シン零話 出逢い
「うー、緊張する…。」
『2-2』という札が刺さった扉の前で、私は一人両手をこすり合わせている。
ここまで一緒に来た嬉野先生は――「呼んだら出てきてね」と私を置き去りに、一人先に教室へと入ってしまっていた。
少しでも心を落ち着かせようと、空気を肺いっぱいに吸い込んでみるけど――。
残念ながら何の効果も得られそうにない。
むしろ、さっきよりも心臓の鼓動が大きくなってる、まである。
「はぁ…。」
私は早々に平静を取り戻すことを諦め、今さっき吸い込んだばかりの空気を肺から吐き出すと、その吐息には、情けないほどに重苦しい不安が乗っかっていた。
その、無意識に漏れ出てしまった声に、自分自身で驚き、その事実がまた鼓動をトクトクと早めてしまう。
あぁ、悪循環だ。
まさか転校がこれ程緊張するものだなんて、ほんと予想以上だ。
それに加えて、あと数十秒で呼ばれるだろう事を考えると、否が応でも手足まで震えてしまう。
「扉…、開けたくないなぁ。」
開けた瞬間、やっぱりみんな見てくるよね。
転校生だもんね、気にならないわけがないよね。
そんな視線にハチの巣にされながら、壇上まで歩く自信なんてないよ…。
「あーダメだ。考えすぎ、良くない。」
両の掌で頬を軽く張り、気合を入れるそぶりをする私。
うん、少しだけ緊張がほぐれた気がする。
――気がする、事にする。
そもそも、簡単な事のはずなんだ。
歩いて、名前を書いて、振り向いて、名前を言って、お辞儀と共に、よろしくお願いします。
ただそれだけ。
そう、ただそれだけなんだけど――。
…はぁ。
全国の学校で転校してきた子達は、この緊張をどう乗り越えたのだろうか。
先人たちに敬意を表したい。
というか、こういう時のハウツー本をどうして先人たちは残してくれないんだろう。
種の保存すればいいってもんじゃないでしょう!
こういう状況の対処方法も後世に残しての、進化なんじゃないの!?もうっ!
ぐるぐるぐるぐる――。
「じゃあ、入ってきてくれる?」
と、思考が巡りに巡った頃、とうとう嬉野先生から声がかかってしまった。
私は、巡りに巡り続けて迷子になった思考を振り払うように、ぶんぶんと頭を振ってから、一つ小さく息を吐き出し、目の前の扉に手をかけたのだった。
――そもそも、話は三か月ほど前に遡る。
したくもない転校をしなければいけなくなったのは、年が明けて、寒さがピークを迎えた時期だった。
そんなある日の、いつもより少し遅い時間帯にママと2人夕食を食べ終えた頃、パパの声が玄関から聞こえた。
今思えば、その日の「ただいま」は、いつもより少しトーンが低かったように思える。
とにかく、そのトーンと同じく浮かない顔でリビングに入ってきたパパは、ネクタイを外すことなく、まっすぐキッチンテーブルの自分の指定席に着いた。
その普段とは違う行動に、私はママと二人顔を見合わせ、お互い目をパチクりさせる。
どうやら、ママも心当たりがないようだ。
パパから漏れ出る不穏なる空気に、私たちの竦めた肩が委縮へと変わっていく中で、沈黙だけが堂々と幅を利かせていく。
その嫌な雰囲気をどうにか変えようと、私は会話を試みたけど、こんな時に限って何も話題が思いつかない。
あぁもう!じれったいっ!
そう自分の無力さに心の中で悪態をついた頃、代わりにママがそのふんぞり返った沈黙を破り、パパに何かあったのかと尋ねた。
すると、パパはひと言――。
『転勤することになった。』
と、そう私たちに告げたのだった。
――ま、取るに足らない、世界にありふれた出来事。
ここまでもったいぶって話すことでもない、そんな話。
もちろんその時私は駄々をこねたけど、こねるだけこねたけど、こねくりまわしたけど――、どうしようもない事なのは理解していた。
私が折れるしか選択肢がない。
友達と別れるのはとても寂しいけれど――、どうしようもない。
ただ一つ、転校先の麻芽町には大好きなおばあちゃんが住んでるって事が、唯一の救いで――。
野間中学でみんなに見送られた私は、そんなこんなでこの春から、この麻芽中学に通うことになったのだった。
――まったく、恨むからね、パパ。
そんな走馬灯のような回想を一瞬でしたわけではないけれど、扉を開く直前に溢したのは言葉は、こんな緊張を背負う原因となった、パパへの恨み言だった。
別にパパが悪いわけじゃないことは分かってるけど…、分かってるけど理屈じゃないのだ。
はぁ…と溜息一つ吐いた後、私は手がかかっていた教室の扉をゆっくりと引き、先に目線だけで教室を覗く。
やっぱり。
やっぱりみんな大注目だ、見なきゃよかった。
みんなが見てる、先生が見てる。
みんなが待ってる、先生も待ってる。
でも、竦みあがった私の足は、歩けと命令してもなかなか言う事を聞いてくれない。
どうしよう、おばあちゃん!
