先ほどの定位置へと戻るのだった。
もう寒さ感じる季節ではないとはいえ、炬燵がくれるぬくもりは、今の私にはまだまだ必要なようだ。
気怠さが蜷局を巻いている、この重い体には。
――でも。
私の持つ魔法は決して世界は救えるものではなかったし、ましてや私にそれだけの器量もないのだけれど――。
だからこそ私は十分に満足してるのよ。
この――、結末にね。
お疲れ様でした。
序幕にあったお話を移動しました。
特に深い意味はないので、お話の先を読みに行っていただけると嬉しいです。
では最後までお読みいただいた方、ありがとうございました。
次回もお待ちしています。
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