005_2人の味方
「坊ちゃま、旦那様がお呼びです。わたくしめについて来て下さいませ。」
「バスチャン…分かった。すぐ行こう。」
キョウジは執事長であるバスチャンに連れられてカールのいる執務室へと向かっていた。
おそらく先ほど教育した使用人達の事についてだろう。
勿論バスチャンもその事は知っているだろうが、それをおくびにも出さずに主人であるカールの指示通りに職務を全うする姿に好感を覚える。
その事で少し気分が良くなったキョウジはバスチャンに上機嫌で話し掛ける。
「なぁ、バスチャン。俺はもう廃嫡されるんだ。無理して坊ちゃまと呼ぶ必要はないぞ。」
その言葉にバスチャンはため息をつきながら答える。
「坊ちゃまはわたくしめをそのような薄情者どもと同じだと思われておいでですか?
わたくしめはあなた様のオムツのお世話もしているのでございますよ。
たかが魔力が無いからと言って今までの日々を忘れられる程、わたくしめは薄情でもございませんし、耄碌もしておりませんぞ。」
「…そうか。その言葉が聞けただけで十分だ。
何か困っている事があったらいつでも俺に相談するといい。
暴力で解決できそうな事なら大抵の事は請け負うぞ。」
「坊ちゃま!わたくしめは坊ちゃまのその暴力のせいで今困っているのでございます!
お願いでございますからやんちゃはお控えくださいませ!!」
キョウジとしては最大限の感謝を伝えたつもりなのだが、逆に怒られてしまったようだ。
常識人のバスチャンからすれば、本当は今すぐ使用人4人を使い物にならなくした事について怒鳴りつけたい。
しかしそれはこの屋敷の長であり、キョウジの父親であるカールの役目なので、バスチャンはぐっと堪える。
沈黙の中歩くこと暫し、キョウジとバスチャンはカールの元へとたどり着いた。
キョウジの姿を見るなり、カールは早速とばかりに怒鳴りつける。
「キョウ!貴様は一体なにがしたいのだ!
いきなり使用人に暴力を振るって使い物にならなくするとは!」
怒り心頭のカールに対して、キョウジはいつものふてぶてしい態度で応じる。
「親父殿。この件の経緯についてはどのように認識している?」
「…使用人が先に手を出してきたそうだな。」
「では、何の問題もないではないか。こちらは正当防衛だ。
まぁ、少しばかり痛めつけ過ぎた事を怒っているのだろうが、こういう躾は初めが肝心だ。」
「……」
カールはキョウジの物言いに顔を真っ赤にするが、こう言われてしまえば反論できなくなる。
そこに助け船とばかりにバスチャンがカールに耳打ちをする。
カールはバスチャンに無言で頷くと、深呼吸をして再びキョウジに話を切り出す。
「ふぅ…まぁ、貴様の言い分ももっともだ。使用人の件については不問にしよう。
ところで、5歳の貴様が何故大人の使用人を倒す事が出来たのか?それに魔力測定前と後では人格そのものが違う様に思える。
私の息子であるのは間違いないのだろうが、今の貴様は一体何者なのだ?」
キョウジはカールの言葉に無性に嬉しくなり、思わず笑みを深めながら応える。
「親父殿。これほど人格が変わっても俺の事を息子と呼ぶか。
先ほどは親でも子でもないと言っておきながら。」
「あれは失言だった。息子の魔力が無い事に気が動転していたのだろう。気を悪くしたのなら謝ろう。それより、先ほどの質問に答えろ。」
「あぁ、俺は………」
「………」
ここでキョウジは自分が前世の記憶を持っている事、魔力測定の直後にその記憶が蘇った事、そして世界最強を目指している事を話す。
それを聞いたカールとバスチャンは愕然とする。
「つまり、貴様は格闘技という特殊技能を有しており、それを用いる事で子供の身で大人を倒す事が出来たと。」
「平たく言えばそうなる。もっともあんな素人をいくら倒しても何の自慢にもならんがな。」
「…」
この時カールはある事を考えていた。この子供が大人と同等の体格を手に入れた時、果たしてどれほど強くなるのか。
おそらく並みの魔法使いや城の兵士では勝ち目はないだろう。この時カールの頭にある考えが浮かび上がった。
「キョウ。貴様、冒険者になる気はないか?」
「冒険者?」
キョウジが初めて聞く単語に思わず聞き返すと、それにカールが答える。
「冒険者とはいわゆる便利屋だ。ただし普通の便利屋との違いは仕事をする場所だ。
冒険者は主に街の外に出て仕事をする。そして街の外には危険なモンスターがうじゃうじゃいる。
ここまで言えば、貴様にはもう分かるだろう。」
そう、キョウジにはカールが何を言いたいのかが、提案したカールよりよく分かっていた。
この世界は剣と魔法の世界なので当然モンスターもいる。つまり町の外に出てモンスターと言う名の猛者共と死合、最強を目指せという事だ。
その上、冒険者になればそれで生活の糧を手に入れる事も出来る。これはキョウジにとってまさしく理想の展開である。
だが今にもこの場から飛び出さんばかりに笑みを深めるキョウジに対して、カールがくぎを刺す。
「キョウ、貴様は今すぐ街の外に出たいとか思っているだろうが、使用人を3人伸したくらいで調子に乗るなよ。
貴様はまだひ弱な子供だ。だから15歳になるまではウチにいろ。」
「おい!親父殿!ここまで魅力的な話を聞かされてお預けとはあんまりではないか!」
「黙れ。先ほども言っただろう。5歳の子供をいきなり追い出しては世間体が悪すぎる。
心配しなくても魔力のない役立たずの貴様など、15になったら追い出してやる。
だからそれまではあの小屋でデカくなる事だけを考えろ。」
これがカールなりの優しさなのだろう。魔力がない以上跡継ぎには出来ない。貴族の役目を果たせない者を私情で手元に置いておく事は出来ない。
かと言って魔力無しを余所にやればやはり碌な目に遭わない。故に血の繋がっているものとして魔力無しを飼い殺しにしている様に見せる事でしか周りから守る事ができない。
しかもそれが出来るのも成人する15歳までなので、それまでに生きる術を学ばせなければならないし、甘えされるわけにもいかない。
様々の軋轢の中、取りうる最善の策が現状なのである。その事を何となく察したキョウジがため息をつきながらカールに応じる。
「はぁ…仕方がない。ここは親父殿の顔を立てよう。取り敢えずあの小屋でしばらく世話になる事にする。」
これを聞いてカールはひとまず安心し、要件を済ませる事にした。
「キョウ。これから必要な物がある時はこのバスチャンに頼むといい。
バスチャンはこの屋敷で唯一貴様の味方だ。きっと力になってくれるだろう。
バスチャンもそれでいいな。」
「仰せのままに、旦那様。」
カールの命令を受け、バスチャンは恭しく礼を取る。
その遣り取りにキョウジは豪快な笑みを浮かべながら応える。
「親父殿、バスチャン。このキョウジ、心より感謝する。
それで早速で悪いが取り急ぎ必要なものは飯だな。材料と調理器具を借りたい。」
キョウジは朝から何も食べていなかった。昼食にはまだ時間があるが今から準備をしないと間に合わない。
別に飢えても我慢はできるが強い体を手に入れる為には栄養が必要不可欠だ。
早速のキョウジの要望にバスチャンは思わず肩をすくめる。
「では、参りましょう。わたくしめについて来て下さいませ。」
こうして屋敷の中に2人の味方を作る事が出来たキョウジは、食堂へと向かうバスチャンの背中を軽い足取りで追いかけるのであった。