そう私が、咄嗟におばあちゃんに心の中で助けを求めると――。
『ニカなら大丈夫よ。自信もって。』
と、優しいおばあちゃんの声が、頭のなかに響いた。
そういえば、昨日おばあちゃんが励ましてくれたんだった、そう言ってくれたんだった。
――昨日、そう昨日。
春の陽気が、厭味ったらしく私へと降り注ぐ午後。
あまりにも今日のこの転校初日が憂鬱だった私は、泣きつくようにおばあちゃん家に上がり込んだ。
せっかく出してもらったスコーンがやけに喉にこびりつき、大好きなはずのそれが、昨日は全く美味しくなかったのを覚えてる。
そんな苦虫を嚙み潰したような――実際は甘いお菓子を噛みしめてたけど、そんな私を、おばあちゃんは優しく撫でつつ『大丈夫だから』と、そう諭してくれたのだった。
――うん、だから大丈夫。
おばあちゃんが言うなら間違いない、大丈夫。
ほら、おばあちゃんが抱きしめてくれた時、少し勇気湧いたもん。
だから、大丈夫。
うん、…うん。
ありがとう、おばあちゃん、頑張るよ。
そう小さく呟いた頃には、私の足は始めの一歩を踏み出して、しっかりと教室の敷居を跨いでいた。
あ―…そういえば昨日おばあちゃん家で読んだお話、面白かったな。
持って帰って読みたいって言ったら、なぜかおばあちゃんにダメだって言われたけど、なんでだろ。
まあでも、おばあちゃん家で読めるんだから、問題ないか。
――って、だめだめ、安心しすぎて関係ないことまで思い出しちゃった。
今はちゃんと、自己紹介に集中しないと。
とにかくまずは、段差で躓かない様、気を付けるのよ。
お話の続きは、学校終わったら、またおばあちゃん家に続きを読みに行くんだ。
そうだ、そうしよう――。
――壇上にあがり、黒板に名前を書き、振り向く。
みんなが私に注目して、その視線にもちろん少したじろぐ。
でも、勇気出さないと。
えーっと、昨日読んだお話の、あの元気な子の口調はたしか――。
「私は胡桃野ニカ、よろしく!…なのよっ!」
だったはず…。
…。
……。
…って、あれ?外しちゃった…かな?
だ、だれも何も、反応…してくれない。
それどころか呼吸さえ誰もしてないのではと、自分の自己紹介に後悔し始めた頃――。
動くのを忘れていた時が、永劫にも感じた長い一瞬の間をおいて、ようやく再び動き出し、やんわりと拍手が上がった。
というか、先生の拍手にみんなが続いたって形。
正直、恥ずかしい。
いや、わざわざ言わなくても分かるか、恥ずかしさ極まってたもんね、さっきのあれ。
はぁ…こんな時に役立つ魔法があればいいのに。
心の中でそう悪態をついた私は、先生に指示された席へと、とぼとぼ歩く。
そして鞄を下ろして、椅子に腰を下ろして――。
ふぅ、ようやく少し落ち着けた。
クラスの幾人かは、まだちらちらとこちらを伺ってくるけど、気にしない、気にしない。
とにかく、ひと仕事というか大仕事を終えたんだから、休憩しなきゃ、よ。
――って、あれ?
こんな奇妙なクラスの雰囲気の中、一人両手の中のソフトカバーに目を落としている女の子が、隣の席にいた。
へー珍しい子、…というか、変わった子?
転校生に興味ないのかな。
…本、好きなのかな。
でもそれより――とてもきれいな子。
ロングヘアを耳にかけて、本を読む姿が凄く様になっている。
話しかけてみてもいいかな?
本好きどうし仲良くなれるかな?
でも、いきなり話しかけると変に思われちゃうかな?
うーん…。
まだちょっと話しかける勇気が出ないけど――。
いつか仲良くなれたら、いいな。
―続―
お疲れ様でした。
「シン」ってなんだよっ!
と、常々思い続けて映画を見てきましたが
まさか自分で使う事になるとは思いませんでした。
意外と汎用性が高いのかもしれません、「シン」。
オホン、まあ、それはともかく。
これからも情報を小出しにしつつ、魔法少女たちに日常を飛び飛びにお送りしていきます。
お付き合いくださると嬉しいです。
では最後までお読みいただいた方、ありがとうございました。
次回もお待ちしています。
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