010_最強の誓い
「ふん!どうした、その腑抜けたツラは!そんな事でこの俺に勝てるとでも本気で思っているのか!!」
「………」
キョウジは心底怒っていた。先ほどの口論などどうでもいい。あんなものは売り言葉に買い言葉だ。
だが目の前のメルルはどうだ。腑抜けた覇気のない面構え、敵が目の前にいるというのに隙だらけで立ち尽くすだけ。
キョウジが戦いたいのは歴代最強の魔力を叩き出したこの辺一番の魔法使いであるメルルだ。こんな腑抜けと戦ったところで何の価値もない。
せっかくメルルが自分に喧嘩を売ってくれたと喜んでいたのにこれでは興ざめだ。
「おい!メルル!…ちっ!腑抜けが!聞こえているなら返事をしろォッ!!!」
「うぅ、キョウジ…ごめん…」
戦意を完全に失っているメルルにキョウジは思わず舌打ちをする。
「ちっ!メルル、これ以上俺を失望させるな!これはお前が売った俺とお前の喧嘩だ!喧嘩を売ったからには全力で応えろ!それが喧嘩に対する礼儀だ!」
「……ごめん。」
「…どうやら口で言っても分からんようだな!そうやってへこたれていれば何もしないと思ったら大間違いだ!!
よく聞け!俺はこれから全力でお前を殴る!死にたくなければ全力で抵抗しろ!!」
その言葉を合図にキョウジはメルルに全力の殺気を放ちながらゆっくりと距離を詰める。
膨れ上がった筋肉、全力で握られた拳、大地を捉え沈み込むかのように踏みしめられた足。
幾百のモンスターを屠って来たその拳がもうすぐ自分に向けられる。これで殴られれば少しは罪滅ぼしになるのだろうか。
そう思ってぼんやりとしていたが、キョウジが一歩ずつ近づくたびにその感情はどんどん吹き飛ばされ、別の感情が沸き起こり始めた。
それは人類が、全ての生物が原初より持つ感情。死に対する絶対的な恐怖。生存本能である。
キョウジは本当に殺す気でその拳を振るうつもりだ。それに気づいてしまえば先ほどの言い争いなど児戯に思えてくる。
ガタガタと自分の奥歯が鳴る音が聞こえる。そして一歩、また一歩と近づいてくる死の恐怖にメルルは耐えられなくなる。そして、
「アァアァアアアアアアアアァアアァァァッ!!!!!『ロックランス』!!!!」
メルルは絶叫しながら、巨大な岩の槍の魔法を放つ。その槍はキョウジに直撃し土煙を巻き起こす。
その瞬間、メルルは別の意味で顔色を失った。この岩の槍は中型以下のモンスターなら一撃で、大型でも数発叩き込めば倒せる高威力の魔法だ。
普段のキョウジなら回避も出来ただろうが、今回は全く避けずに直撃してしまった。自分は取り返しのつかない事をしたかもしれない。
そんな思いに憑りつかれそうになったがそれは一瞬の事だった。
先ほどまで近づいていた足音が土煙の向こうから再び近づいてくる。
そして姿を現したのは全く無傷のキョウジだ。キョウジは大気の全てを震わせるような怒声をメルルに叩きつける。
「メルル!ふざけているのか!!この程度の槍でこのキョウジを仕留められると本気で思ったか!!」
「!!!!!」
メルルはわけが分からなかった。先ほどまで肉の配分で言い争いをしていた友達と、何故今殺し合いをしているのか。
だがこれだけは言える。今ここでキョウジに捕まれば自分は間違いなく死ぬ。
メルルは震える手を必死で押さえつけ、零れそうな涙を堪えながら全力の魔法を放つ。
『ファイアボール』『アイシクルレイン』『サンダーボルト』『エアスライサー』
「こざかしいわッ!!!!」
メルルの放つ無数の火の玉も氷柱の雨も高圧電流も風の刃も、キョウジの拳によって全て撃ち抜かれる。
信じられない光景、魔法を用いずに拳だけでこんな事をやってのける人間がいるなんて。
あり得ない状況、キョウジの右手の指は確かまだ折れているはずだ。この人は苦痛というものを感じないのか。全く拳の勢いが緩まない。
メルルは一歩一歩近づいてくる死の気配に後ずさりする。
「どうした、メルル!その程度か!後数歩で俺の射程圏内だぞ!」
「いやぁぁああぁああぁぁ!!来ないで!!来ないでェェ!!『フレイムバースト』『ブリザード』!!!」
メルルは半狂乱になりながら炎を、吹雪をまき散らしながらキョウジと距離を取るために後ずさる。
だがキョウジには炎も吹雪も無意味なのだろうか、全く足が鈍る気配がない。
そして恐怖で逃げ惑うメルルは自分の周りを見ていなかった。
逃げた先にある大木に行く手を阻まれ、とうとうキョウジに追いつかれてしまった。
「助けて!!助けて!!助けて!!」
「……」
泣きじゃくりながら命乞いをするメルルの目の前でキョウジが全力で握りしめた右拳を振り上げる。そして
バキバキバキバキバキバキバキッッッッッッ!!!!!!
キョウジはメルルの後ろの大木を一撃で叩き折る。その右手は血だらけだ。
そしてその手をメルルの頭にのせて豪快に笑う。
「どうだ、メルル!俺は怖かったか!」
「…うん、殺されるかと思った。」
メルルは涙目になりながら答える。
「お前にこの大木を叩き折る事は出来るか?」
「…出来ない。」
メルルは半笑いで答える。
「どうだ!俺は最強になれると思うか!」
「うん、キョウジならきっとなれる。」
メルルは笑顔で答える。
「じゃあ、俺にもっと頼れ!例え国が相手でもお前とレディターニャくらいなら俺が守ってやる。」
「…やだ。」
「はぁっ!」
キョウジの言葉を涙をぬぐいながら拒絶するメルルの返事に、キョウジ思わず素っ頓狂な声を上げる。
それを見たメルルは目元を赤く腫らしたまま、満面の笑顔で答える。
「だって、わたしは最強の魔法使いになる女なんだよ。キョウジに守られるだけの女になるなんて御免だよ。」
「じゃあ、どうする?」
「決めた!わたし、王都に行く。そして魔法を磨いてキョウジと並んで歩けるくらい強い魔法使いになるよ。」
挑戦的な笑顔と決意の瞳で語るメルルに、キョウジの厳つい顔を綻ばせ、豪快に笑う。
「ハッハハハハァ!!それはいい!では俺は最強の魔法使いに誓おう。俺は近い将来必ず最強の漢になると!!」
「いいね。じゃあわたしも最強の格闘王に誓うよ。わたしは必ず最強の魔法王になると!」
お互いの最強を誓いあう2人の少年少女。笑い声が響く中、ターニャが2人の元へと駆けつける。
だが2人はこの時気づいていなかった。血だらけのキョウジの右手を乗せられたメルルの頭もまた血だらけになっていた事に。
そしてそれを見たターニャがショックで気絶してしまうという事に。




