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でぃあ魔法少女【完結】  作者: 煮木 倫太郎
16/63

幕間 


 小学3年生の頃、父が死んだ。

 別に、難病を患っていたとか、そんな悲壮感溢れるストーリーが展開された訳ではない。

 仕事中に足を滑らせたっていう、どこにでもありふれた、普通に普通の、不幸な事故だった。

 もちろん――と言えばいいか、やはり、と言えばいいのか分からないが、まぁどちらにせよ、幼い当時の私は『死』という概念を理解しきってなかったようで、その訃報を聞いてもどこか他人事感が抜けなかったのは、致し方ないことだと思う。

 遅まきながらに事の深刻さを理解したのは、布団に仰向けで眠る見慣れた父とようやく再会した時だった。

 目の前に横たわる少し白みがかった父の寝顔は、私の知っている父とほとんど変わらない、安らかな寝顔で――。

 今すぐにでも起き上がり、私の頭を不器用に撫で回してくれそうで――。

 だからこそ、私はその大好きな父の顔に、いつものようにそっと手を伸ばしたのだ。

 それが、()()()()()()()になるとも知らずに。

 つまるところ、かなりの時が経った今でさえ、否が応でも、その時のことが鮮明に蘇ってしまうのだ。

 指先が父の頬に触れた瞬間、私の体温が急激に吸われていった、あの感覚を――。

 あったはずのぬくもりが抜け去った、あの硬いシリコンの塊のような、父であるはずの身体を――。

 今まで()()()()だったものが、(くつがえ)されてしまった、あの幻滅を――。

 空想にしか存在しなかったはずの“死”という概念が、私の現実へと侵食してくる、あの恐怖を――。

 最愛の人物の死を、拒む余地すらなく受け入れさせられた、あの絶望を――。

 今でもしっかりと――覚えている。

 そして、その底冷えのような恐怖と、今にも破裂しそうな心臓の鼓動、くわえて、喪失感に塗りたくられたあの(くら)い感情は、今でもまだ、時折顔を出しては私の心を締め上げるのだ。

 呪縛のように心の底から(にじ)み出しては、私の時間を、体の自由を――奪いさる。

 ――。

 ――とにかく。

 その当時の私は『父は死んだんだ』という、到底受け入れられない現実にただ泣きじゃくり、世界を、そして自分の運命を呪ったのだ。

 どうして私が、私たちだけが、こんなに悲しい目に遭わないといけないのだろう――。

 どうして、これ程の悲しみに暮れている私たちに、世界は目もくれないのだろう――と。

 何とも自己中心的で、あまりにも悲劇のヒロインを気取りすぎてるなと、今思い返せば、恥ずかしいを通り越してバカらしいとさえ思えるけれど、当時の私は至って大まじめにそう考えていた。

 そう考えることで、今まで知らなかった――知りたくもなかった、やり場のない感情の収拾にあたっていたのだ。

 でも――。

 どれだけ悲しみを世界に押し付けても。

 どれだけ悲しみを運命に押し付けても。

 悲しみは消えるどころか、次々と溢れ出てきて――。

 ――。

 つまり、その呪いの矛先が、最終的に自分自身に向かうのは自然なことだったのだと、思う。

 お父さんが亡くなったのは、自分がいい子じゃなかったからだって――。

 もっといい子になれば、お父さんとまた会えるって――。

 と、幼い私は、そう無理やり思い込むしかなかったのだ。

 でもそれは結局、どれも幼い私のただの八つ当たりでしかなくて。

 今思えば、耐え難い愛別離苦(あいべつりく)を突き付けられた私が、心の安定を保とうとしたに過ぎない、ただの幼稚な思い込みでしかなかった。

 ――そもそもの話なのだが、私には全く信じられない話だけれど、母から聞いた話によれば、そもそも父は()()()()()だったらしい。

 よく言えば、楽観的でおおらか。

 小さいことは気にせず、いつも前向きで常に笑顔を絶やさない明るい人。

 つまりは、私の大好きだった父であり、幼少の頃から今でもしっかり記憶に焼き付いている、私の父親そのものだ。

 しかし、逆に悪く言えば、がさつで大雑把。

 自身の不注意によって失敗することが多く、そんな父に、母はよくため息をついていたらしい。

 私にそのような父の欠点が見えていなかったのは、私が幼かったからと言うのもあるが、父がその点をなるべく私に見せないようにしていたというのが、一番大きいのだろう。

 私の前では、父はいつも優しく元気なパパで、私はそんなパパの屈託のない笑顔が大好きだったのだ。

 だからつまり、母が言う父の欠点は、私にはあまりピンとこないのである。

 あれから多くの月日が流れた今でも、だ。

 しかし母に言わせると、あの事故はなんてことない当然の結果だ、との事だった。

 料理中に指を切ったり、不注意で物を壊したり――と、そのような事が日常茶飯事だったらしい。

 母は父をもちろん愛していたが、いつかこんな日が来るんじゃないかと薄々思っていた、事故がおこる前々からそれをずっと心配していた――と、かなり後にはなるが、大きくなった私にそう語って聞かせてくれたのだった。


