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「ありがとう。」
「では、失礼致します。」
お茶とお菓子を運んできてくれた侍女が頭を下げ部屋から退室していった。
部屋にはアーサー様と私、それぞれ後方にアーサー様の側近の方と私の専属侍女が控えている。
「早速だがリリィ。先日言っていた婚約解消とは一体どういうことだろうか。なんだかお互い行き違いが起きているようだから、ちゃんと話をしようと思ってね。」
アーサー様は神妙な面持ちで話を切り出した。
「私もお伺いしようと思っていたところです。どういう訳か、恐れ多くも私が王太子妃教育を受ける手筈になっているようで・・・。」
私は伏し目がちに、私の思惑では無いとアピールした。
セリシア様を陥れて自分が王太子妃になろうとしている。
なんて思われでもしたら不敬罪に問われるかもしれない。
なんとしてもそれは避けたい。
「私は一月後には王太子となる。リリィには大変な思いをさせるけれど、王太子妃教育を受けて貰うのは必要なことだ。すまないな。」
アーサー様は少し眉を下げながら困った様な顔をした。
「それは・・・おめでとうございます。しかし、まだ公表されていませんし私なんかに話してもよろしかったのですか?」
お父様から聞いてはいたが他言無用との事だったし、私が既に知っていると知られては駄目だろう。
私は知らない振りをした。
「まだ宰相から聞いていなかったか?リリィは私の婚約者なのだからなんの問題もない。」
なんと。お父様、アーサー様の了承済みだったからあんなにすんなり私に話したのが。
ん?
「そうでした。皆、何故かいまだに私が殿下の婚約者だと思っているようで・・・」
私はハッとして、本題に戻す。
「リリィは私の婚約者だ。それは事実だから当然だろ。」
アーサー様は遠慮がちにふわっと微笑んだ。
っ!!
可愛い・・・
美形の微笑って癒されるわ・・・
って、そうじゃなくて。
「あの・・・婚約は解消となるのですよね?父に確認しても取り合って頂けなくて。何か問題でもあったのでしょうか。」
この前、準備万端だって断言してたしそんなことないはずだけど・・・
「その事で確認なんだが、リリィはこの間から誰と、誰の、婚約解消の話をしているんだ。」
アーサー様はそう言うと手にしていたティーカップをソーサーにそっと戻すと、じっとこちらを見据えた。
何故今さらそんなこと聞くのだろう。
「もちろん。殿下と私の、です。それなのに今、私が王太子妃教育を受けているのです。私はその資格を既に有していないというのに。大変申し訳ありません。」
とりあえず、アーサー様に現状を知っていただいて明日からの馬車のお迎えも止めてもらわなきゃ。
「疑問なんだが・・・リリィは何故、私達の婚約が解消されると思っているんだ?何度も言うが私の婚約者はリリィだ。何より私がリリィを望んでいる。だから王太子妃教育もリリィに受けて貰いたい。」
『私がリリィを望んでいる・・・』
私の頭のなかで木霊する。
思いがけないアーサー様の言葉に胸が高鳴った。
アーサー様は真剣だ。
冗談を言っているようには見えない。
いや、偽装婚約者として望んでいるって意味だ。
勘違いなんてしない・・・
「なぜって、殿下はセリシア様とご結婚なさるのでしょう・・・?始めからセリシア様とご結婚される為だけに私を婚約者に仕立て上げたのでしょう。私はそれまでの偽装婚約者なのですから、準備が整ったのであれば殿下と私の婚約は解消するのが当然ではありませんか。それなのにどうして婚約も解消されず私が王太子妃教育を受ける必要があるのですか?まだ私を利用なさるおつもりで!?」
私は胸の中の想いを誤魔化すように、一気に思いの丈をぶちまけた。
そして途中から自分で言ってて虚しさが込み上げた。
ありがとうございました。