シン参佰話 別れ
ペタン、ペタン――。
足を踏み出すごとに、辺りに響きわたる場違いな音。
『場違い?』
いや、場違いなのは私だ。
リノリウムの床を歩けば、ペタンと可愛いらしい音が響くのは当たり前で。
ましてや、それがほとんど人のいない校舎となれば尚更。
場違いに聞こえたのは、私がいつもと違うからだ。
――でも。
いつもの通い慣れたこの廊下は、いつもの教室に続いているはずで――。
それはつまり、この廊下が、そのいつもの日常へと繋がっているということで――。
まだ現実を受け入れたくない私にとって、ここは死刑囚が上る階段と同義だった。
「それは流石に言い過ぎがな…。」
――ペタン…ペタン。
ぽつりと漏れた言葉が、私の足取りをさらに重くする。
どうやら私にはまだ、軽い冗談を言えるくらいの気力が残っていたようだ。
「はぁ、…最低。」
あんな辛い思いを先週したばかりなのに、それでもまだ気力なんてものが残ってるなんて…。
自己嫌悪がお腹の中で渦を巻いて、気持ちわるい。
それに、先週流しきったはずの涙も、また溢れてしまいそうだ。
――ああ。
今すぐにでも、ここから逃げ出してしまいたい。
「はぁ…。」
ヘドロを煮つめたようなこの感情を、今すぐにでも吐き出したい所だけど、ここはもう学校で――。
だからその代わりにと、しつこく湿った溜息をドポッと吐き出した。
薄暗い校内は、私のそんな低い溜息までもが辺りに響き渡るほど、未だに静まり返っている。
果たして今日、何回溜息をついただろう。
――少なくとも指で数えきれないほどなのは確かだ。
それらと共に雲散しただろう幾つもの幸せと一緒に、私も消え入ってしまいたい…。
そこまで考えて私は、とうとう入り混じる感情に耐えきれずに、その歩みを止めてしまった。
耳に届くのは――小鳥がさえずる声だけ。
その楽しそうなおしゃべりが、ヘドロに汚染された脳を更にぐちゃぐちゃと掻きまわし――ああもう、煩い。
「ちょっと黙っててよ!」
そんなことを口走ったとて、小鳥たちが静かになるわけもない。
結局私は、天岩戸の如く、人差し指を両耳にぎゅっと突っ込むことで、自分自身を守ることにした。
でも――。
どれだけ強く耳をふさいでも、その甲高い声は防ぎきれなくて――。
「はぁ…。」
許容値を超えた分の悲しみを、また口から吐き出すのと一緒に、私は諦めて岩戸を開いたのだった。
そして、かつて天照大神がそうしたように、私も日常につながっているだろう廊下の先へ、やんわりと目を向けてみる。
…。
…ダメだ。
窓から差し込む光でキラリと輝くその日常に、私はまだまだ戻れそうにない。
戻るわけにはいかない。
だってこうしてる今も、私の自己嫌悪は強まるばかりだから――。
だから、まだ少し薄暗いこの廊下の曲がり角が、今の私の精一杯だ。
向かうべき教室は廊下の奥の、ずっと奥なのに。
その距離は、まだまだ果てしない。
「…はぁ。でも、こうしてても仕方ない、いこう。」
わざわざ言葉に出して、自分に活を入れる。
もちろん、そんなもの入るわけなんてないけど、でも、そうでもしなければ、このリノリウムに張り付いた両脚は動いてくれそうになかった。
『3-4』と書かれたいつもの教室は、階段を通り過ぎたさらに奥。
どんなに遠くに思えたって、足を動かせば容易にたどり着くことができる――はず。
先週まで、そうだったんだから。
――だからいつも通りに足を動かそう、この劣化ウランのような足を。
そのいつもに戻りたくなくても。
いつまでもここに突っ立ってるわけにはいかない。
ウランのように劣化してしまった私の日常に、戻りたくはないけど、戻るために。
「――よし。」
まずは階段。
階段まで行こう。
歩数にしてあと数歩。
右足、左足、右足、左足…、うん、順調だ。
このペースを保ったまま、横切ってしまおう。
右足、左足、右足…。
「――っ!!!?」
と、その時。
左足を前に、とさらに足をあげた瞬間、突然私の体が動かなくなった。
――かと思いきや、頭にクエスチョンマークを浮かべる暇もなく、また体が動き出す。
普通の人ならパニックを起こしそうな、そんな状況だけれど――私にはこの感覚に覚えがあった。
うん、間違いない。
あいかわらず、ホント雑に魔法を使うんだから…。
えーっと…、どこにいるのやら。
前…、に姿はないから、おそらく横。
そう、今まさに通り過ぎようとしていた階段の方――。
「おはよう、ニカ。」
「お、おはよう。つぐみん…。」
案の定、私に声をかけてきたのは私の親友、つぐみんだった。
「ふぅ、今日はいい天気ね。気持ちいいわ。…ちょっと寒いけど。」
と言いながら、んーっと伸びをするつぐみん。
