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009_後悔は重く深く

「キョウジ!また傷だらけになって!いい加減、素手でモンスターと殴り合うのはやめなさい!」


キョウジが転生してから2年余りの月日が流れた。

今のキョウジの生活の中心はメルルとターニャの家とその周辺の森である。

そこで野生動物やモンスターを狩ったり、野草などを採取しながら生計を立てている。

ちなみに2人と知り合って以来、屋敷にある小屋は寝るだけの場所となっていた。

そして今もこうしてデッドリービートル(巨大カブトムシのモンスター、普通は騎士数人で袋叩きにしないと勝てない)と生きるか死ぬかの相撲をして傷だらけになり、メルルに怒られている。

だが、これに対してキョウジはいつものふてぶてしい豪快な笑いで応える。


「メルル!俺が大丈夫な事くらいお前も知っているだろう!

それよりこのデッドリービートル、なかなか骨があって楽しかったぞ!

これだけ強ければきっと魔石も大きいし、頭をねじ切って倒したから素材の状態はいい。きっといい稼ぎになるぞ。」


「もう!そう言っていっつも無茶ばかりするんだから!

わたしは治癒魔法とか使えないんだから怪我しない様にしてよね!」


「なぁに、この程度かすり傷、たかだか右手の指の骨が3本折れただけだ。騒ぐような事じゃない。」


「はぁ!ちょっとふざけないでよ!サッサとウチに戻ってお婆ちゃんに治療してもらうわよ!」


「だからかすり傷だと言っておろうが!この程度でレディターニャの手を煩わせるわけにはいかん!」


「そう言ってこの前、お婆ちゃんに怒られたのはどこのどちら様だったかな!

全く体ばっかりデカくなって頭は成長しないんだから!」


そう、今のキョウジは7歳にして身長160センチ、体重70キロで今も成長中。地球の7歳児の平均と比較しても身長は30センチ以上高く体重は3倍近くデカい。

その上、身体中生傷だらけで常に激しい戦闘を繰り広げている為、人相も厳つくなった。

キョウジを7歳だと紹介して信じる人間などこの世のどこにも存在しないだろう。

一方、メルルは体格こそ子供のままだが、キョウジが来てから食卓に肉や穀物が並ぶようになり栄養状況が改善された為、以前よりずっと健康的になった。

そして持前の高い魔力と育ての親であるターニャの指導により、この年代ではずば抜けて強力な魔法使いとなっていた。

その事を知っているキョウジが時々訓練相手になってほしいと頼んできたりするのだが、メルルはこれを尽く拒否。

理由は単純にキョウジに勝てる気がしないからである。

この男、フレイムリザード(炎のトカゲのモンスター、普通は水属性の熟練魔法使いが対応)を火だるまにされながら殴り殺していた経歴を持っている。

自分の炎魔法で焼いたとしてもおそらく突進を辞めずに逆にこちらの首が取られる事が目に見えている。

そんな怪物の御守が今のメルルの主な仕事である。


キョウジはメルルが叱るので、仕方なくデッドリービートルを引き摺りながらメルルの家へと戻る。

するとそこにはいつも通り優しい表情で椅子に腰かけるターニャの姿があった。


「あらあら、お帰りなさい。キョウジ君にメルル。どうやらキョウジ君はまた私の言いつけを守らなかったようね。」


だが優しい見た目とは裏腹に、すべてを凍らせるような氷点下の空気が彼女からは流れていた。

その空気に身の危険を感じたキョウジはすぐさま地面に両手を付き、DOGEZAを敢行する。


「申し訳ありません、レディターニャ!私が未熟なばかりにデッドリービートル如きに不覚を取りました!

今後はこのような事が無きよう精進してまいりますので何卒ご容赦を!」


このキョウジの態度にターニャは彼が何も分かっていないと言う事を理解し、思わずため息をつきながらメルルの方に視線を移す。


「はぁ…ごめんなさいね、メルル。あなたにはいつも苦労を掛けるわね。」


「お婆ちゃんが謝る事じゃないよ。悪いのはこの馬鹿なんだから。」


「そうです!悪いのは未熟な自分であってレディターニャではありません!」


「……はぁ~。」×2


いつもキョウジが無茶をしてそれを2人が叱るが結局分かってもらえずにまた無茶をする。これが今の彼らの日常である。


いつも通りのキョウジに呆れながら2人は食卓の準備を始める。ちなみにキョウジは指の骨が折れている為本日は絶対安静を言い渡された。

ここで「えっ!一日だけなの?」と思う方もいるかも知れない。しかしキョウジはなぜか寝て起きると大抵の傷は直るという特異体質を持っている。(ただし傷跡は残る)

おそらく元々身体にあった世界を安定させる為に使われた魔力の影響だろうがそれを確かめる術はない。

この体質がキョウジの無茶に歯止めがかからない原因の一端になっていると考えると素直に喜んでいいのか判断が難しいところである。


メルルとターニャが食事の準備を終えたのでそれぞれの席に着き食事を始める。


「いただきます。」×3


このいただきますの挨拶だが実はこの世界には元々存在しない。

しかしキョウジが毎食やっていて気になったメルルがその理由を聞いて以来、みんなで行う様になった。

どうやら食材や用意してくれた人間への感謝という所が琴線に触れたらしい。貧乏だと食べる事に苦労するから余計にであろう。

ちなみに今日の食卓は以前キョウジが狩って来たビッグホーン(大型の鹿のモンスター、その突進で大木も叩き折る)の燻製ステーキと野菜のスープとターニャが街で買って来た白パン。

