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008_キョウジ、美女を口説く

「キョウジ、ここがわたしのうちだよ。」


キョウジが狼を倒した後、メルルの案内で彼女の家までやって来た。

メルルが言うにはこの狼はウルフというモンスターらしく、その毛皮と心臓の近くにある魔石と呼ばれる石がそれなりの値段で売れるらしい。

それを聞いたキョウジは「解体をしたいので刃物を貸してほしい」とメルルに頼んだところ案内されたのがこの家である。


家は街の人間からあばら家と言われているだけの事はあり、ボロボロのツギハギだらけ。下手をすれば今キョウジが住んでいる小屋の方がマシだと思えるほどだ。

もっとも前世のキョウジは野宿だろうと全く気にしない人間だったから、この程度でいちいち驚いたりしない。

彼はメルルに案内されるまま、家の中に足を踏み入れる。すると中から年老いてはいるものの、凛とした女性の声が出迎える。


「お帰りなさい、メルル。今日はお友達と一緒?」


「ただいま、おばあちゃん。しょうかいするね。おともだちのキョウジだよ。」


「初めまして。メルルの友人のキョウジです。」


「あらあら、礼儀正しい子ね。私はメルルの保護者のターニャよ。よろしくね、キョウジ君。」


「はい、こちらこそよろしくお願いします。レディターニャ。」


キョウジはメルルの保護者を名乗った女性、ターニャに殊更丁寧に挨拶をする。

いつものふてぶてしい態度は一片も感じられず、その姿を父親のカールが見れば度肝を抜かれるだろう。

だがキョウジにとってはこれは当然の事だった。何故ならキョウジから見た彼女の佇まいは何かしらの達人のそれだったからだ。

その視線は一見優しいようでその奥には鋭い光が宿り、その声は静かだが凛として力強い。

皺だらけの顔には数々の修羅場を乗り越えた強者の人相が刻まれ、年老いてやせ細った様に見える体躯は実はしなやかな筋肉を纏い、その背筋は鋼鉄が入っているのではないのかと思うほど真っ直ぐで揺るぎない。

他の人間にとってはただの老婆にしか見えないこの女性をキョウジは絶世の美女だと思っていた。そんなキョウジの様子にターニャは目を細めながら語り掛ける。


「キョウジ君、年上の女性相手だからってそんなに畏まる事は無いのよ。

私なんてただのお婆ちゃんなんだから、普通に接していいわよ。」


「そう言う訳には参りません。あなたほどの方に敬意を払わないなどあり得ない話です。

それにあなたの様な美しいレディを老婆として扱うなど私には出来ません。」


「あらあら、その歳で口が上手なのね。でも残念ね。私を口説こうと思ったらあと50年は歳を取らないと。」


「ははっ、どうやらフラれた様ですね。あと10年後には本当に口説こうと思っていたのですが。」


「ふふっ、どうしてそう思ったのかは分からないけど、本来相手をすべきレディをほったらかしにするのは紳士失格よ。ほら…」


本気で口説きにかかるキョウジに対して、ターニャはとある一点を示しながらキョウジを窘める。

そこには頬を膨らませながら、不機嫌そうにするメルルの姿があった。


「ふたりだけでたのしそうにしてズルい!わたしだってふたりとたくさんおはなししたいのに!!」


「あっ、ごめんなさいね。お婆ちゃん達が悪かったわ。謝るから機嫌を直して。」


「あぁ、悪かった、メルル。俺からも謝罪する。」


「むぅ…しかたがない。わたしはおとなだからゆるしてあげる。」


「ありがとう、メルルは優しい子ね。それはそうとメルル。

キョウジ君にナイフを貸すんでしょう。戸棚にあるやつを使っていいから出してあげなさい。」


「うん!分かった!」


「!!!」


キョウジはターニャとメルルの遣り取りに驚きの表情を浮かべる。何故なら、


「レディターニャ。どうして私が刃物を必要としているという事を?」


そう、キョウジは刃物を貸してほしい等、一言も言っていないのである。

キョウジの様子を見たターニャは可笑しそうに笑みを浮かべながら応える。


「ふふっ、どうしてかしらね。まぁ強いて言うなら紳士なら身だしなみはしっかりする事ね、って事くらいかしら。

それからメルルを助けてくれてありがとうね。」


「………」


この一言にキョウジは黙り込む。おそらくキョウジの衣服にウルフの毛がついているのを見て、キョウジ達に起こった出来事を推測したのだろう。彼女の洞察力にキョウジは脱帽する。

それから待つこと暫し、メルルがナイフを持ってきたので、キョウジはそれでウルフを解体する事にした。

解体はターニャの指導の元、キョウジが行った。メルルは初めてみる解体に興味津々、キョウジはターニャの的確な指示に舌を巻き、ターニャはキョウジの見事なナイフ裁きに感嘆の声を上げた。

その結果、一流の解体屋が仕事をしたと思えるほどに傷の少ない状態でウルフは解体された。


この後、ウルフの魔石と毛皮はターニャが街に売りに行き、その売り上げを後でキョウジに渡すと約束してくれた。

キョウジは解体の指導料としていくらか受け取ってほしいと言ったがターニャはそれを固辞。代わりにウルフの肉を料理する事で手を打った。

どうやらウルフは肉の臭みがあってやや硬いものの食べられないほどではないみたいで、香草での臭み消しをすればある程度美味しく食べられるようだ。

それを聞いたメルルは久しぶりにお肉が食べられる事に喜びながら、家の近くにあるハーブ畑で香草を確保し、その後3人で食事を作り食卓を囲んだ。

ターニャは血のつながりのない孫との楽しい食卓を提供してくれたキョウジに大いに感謝するのであった。

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