 それから――。

 父が亡くなってから、三年程経った頃にまた私たちに転機が訪れるのだけど――。

 それまでの三年間は、文字通り大変な三年間だったというのは、言うまでもないと思う。

 大切な人が突然いなくなる、というのは体験しないと分からないかもしれないけれど、母の体重が十キロほど落ち、それからずっと戻らなかったくらいに、残された人達へ心労が重くのしかかる――と言えば少しは伝わるだろうか。

 もちろん私もその例に漏れず、今まで通りの生活には戻れはしなかった。

 明るい子…だったかどうかは自分じゃ分からないけど、明らかに私は以前と比べて元気を無くしていた。

 休んでいた学校に、どうにか行けるようになったのは、自分を奮い立たせて私を育ててくれた母と、祖父母達のおかげだ。

 特に、母方の祖父母にはホントよく遊んでもらった記憶がある。

 今思えば、私たちが一番心労が少ないからと、その役を買って出てくれていたのかもしれない。

 今となっては――もう確認しようもないけれど、私を育ててくれた大人たちには、感謝してもしきれない。

 ――とにかく。

 それに加えて、『もっといい子になれば、お父さんとまた会える』という思い込みも良いように働き、なんとか私に笑顔が戻ってきた頃。

 つまり、私が中学に上がろうという頃だった。

 母から、再婚の話を聞かされたのは――。


『おかーさん、再婚することにしたの。』

 …そんな風に、言われた覚えがある。

 いや、実際にはもっと優しく、もっと私を気遣った言い回しだったと思うのだけれど…。

 その言葉を言われる側からすると、どんな言い方をされても好意的に捉えるのは難しいと思う。

 実際、私もそうだった。

 だから――。

『どうして?』

『パパがいるじゃない?』

『嫌いになっちゃったの?』

 そんな言葉たちが、当然の様に頭に浮かんだ。

 いや、実際に口に出していたと思う。

 今となってはもう記憶が曖昧だが、齢十三の子供だった私が、溢れ出る感情を簡単に抑えられる程、人間ができていたとは思えない。

 だからおそらく、その場で声に出して、だだをこねるようにしばらく反対したのだろう、でも――。

 ――結局、反対の(てい)は取ったけれど、最終的には首を縦に振るしか選択肢はないのだと、頭の隅では分かっていた。

 それは、おじーちゃんとおばーちゃんが私の説得に来た、というのもあるけれど――。

 一番の理由は、母の大変さを、この目でずっと見てきたからだ。

 見るからにやつれたその体で、日々を無理して過ごしている、そんな母を。

 要するに、おかーさんには支えが必要だと、幼いながらに感じていたんだと思う。

 じゃあ、私が反対した理由が一体何だったのかと言うと――。

 単純に、パパが消えてなくなってしまうっていう、短絡的な思い込みだったのだ。

 ――そんなわけないのに。

 おかーさんが再婚しようと。

 私に新しい父親ができようと。

 パパとの思い出が、消えてしまうわけがないのに。

 ほら、今もちゃんとあの優しい笑顔を思い出せる。

 おかーさんも、きっとそうだったと思う。

 パパを忘れたわけじゃない、とそう思う。

 ――つまり。

 やっぱり私は子供だったのだ。

 子供だったから、短絡的な妄想で癇癪を起こし反対をした。

 仕方ないとは思うけど、今となっては恥ずかしい、そんな記憶。

 誰が悪いというわけではないんだけれど、ね。

 とにかく、その再婚のせいかおかげか、私は中学に上がるタイミングで転校することになる。

 いや、正確には転校ではないか。

 中学に上がる際に、私だけ、今までの学友とは別の学校に行くことになった。

 あの――麻芽(あさめ)中学校に。


 中学に入ってからの一年間。

 その時期には、あまりいい思い出がない。

 ――かと言って、取り立てて悪い思い出があるわけでもない。

 公私ともに新しい環境になった私は、ただ単に日々を過ごすだけで一杯いっぱいだったっていう、ただそれだけ。

 新しい学校。

 新しい学友。

 新しい家。

 新しい…父親。

 特に大変だったのは、もちろん父親だった。

 だからと言って、別に悪い人ってわけではなく、むしろすごく良い人だったのだけど――。

 それに加えて、おかーさんの再婚はもう認めてるし、私も納得した上での、新しい家族三人での生活だったのだけど――。

 それでもやはり、精神的に辛い日々なるのは避けようがなかった。

 なにしろ、私には母と違って、新しい父親に対する愛が存在しないのだから。

 そんな()()と同じ家に住むというのは、ストレス以外の何でもない。

 一応は、形式的に彼を『お父さん』と呼んではいたけど、そう呼ぶ度に私の心はチクリと痛んだ。

 本当は呼びたくないに決まっている。