冬服になったばかりの制服が、つぐみんの胸で押し上げられて、お腹が見えそうだ。
すこし…憎たらしい。
私は家系的に絶望的だというのに――。
そんな羨望の感情にハッとする。
…どうやら、つぐみんという大好きな親友の顔を見ると、否が応でも日常が侵食してくるらしい。
『屋上にいかない?』という親友の何気ない提案に、まだ教室に行きたくなかった私が間髪入れずに頷いたんだけど…、――失敗だったかもしれない。
さらには、つぐみんに促されるまま空を見上げてみると、頭上にはスカッとした快晴までもが広がっていた。
登校してるときには気付きもしなかった、眩しい事この上ない、私の心とは真逆のお天気。
――ハハ、私の居場所は世界中のどこにもないのかもね。
「何言ってんの。ほら、ここ。ここ座って。ニカの居場所は、私の隣でしょ?」
いつの間にかベンチに腰かけていたつぐみんが、隣にすわれと座面をバンバンしている。
そんな風に言われたら座るしかない。
つぐみんはずるい。
「って、そんなピッタリくっつかなくても…。」
「寒いし、仕方ないもん。」
「…そう。」
――しばしの沈黙。
その沈黙の隙間を縫うように、サーっと吹いた風に靡いたつぐみんの髪が、私のうなじを軽くさらう。
そのこそばゆさに、少しだけ目線を上にあげると、屋上から見える校門と校舎をつなぐ道に、ちらほらと生徒の姿が見えた。
…きっと、あの生徒たちは、今日もいつも通りを過ごすんだろうなあ。
そう、そしてそれを当たり前のように享受するんだろう。
それに比べて私は――。
そんな負の思考のスパイラルに再び陥りそうになったとき、つぐみんが口を開いた。
「…おばあさん、亡くなったんだって?」
「………うん。」
――そう。
私の非日常が始まったのは、その瞬間からだ。
大好きな、ほんとに大好きなおばあちゃんが、先週いなくなった。
『ニカちゃんはいつも元気ねぇ』で評判の私から、そのいつもを奪うのには、十分すぎる出来事だった。
「ニカ、おばあさん大好きだったものね。私にも優しくしてくれたし、とても素敵な人だったわ。」
「…うん。」
この二文字、たった二文字しか、喉から出てこない。
だって、これ以上無理に言葉を発すると、声以外のものまで溢れ出そうだったから。
だから――。
その代わりと言っては何だけど、かすかな言葉と同時に首を縦に振る。
それが今の私の精いっぱいだった。
つぐみんもそれ以上言葉が続かないようで、両手を膝の上に重ねたまま空を見上げている。
かける言葉でも探してくれてるのかな。
私としては、何もしゃべってくれなくても、今こうして横にいてくれるだけで十分なんだけど。
というか、そもそも。
つぐみんは今日、私のために朝早くから学校に来てくれてるわけで…。
『――明日の朝、学校で。』
メッセージを返す気力すらなかった私に、最後にそう送ってきたつぐみん。
何時に登校してくるかも分からない私よりも、さらに早く登校してくれていたつぐみん。
そんなつぐみんに、私ができることは…今の気持ちを吐き出すくらいしかなくて――。
――だから、今にも弾けてしまいそうな感情をなんとか押しとどめながら、私はぽつぽつとしゃべりだした。
「…あのね、つぐみん。」
「うん。」
「私ね、こっちに来る前は体が弱かったの。…まあ、今もだけど。」
「知ってるわ。」
「でね。体が弱いというか、ね。あと2年ほどの命だって言われてたの。」
「え…。それは…初耳、ってニカ――。」
「ああ、今はもう大丈夫。」
相槌から一転、ぐいと身を乗り出してきたつぐみんを手で制してから、私はさらに続ける。
「大丈夫、というか…。何て言えばいいか分からないけど…、急に体がよくなったの。お医者さんもビックリなほどに、突然。」
「…。」
眉間に皺を寄せるつぐみん。
…無理もない。だって、話してる私にだって意味が分からないもん。
でも、今思うと――。
『大丈夫、世界はニカが思うよりずっと優しいから』という言葉とともに、おばあちゃんが私を抱きしめ励ましてくれた、あの時からだった気がする…。
あれは確か一昨年のお盆、里帰りでこの町に来たあの日――。
そこまで思い耽ったところで、私はぶんぶんと頭を振る。
ちがう、私が伝えたいことはこのことじゃない。
だから――。
言葉にするのを躊躇ってしまう前に、つぐみんの感情を無視して、無理やり私は話を続けた。
「それで…ね。そのころから、おばあちゃんの体調がよくないことが増えた…ような気がするの。」
「えーっと…それは…。」
軽く目を閉じて、言葉を探すつぐみん。
おそらくつぐみんのことだから、私が何を言いたいのかすでに分かっているに違いない。
