001_格闘王の転生
「親父殿、約束を違えるつもりか!」
「…キョウ、無理を言うな。王女殿下たっての申し出なのだから。一貴族である私には断る術はない。」
ここはグリプス子爵家の屋敷の一室。そこでは2人の男がなにやら揉めているようだった。
一人は齢40半ば、身長160センチそこそこ、黒髪で少し頭が寂しい冴えない男。カール=フォン=グリプス子爵。この屋敷の主である。
もう一人は身長190センチ超え、体重はおそらく200キロ近く、膨れ上がった筋肉、黒髪に厳つい顔立ちと鋭い眼光。傷だらけの体にはこの漢のこれまでの経歴が刻まれている。
キョウジ=グリプス、もうすぐ15歳となるグリプス子爵家の長男にして鉤崎京志郎の転生先である。
キョウジはその鋭い眼光を無遠慮に父親にぶつけながら、話を進める。
「親父殿は確かにこう言ったよな。『魔力が無い役立たずの貴様など15になったら追い出してやる』と。
そして俺はそれを承諾した。なのに今更になって魔法学校に行けだと!!」
「まぁ、そう言うな。貴様にとってもそれほど悪い話ではないだろう。
なんせ王女殿下の御付きの騎士として任命されたのだから。」
「そういう事を言っているのではない!!俺は冒険者として世界中のモンスターという名の猛者達と血沸き肉躍るような決闘の日々を過ごしたいのだ!!
それが何故3年間もひ弱な魔法使いの退屈な授業を受けながら、王女などという小娘の御守をしなくてはならん!!」
「それはお前が悪い。王女殿下を襲った地竜を素手で倒したりするから。」
「人命救助だ。致し方なかろう。それに王女がいたなど知らなかった。」
そもそもこうなった経緯についてだが、鉤崎京志郎がキョウジになった時まで時間を遡ろう。
およそ10年前、キョウジが5歳の時である。
その日キョウジは生まれて初めての魔力測定の日であった。
これはキョウジが生まれた国ガルズベルク王国の5歳の子供に義務付けられているもので、この測定で生まれついての魔力の有無やその量が初めて分かる。
この結果は今後の人生を大きく左右するもので、魔力が多いと判断されたものはエリート、少ないと判断されたものは落ちこぼれと見なされる。
そして、魔力が全くないと判断された場合、もはや人としてすら扱われない。
この国は魔力至上主義、優秀な魔法使いがありとあらゆる分野で活躍する事で国を強くするという事を国是としている。
故に優秀と思われる子供を早くから見つけ出し、最高の教育を受けさせるというのがこの測定の意義である。
キョウジは測定会場となる近くの教会まで使用人と共にやって来ていた。
まわりにはキョウジと同じ5歳の子供達が既に測定を始めており、魔力の多い少ないで親達が一喜一憂していた。
「おい!聞いたか。村はずれのあばら家に住んでいるメルルがスゲー魔力なんだってよ。」
「測定値3000超えって、あの年じゃ歴代最強なんだとよ。」
「そいつは本当か!普通5歳だと50くらいだろう。大人でも1000超えれば優秀なのに。」
「おっ!今度は領主様の所のキョウジ坊ちゃんの番だ。」
キョウジの登場に周囲は色めき立つ。キョウジの家であるグリプス子爵家はこの辺の領主である。
将来、領主になるかもしれない子供に関心が集まるのはある意味必然だろう。
そんなやじ馬達を余所にキョウジは測定の場へと向かう。
測定の内容は水晶玉の様な形をした測定器に手をかざすと数字が出るという非常に簡単なものだ。
キョウジが水晶玉に手をかざして待つこと暫し…水晶玉に変化は見られなかった。
その結果にまわりの大人達が騒ぎ始める。
「おい、どういう事だ?測定器の故障か?」
「誰か、神父さん呼んできてくれ。」
「まさか、領主様の子供が…いやそんなはずは…」
恐慌状態に陥りそうになる周りを窘めながら呼ばれた神父が測定器を確認する。
「…故障ではないな。申し訳ありませんがキョウジ様。もう一度測定をお願いします。」
「………」
子供のキョウジは神父に言われるまま、測定器に手をかざす。
しかしやはりというべきか、測定器に反応は無い。
この瞬間、神父は天を仰ぎながら苦し気に声を絞り出す。
「この子には魔力が無い。」
!!!!!!
この瞬間、キョウジに対して周りから先ほどの将来の領主を見る目から一転。侮蔑と嘲笑に満ちた人を人として見ない視線が向けられる。
「!!!」
幼いキョウジは初めて向けられる敵意と悪意に満ちた視線に耐えられなくなり、その場から逃げ出した。
そして誰もいない村はずれの森の中に差し掛かった所でキョウジはとうとう恐怖に耐えられなくなり意識を手放す。
この時キョウジの中に今まで眠っていた鉤崎京志郎の記憶が蘇る。