 でも、私は『いい子』だから、そうなると決めたから、その痛みに顔を歪めるわけにはいかなかったのだ。

 それに、あんなにやつれたおかーさんも、もう見たくはなかったし――。

 だから私は、心を無にして笑顔を貼り付け、『お父さん』の五文字を口にし続けた。

 まあ、『お父さん』の方も、そう呼ばれる度に何とも言えない表情をしてたけど――。

 それでもめげずに、根気よく私によく話しかけてくれた『お父さん』は、できた人なのだと素直に思う。

 今となっては、あの人がおかーさんの再婚相手で良かったと、――そう思ってる。

 何不自由なく生活できたのも、お父さんのおかげだから。

 でもそれは、あくまで()()私の思いであって、当時の私は、そう上手くは割り切れるはずもなく――。

 心の貯水池がいつも一杯いっぱいだった私は、なるべく心に波風が立たないような行動を心掛けていた。

 いつ溢れてもおかしくない、常にすれすれの貯水量だったから。

 他の事に気を回す心の余裕なんて、全く微塵もなかったから。

 だから学校では常に本を読んでいたのだ。

 つまりは、例の本バリヤー。

 友達を作ることすら面倒だと思っていたし、友達を作ることで起こるだろう、あれやこれやは、当時の私には台風にも等しく思えてならなかった。

 もちろん必要があれば喋るし、コミュニケーションもとる。

 私的にはそれで、それだけで上手くやっていたつもりだったけれど――。

 後にマキちゃんから聞いたところによれば、私は結構、クラスで浮いた存在だったらしい。

 それこそ、深窓の令嬢と呼ばれていてもおかしくなかったって。

 ニカも言ってた気がするけど、ただの冗談だと思ってたわ。

 中2の中頃には、自分でそう気取るのはやめたはずなのにね。

 でもまあ、それも過ぎた話。

 ――とにかく。

 そんな一年を過ごして中学二年に上がった頃。

 クラス替えが終わり、みんながソワソワと様子を伺っているそんな頃。

 その喧騒に紛れて、一人の転校生がやって来たのだ。

 始業式後、教室の壇上に一人上げられ、挨拶をするその転校生を、小さくてかわいらしい子――と、そう思ったのは今でも覚えてる。

 その女の子が自己紹介もそこそこに、とてとてと先生の横から歩いてきて、私の横の席にトスンと座ったのも。

 ――でも、それだけ。

 ただそれだけ。

 皆から遅れる事1年。

 あの嵐のような新生活から1年が経ち、ようやく私の心は落ち着き始めていたけれど――。

 今更友達を作る気になれなかった私は、一瞬彼女と目が合ったのも気にせず、再び手に持っていたソフトカバーに目を落とした。

 ――ええ。

 人はそう簡単には変われないのよ。

 変わるには何かきっかけがいるの。

 とても悲しいことが起きたり――。

 予測もつかない新しい環境に、突然投げ出されたり――。

 そんな強烈な出来事が起こらないと、人は変われないわ。

 そして、昔に戻ることもできない。 

 転校生が隣に来たくらいじゃ、何も変わらない――と、そう思っていたわ。

 懐かしい――。

 結局、私は変わったのよ。

 それは魔法が使えるようになったからか、はたまたその転校生のおかげか――。

 ――いや、その両方だったんだと思う。

 その両方のおかげで、私の人生は一変した。

 一生暗い人生を送るんだろう、とそこまで悲観していたわけではないけれど――。

 中学二年生の春、私は変われたのよ。

 今の私があるのは、その時のおかげ。

「ありがとう、ニカ。」

 そう呟きながら目を細め、中学二年生のニカの頭を撫でる。

「うん?どうしたの?」

「いいえ、なんでもないわ。こっちの話よ。」

「ふーん…。」

 私の呟きに一度不思議な顔でこっちを見たニカは、再び手元のページを読み進める作業に戻る。

 そんなに面白いかしら。

 私には、それ程とは思えないけど――、でもまあ、喜んで読んでくれてるなら良かったわ。

 準備した甲斐があったてもんね。

 それに、そのおかげでほんと懐かしいことを思い出したし――、別に忘れていたというわけではないけれど、ね。

 でも、ゆっくりと思い出すなんて、流石に久々。

 ありがとね、ニカ。

 そう心の中でもう一度呟いた私は、楽しそうにページを(めく)るニカを眺める作業に戻ったのだった。


                                      ―幕間・完― 

 

 

お疲れ様でした。

今回は『幕間』ですので、いつもとフォーマットが違います。

そもそも幕間とはいったい何なのか。

…何なんだろうね?

いつか分かる時がくるといいな。

それまで頑張って書けよ、俺!

では最後までお読みいただいた方、ありがとうございました。

次回もお待ちしています。


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