006_5歳児の食事風景(アウトドア)
「随分とたくさん持ち出しましたね。しかも余りものや捨てるものばかり。」
「そうか?これで結構うまい飯が作れるのだがな。」
バスチャンに連れられてやって来た厨房でキョウジが選んだ食材にバスチャンは思わず目を剥く。
その内容のほとんどが捨てる予定だったものだからである。
「しかし、こんなに大量のクズ野菜と牛の骨など何に使うのでございますか?
まともな食材と言えばひよこ豆と日が経って固くなった黒パンと塩だけではございませんか。」
「…もしかしてこちらには骨で出汁を取る文化が無いのか?だったら一度食ってみるといい。きっと気に入ると思うぞ。
ただ、作るのに最低でも3時間はかかるから無理にとは言わんがな。」
「……さようでございますか。わたくしめは旦那様にあなた様の生活を報告する義務がございます。
どのようなものを作るか拝見させて頂きましょう。」
こうして2人は大量の食材と大鍋を一つ、それからナイフと食器をもって小屋の近くの何もない原っぱまでやって来た。
これから何が始まるのか、皆目見当がつかないバスチャンを後目にキョウジは作業を開始する。
まずキョウジが用意したのは適当な大きさの石と薪用の乾いた枝とそこらへんに落ちていた木の板材、厩から掠めてきた藁と大き目の桶いっぱいの水。
最初に石を使って竈を作り、そこに薪用の枝を組む。そして次にやるのが火起こしである。
キョウジは板材と藁と木の枝を使って手際よく火をおこし薪にくべる。
その見事な手際にバスチャンが思わず感嘆の声を上げるがキョウジからしてみれば、サバイバルの際にしていた事なので大したことはない。
キョウジは前世でたびたび野生生物相手に訓練をする為に山に入り、その際訓練相手をバラシて喰らっていたので出来て当然なのである。
竈に火が入った所で水が入った鍋を火にかけて沸騰させ、牛骨を下茹でする。そして一旦お湯を捨て再び水と匂い消しの野菜を加えそのまま煮込む。
そしてここからはしばらく待つだけなので、キョウジは手元の黒パンをかじりながらバスチャンに話し掛ける。
「さて、ここから3時間ほど煮込む予定だがバスチャンはこの後どうする?
じっと待っていても暇だろうからしばらく自由にしても構わないぞ。」
「いえ、今日は旦那様より坊ちゃまの様子を見るように仰せつかっております。
こうして待つのもまた仕事でございます故、どうぞお気になさらずに。」
「そうか。俺はこのパンを食ったら訓練を開始するがそれも見ていくか?」
「…はい。そうさせて頂きます。」
そう言ってキョウジが始めたのは空手の型である。
キョウジは前世ではありとあらゆる武術に精通しており、空手もその中の一つだ。
5歳児故力強さはないものの、長年の経験はそのまま引き継がれているらしくその動きは非常に洗練されている。
これを見たバスチャンはこの世界にない動きに興味を抱くと同時に、この動きの行うキョウジの強さを生物としての本能で感じ取る。
バスチャンは僅か5歳の子供に対して、侮れないという感情を抱いてしまっていた。
それからキョウジは、空手に続いてシャドウボクシング、拳法、柔術、合気道、様々な型を休まずに続けた。
訓練を始めて既に4時間が経過。全身からびっしょりと汗を流すキョウジとそれを見守るバスチャン。
その見事さにバスチャンがまさに時間を忘れて見入っていると途端にキョウジの動きが止まる。
「よし、そろそろ出汁が出た頃合いだな。」
そう言って、キョウジは鍋に近づき、中身の牛骨と臭み消しの野菜を取り除き、ひよこ豆と残りのクズ野菜と塩を少々鍋の中に放り込む。
それから煮込むこともう暫し、ひよこ豆と野菜の牛骨スープが完成した。
キョウジはスープを2つの器に盛りつけ、片方をバスチャンに渡す。
「それでは飯にするか。いただきます。」
「…いただきます。」
バスチャンはキョウジに倣い、いただきますをした後にスープを口に運ぶ。すると、
「…これは!!」
初めて味わう牛骨のうま味とそれに調和したひよこ豆と野菜の甘味、そして絶妙な塩加減、その美味さにバスチャンは思わず声を上げる。
だがキョウジはスープを口にして僅かに表情を曇らせる。
「すまん、バスチャン。臭み消しがいまいちで少し癖が残っているな。
それに出汁ももう少し時間をかけて取りたかったが如何せん腹が減っていたからな。
それに余計な脂身が少し残っていてクドくなっている。不味かったら無理して食わなくてもいいからな。」
どうやら異世界出身で美味いものを食べ慣れたキョウジの舌にはこのスープはお気に召さなかったようだ。
自分が美味いと感じたスープをいまいちだと言うキョウジに驚きながら、バスチャンはキョウジを窘める。
「いえ!とんでもございません。十分おいしゅうございます!」
「そうか。まぁ確かに食えないほど不味くはないな。
それに俺にとっては貴重なたんぱく源だ。しっかり味わって食わんと罰が当たるな。
次はもう少し美味く作るから今日の所はこれで許せ。」
「…はい。」
その後、バスチャンはキョウジから黒パンを1つ受け取り、スープもおかわりをした。
それに対してキョウジは5歳児であるにも関わらず、スープを5杯食べ、黒パンも3つ平らげた。
そのあまりの健啖家ぶりにバスチャンは驚愕すると同時に、この信じがたい出来事をどうやって自らの主に報告するか頭を悩ませるのであった。