1
初連載始めました。
「まぁ!そうなんですね。」
(あー。お腹空いた…)
「さすが殿下ですわね。」
(ふぅー。あとどのくらいかしら…)
私は今、月に一度のお茶会に来ている。
メンバーは私リリアーナと、この国の第二王子アーサー様。
私たちは婚約者同士。とても仲睦まじい。
ということを世間に知らしめる為のお茶会だ。
ま、端から見たらよくある政略結婚てやつね。
宰相の娘である私と王子の婚約。
物語によくある王道な組み合わせ。
え、どこの物語かって?
これまたよくある転生者、というやつなのよね私。
前世の私は日本という小さな国の、ごく平凡な庶民だった。
それなりに恋愛して、それなりの歳で結婚して、子供も2人いたんだけど。
気づいたらこの国の公爵令嬢として生まれ変わっていた。
前世では転生ものの漫画や小説を読み漁っていた。
子育ての合間に寝るまも惜しんで。
その結果、公爵令嬢に生まれ変わっている現実をすんなり受け入れた。
私たちの婚約が結ばれたのは今から5年程前。
アーサー様が15歳で私が12歳のとき。
アーサー様が高等部へ進学するのに合わせ、婚約者をという話になったらしい。
その時に、丁度良い具合の歳の差で丁度いい感じの家柄の娘であった私にも話が回ってきた。
当時父に頼んで、未だ幼いことを理由にお断りしてもらおうと試みたが、当然の如く却下された。
当然、公爵家としては断る理由が全くなかった。
が、前世で一般庶民の私に王子妃なんて務まるわけがないので、体調不良を理由に幾度とセッティングされたお茶会を悉く欠席した。
王子様も急がしいなか空けてくれた時間を断わるのは心苦しかったが、王子様にとってもザ庶民の私との顔合わせの為に時間を無駄にするより遥かに良い。
何人か婚約者候補がいるらしいから、そのうち私は候補から外されるだろう。
と、思っていたのだけれど一向にそんな話もなく、遂には王子から直々に手紙が届いた。
『茶会の度に体調を崩す君の身体を心配している。見舞いに行っても良いだろうか。』
ダメだ。駄目なやつだ。
これは逃げられないやつだ。
と、この時観念して顔合わせへ行く覚悟を決めた。
ま、婚約したからといって必ず結婚するわけじゃないし、結婚したとしても王妃になるわけじゃないし、何とかなるか。
しかも仮病を使ってるのはバレてるみたいだし、会えばきっと私みたいなのを婚約者にしようだなんて思わないだろう。
**
「お初にお目にかかります殿下。リリアーナ・エラ・カルストロでございます。」
「アーサー・エスト・ベルシュタインだ。」
父には私が2歳のときに殿下と一度会ったことがあることを聞いていたが、全く記憶にない。
殿下も当時5歳だ。
こんな一回会っただけの小娘を覚えているわけがないだろう。
「せっかくお時間を頂いていたのに…今までの無礼をお詫びいたします。」
「いや、構わない。今日は調子が良さそうでなによりだ。」
「殿下のお心遣いに感謝申し上げます。」
「そんなに畏まらなくていい。我々は婚約者同士になるのだからな。」
「ですが…。まだ正式に婚約すると決まったわけではありませんし、他の婚約者候補の方もいらっしゃるではありませんか。」
「他の婚約者候補などいない。私の婚約者はリリアーナ嬢あなただ。」
「…」
そんなアホな。
あ、しまった。
あまりにビックリして前世の口調になってしまった。
え?ていうか決定事項なの?
「ここだけの話、私は女性が好きではない。」
「は?」
あ、声にでちゃった。
淑女たるものいかなるときも冷静な言動をと散々言われてきたけど無理だった。
「失礼致しました。えーっと…、では何故私と婚約を?」
「…。リリアーナ嬢が一番私に興味がなさそうだったからな。」
わーお。しまった。
ドタキャンばかりしていたのが仇となったのか。
でもそうか、なるほど。
これは前世で流行っていた偽装結婚ならぬ偽装婚約だな!
王子の立場では女性が嫌いでもどうしても結婚はしないといけないから、自分に興味がない人と婚約して回りを黙らせる魂胆ね。
「わかりました。全て理解致しましたわ。」
「そうか。リリアーナ嬢はやはり賢いな。」
「殿下。私のことは是非リリアーナとお呼びください。もしくはリリィと。殿下の仲睦まじい婚約者役として尽力させていただきますわ。」
「あ、あぁ。よろしく頼む。私のことはアーサーと呼んでくれ。」
「はい。アーサー様。」
*****
その後すぐ私達の婚約が公表され、アーサー様は学園の高等部へ進学した。
この婚約はアーサー様の学園生活にも大いに役だったらしい。
アーサー様が学園に通われている間は殆ど会うこともなく、これといって婚約者の演技を披露する機会はなかった。
そしてアーサー様が卒業するのと入れ違いに、今度は私が学園の高等部へ進学することになった。
「ねえ。聞いた?アーサー殿下のこと。」
入学してすぐ意気投合した侯爵令嬢のマリアンヌと食堂に来ていた時のこと。
「なんのこと?」
「生徒会の先輩に聞いたんだけど…。アーサー殿下恋人がいたらしいの!」
「恋人?」
アーサー様は女性が苦手だったはず…。
克服したのかしら?