2年前とは比べ物にならないほど豊かになった食事に舌鼓を打ちながらターニャが口を開く。


「メルル、あなたに王都から手紙が届いているわよ。おそらく来年の幼年学校の入学の案内ね。」


この言葉にメルルの表情が曇る。


「……ねぇ、お婆ちゃん。それってこの辺の学校じゃダメなの?」


「…おそらくダメね。あなたは歴代最高の魔力を叩き出して今も成長中のこの辺では一番の魔法使いなんだから。行くのはきっと王都よ。」


「………そう…だよね。」


「………」


ターニャの返事にあからさまに肩を落とすメルル。そんな重たい沈黙が広がる中、


「むしゃむしゃむしゃむしゃむしゃむしゃ、ボリボリボリボリボリボリ、ガツガツガツガツガツガツ、ゴクン!!」


全く空気を読まずに盛大に美味そうに食事を咀嚼する音が鳴り響く。

この無神経極まりない響きにメルルはカチンとくる。


「コラ~!そこの筋肉ダルマ!人がしんみり話しているのにむしゃむしゃうるさいのよ!」


「…あぁ、すまない。俺だけたくさん喰ってしまって。お前らの分もちゃんと残しているから心配しなくていいぞ。」


「そういう話をしてんじゃないわよ!っというか本当に滅茶苦茶食ってんじゃないわよ!もう半分以上お肉が無くなってるじゃないの!」


「そんなに食われるのが嫌なら面倒くさがって大皿に乗せなければいいんだ。」


「やかましいわ!小皿にしたらあんた少ないって文句言うでしょうが!!」


「仕方なかろう。俺はお前らより身体がデカいのだから。」


「まぁまぁ、メルル。私はそんなに食べれないから後はメルルが全部食べていいわよ。」


「お婆ちゃん!そういう事を言ってるんじゃないわよ~~~~!!」


真剣な話に水を差されて絶叫するメルルとのほほんと飯を喰らい続けるキョウジとそれを苦笑いしながら眺めるターニャ。

そんな彼らにとってはありふれた食事風景はメルルが肉を完食した事で終わりを告げる。

今までの遣り取りで緩み切った空気の中、キョウジが真剣な顔で話を切り出す。


「メルル、お前が何故悩んでいるのか俺には皆目見当がつかないのだが一体何が不満なんだ?」


「…はぁ~、ほんとに分からないの?わたしはここに居たいの。でもそうするとお婆ちゃんやあんたに迷惑をかけるでしょう。」


「そこが分からないんだ。別に嫌なら俺達の心配なんかせず突っぱねればいいのだ。俺もレディターニャもお前が思っているより遥かに強いぞ。」


「そういう問題じゃないの!わたしは歴代最強の魔力なんてものを持っているのよ!わたしの身柄確保にはきっと国全体が動くわ!

魔力がないあなたに何ができるって言うのよッ!!」


「馬鹿!メルル!!」


「はっ!!!」


「………」


この場を重い沈黙が包み込む。メルルは激情のままに発した失言にその表情を凍らせる。ターニャの鋭い叱責が飛ぶ中、今にも泣きそうな顔をするメルルに対してキョウジは…


凶悪な笑みを楽しそうに浮かべる。


「そうか!随分と大きく出たな。この俺に何も出来ないと!それもたかだか魔力の有無のみで!これは面白い!実に愉快だ!」


「違うの…そうじゃなくて…」


「どうやら俺はまだまだ甘かったようだな!メルル、少し表に出ろ!もっともお前にその勇気があるのなら、だがな!」


そう言って凶悪な笑みをそのままに家の扉をくぐるキョウジ。

一方メルルは途方に暮れた表情でターニャに目配せをするが、


「これはあなたが蒔いた種よ。あなた自身で摘み取りなさい。」


「でも…わたし…」


「じゃあ一つだけ助言よ。ここであなたが動かなかったらキョウジ君は一生あなたを認めてくれなくなるわ。」


ターニャの突き放すような言葉にメルルの表情に絶望の色が浮かぶ。だがそれ以上にあるのは、キョウジに失望される事への恐怖だった。

今まで貧乏や魔力の事に対して偏見を持たずに自分と対等に友として接してくれたただ一人の男の子。

彼は魔力が無い事でたくさんの卑怯者から謂れのない誹謗中傷を受けてきた。その事は重々承知しているはずなのに自分もその卑怯者と同じことをしてしまった。

覆水盆に返らず、出てしまった言葉は元には戻らない。自分は彼を友と呼ぶ資格を失ってしまった。

ならばせめてこの挑戦は受けるしかない。それが彼への唯一の謝罪であり罪滅ぼしだ。メルルは重い足を引き摺りながら扉の外へと歩き出す。


メルルのこの様子を傍観していたターニャが思わずため息をつく。


「はぁ~、本当にどこまでも優しいのね。キョウジ君は。」


自分が失望されたと思っているメルルは気づいていなかった。

今、キョウジはメルルを救おうとしている事に。

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