003_ふてぶてしい子供と父親の苦悩
「キョウ、貴様が魔力無しだというのは本当か!」
「どうやら事実らしいぜ。親父殿。」
キョウジの今世での父親にしてこの辺一帯の領主カール=フォン=グリプス子爵が第一声目に発した言葉がこれである。
本来、父親が口にするべきではない糾弾するような言葉に、キョウジは何食わぬ顔でふてぶてしく答える。
カールは今まで素直で従順だったキョウジのその態度に僅かに困惑するも、齎された事実に怒りを顕わにする。
「キョウ!なんだその態度は!貴様は事の重大さが分かっておらんのか!
魔力が無いという事は、もう貴様を跡取りには出来んという事だ!
今日をもって貴様を廃嫡する事になる。これから貴様は私の子ではない!ここまで言えばもう分かるだろう!」
「なるほどな…ところで親父殿。別に廃嫡するからと言って親子の縁まで切る必要はないだろう。」
キョウジがふてぶてしく放つこの言葉にカールは思わずたじろぐ。その様子を見て5歳児とは思えない豪快な笑いを浮かべながらキョウジが話を続ける。
「廃嫡とはつまり家督を継げなくなる事だ。それ自体は仕方がない。魔力無しの者など領主として認められないのがこの国の実情だ。
だが俺との縁を切った場合、きっと親父殿は悔しい思いをすることになるぞ。」
「…どういう意味だ。」
「そのままの意味だ。俺はこれから最強の漢を目指す。少なくとも10年後には国一番、20年後には世界最強になっているつもりだ。
そんな人間が身内にいれば、何かの役に立つと思うがな…まぁ俺としてはどっちでもいいが一応誤解が無いように言っておこうと思ってな。」
「世迷言を!魔力が無くてどうやって最強になれるというのだ!現実が受け入れられずに頭がおかしくなったか!!」
この世界の常識から逸脱した物言いにカールは激昂するが、キョウジは気にも留めずに話を続ける。
「…まぁこの国の人間の考えではそういう事になるだろうな。
では俺はこれから追い出されるのはいいとして、一応ここまで育ててもらった恩もある。
取り敢えずは借り一つにしておこう。何か暴力で解決してほしい事があったらいつでも呼ぶがいい。」
「おい、待て!魔力が無いとは言えいきなり5歳の子供を家から追い出すのは世間体的に悪すぎる。15まではウチにいろ。」
「なんだ、面倒くさいな。言っておくが俺は別に廃嫡される事を恨んだりしていないぞ。
むしろこう言ってやろう。『親父殿、その判断は正しい』とな。」
「………」
カールは5歳の息子から放たれる信じられない言葉に耳を疑い思わず黙り込む。
父親のそんな様子などお構いなしにキョウジはふてぶてしい態度で言葉を続ける。
「まず、先ほども言ったが魔力無しは領主にはなれない。まぁこの国は魔力至上主義だからそれに反する事を領主がするわけにはいかないから当然だな。
加えて魔法が使えなければ領主としての務め及び軍隊の指揮や治安維持も十全に行えなくなる。故に俺の廃嫡は妥当だと言えるだろう。
ここで情に流されて俺を庇ったりしない所にも好感が持てる。息子と民、どちらを優先すべきか等、子供でも分かる事だ。
そして一番気に入ったのは親父殿が『自分は辛いんだけど許してくれ。』などと泣き言を言わなかった点だ。
どう思っていようとやる事は同じなのだから、きっぱり後腐れなく切り捨てるのが為政者のあり方だ。
相手に期待を持たせるような事を決して口にしないのが本当の意味での誠意だと俺は考えている。」
「………」
「だが、確かに世間体も大事だな。いっそ俺は死んだことにして孤児院にでも預けたらどうだ。その方がお互いにとっていいだろう。」
達観していると言うか、自分の事をまるで他人の様に語るその言葉にカールは絶句する。
その子供とは思えない余りにも尖った考え方。この息子はある意味カールが求めていた提案を自分からしてきたのだが、それを『はい、そうですか』と受け入れるのは親としては難しい。
戸惑うカールを余所にキョウジは彼に背を向け、手をひらひらとふりながらふてぶてしい態度で更に言葉を重ねる。
「親父殿、俺はひとまず自分の部屋で今後の沙汰を待つとしよう。
どうせアルベルとロッドもいるのだ。流石に3人全てが魔力無しと言う事もあるまい。
それでは俺はこの家を出る準備をするので失礼する。」
「おい!!」
最後までふてぶてしいキョウジの態度に、思わず呼び止めようとするカールが声が静かに響く。
「せめて…出ていくにしてもその右手の傷の治療をしてからにしろ。」
先ほどキョウジが手刀で薪を割った際に怪我をした右手を見ながら呟くカールの声は誰にも届くことはなかった。