その上で、言葉を選んでいるんだろう。
でもやっぱり私は、つぐみんの返事を待たずに言葉を続ける。
だって、一気にしゃべってしまわないと、私が持たない。
「たぶんおばあちゃん…私の病気もらって…。もらっ…もらってくべだんだっで。」
持たなかった。
最後の方は言葉になってない。
そんな私を、つぐみんが優しく抱きしめてくれる。
「そ、それにっ、それに気づいたのっ、おばあちゃん。――おばあちゃんが、死んじゃった、ぐず、後で!わた、私、お礼もいえて、言えてなくてっ!」
私はそのまま誰にも言えなかった想いを、つぐみんにぶつけた。
「私のせい、私のせいで、おばあちゃんが死んじゃった、なんて。そんなこと、そんなこと言ったら、おばあちゃんに怒られるの、分かってるけど!で、でも。でもっ!その思いが、どうしても、どうしても消えなくて!大好きな、大好きなおばあちゃん殺したの、私なんだって!もうおばあちゃんに会えないんだって!つぐみん、どうしよう、どうしようっ!つぐみんっ!」
どれだけ思いをぶつけても――。
どれだけ想いをぶつけても――。
奥から奥から悲しみが湧き出てくる。
その悲しみに、私自身が流されてしまわないよう、必死につぐみんにしがみついた。
だってそれに流されたら、それこそおばあちゃんに怒られる。
――でも。
そう分かっていても、心はそう簡単に割り切れない。
「…ニカ。」
つぐみんの呼びかけに、返事代わりにと鼻をすする。
それを気にせず、つぐみんが語り掛けてくれる。
「魔法。おばあちゃんに貰ったんだよね?」
「…うん。」
今度はなんとか、二文字だけ絞り出せた。
「だったら、おばあちゃんの分も…。あー、違うわね。そんなことニカもわかってるもんね。」
つぐみんは自問自答のように、私にかけた言葉を引っ込めると、自分の頬を私の頭に載せて言い直す。
「ねえ、ニカ。その、おばあちゃんに貰った魔法で、私にニカの悲しみを半分分けてくれない?ニカの悲しみも、ニカの背負った業も、一緒に私が背負うから。」
「…つぐ、みん?」
その言葉に私が顔をあげると、そこにはつぐみんの優しい笑顔がそっと花さいていた。
「ね?」
そう、また優しく微笑むつぐみんに、私は泣きながらもう一度しがみつく。
この親友の優しさに応えるには、その優しさに甘えるしかないんだと、私は嫌というほど味わってきていた。
だから――。
私の罪まで背負わせるわけにはいかないけど――。
一緒に泣いてくれたら、私も嬉しい。
ごめんね、つぐみん。
――私のかなしみ、少しだけつぐみんの方に動け。
その後、屋上で二人ひたすらに泣いた後、結局学校をサボった。
人生初のサボり。
親友と一緒におさぼりさん。
つぐみんのおかげで気持ちは楽になったけど、流石に泣きはらした顔で授業に出る気にはお互いなれなかったから。
だから、コッソリ街に散歩に出かけた。
補導されないかとひやひやしながら、それでもつぐみんと一緒に街を歩くのは楽しかった。
そう、今朝まであんなに心が沈んでたのにも関わらずに。
――そして、学校をさぼった別れ際、つぐみんからひと言。
「どう?もう大丈夫そう?」
と、そう聞かれたので、私は大丈夫だとこれ以上ないアピールをすることにした。
「うん、大丈夫!なのよ!」
その返事を聞いて、満足そうな顔をするつぐみん。
ほんと、私には出来すぎた親友だ。
「ありがとなのよ!つぐみん!」
…ちなみに。
次の日、もちろん私たちは先生に呼び出された。
私たちは、叱られるのを覚悟でその扉を叩いたんだけど――。
叱られるどころか、先生たちに励まされてしまった。
少しは元気になれたか?とか、そんな感じで、いろんな先生に。
つぐみんにも優しく対応してくれてた。
どうやら――。
どうやら、私が思っていた以上に、世界というのは優しくできているのかもしれない。
おばあちゃんが、言っていた通りだ!
お疲れ様でした。
加えて、投稿が遅くなって申し訳ないです。
だいたいドラクエ11のせいです。
でも大丈夫。
クリアしたので、またいつものペースに戻る。…といいなと、思っております。
また、いろんなことを伏線みたいに書いてますが
本タイトルの話数が昔の漢字表記なのは特に意味がありません。
ただ単に、メインの話数と分けたかっただけです。
では最後までお読みいただいた方、ありがとうございました。
次回もお待ちしています。
是非とも評価、いいね、コメントをお寄せください。ブックマークもお願いします。
このページを下にスクロールして頂くと出来ると思います。
めんどくさいかもしれませんが、助けると思って、ひとつお願いします
すると次回は少し早く上がるかもしれません。