「なんでも、中等部の頃から仲が良かったらしいんだけど、高等部に入ってから一層親密になってたみたいよ。信じられない!」
「…」
中等部の頃から…?
てことは私と婚約する前からってことよね?
「大丈夫?リリィ。」
「え?あ、大丈夫よ。初めて聞いたことだったから少し驚いちゃって。」
「驚いたでは済まされないわよ!浮気よ浮気!許せないでしょ!?」
「浮気だなんて。私達はよくある政略結婚。好きな人が他にいてもおかしくはないわ。」
さすがに偽装婚約とは言えない。
でもアーサー様に恋人…。
そんなに仲の良い令嬢がいるならその方を婚約者にされた方が良かったのでは?
なにか問題でもあったのかしら?
「ねえ。マリー?因みにその恋人の方ってどなたかご存知?」
「やっぱり気になるのね!そうよね!お相手はソマフリー男爵令嬢だって言ってたわ。」
「ソマフリー男爵…」
なるほど。
これまた王道、身分差の恋!ってやつなのね。
そうか。
アーサー様はソマフリー男爵令嬢と婚約したかったけど認められず、それなら自分に興味がなさそうな適当な令嬢を表向きの婚約者を仕立て上げて、裏では男爵令嬢と愛を育む予定だったということね。
前世で読みふけっていた異世界転生ものの小説でもそんな設定があった。
さすがに私には本当のことは言えなかったのね。
別に大丈夫なのに。
…ん?
これって…
もしかして私、悪役令嬢というやつなのでは?
きっとそうだ。
私が嫉妬してソマフリー男爵令嬢に嫌がらせして、それがバレて婚約破棄される流れだ。
でも、そもそもアーサー様と私は恋仲でもないし嫉妬するような仲でもない。
私としても嫌がらせなんてしたくないし、断罪されて婚約破棄なんて家族に迷惑被るなんてごめんだ。
ここは円満な婚約解消をお願いしなくては。
そのくらいのお願いは聞いてくれるよね。
私には特にメリットもない婚約者役を引き受けてるんだから。
婚約解消したあとは何処か和な辺境にでも嫁に行ってのんびり暮らそう。
「… …リリィ?ねーぇ。リリィー?」
「あ、ごめんなさい。考え事をしてて。…のんびりスローライフの夢が叶いそうだと思って。」
「え?スローライフ?急になんの話??あ!次の授業、移動だったわね。急ぎましょ!」
*****
そんなこんなで私の学園生活もあと半年。
私は17歳、アーサー様は20歳になっていた。
ここで冒頭に戻る。
アーサー様が卒業してからというもの、こうして月に一度、2人だけのお茶会が開かれている。
アーサー様が在学中は半年に一度くらいだったのに。
周りの方々から色々言われているのだろう。
私はてっきり悪役令嬢としての役割も少しはあると思っていたのだけど、そんなことは全くなかった。
というか、ソマフリー男爵令嬢に会う機会もなかった。
でも相変わらずアーサー様とソマフリー男爵令嬢の噂は耳にするからきっとうまくいっているのだろう。
だからこそ表向きの婚約者(私)と仲睦まじい様子を世間に知らしめる必要があるんだけどね。
でもこれいつまで続けるのかしら。
あろうことか私が学園を卒業したら結婚することになっているらしい。
あと半年しかないんだけど。
そろそろ婚約解消しないと色々不味いことになるんじゃない?
式の招待客には隣国の王妃や王太子もいらっしゃるはず。
いやもう遅い気がする。
目の前でこれといって重要でもない世間話をしているアーサー様。
ここは今後の予定を確認しておかなきゃ。
次お会いするのはまた1ヶ月後だし、その頃にはもう手遅れだ。
「それはそうと殿下。ソマフリー男爵令嬢とのことはどうなさるおつもりなのですか?今後の私達のこともありますし。そろそろ色々と手配をしないといけませんわよね。」
「セリシアがどうかしたのか?それよりリリィ。私のことはアーサーと呼ぶ約束だっただろう。」
ソマフリー男爵令嬢、セリシア様という名前だったのね。
「近くに誰もおりませんし、話の内容は聞こえませんでしょう。そのセリシア様との婚姻についてです。手はずは整っているのですか?」
「あぁ。リリィ知っていたのか。リリィが心配することはない。全て整っている。大丈夫だ。」
「まぁ!そうなのですね。では私にお手伝いできることがありましたら何なりとお申し付けくださいませ。」
さすが殿下。
もう既に全て手配されているのね。
ということは水面下では私達の結婚話も無くなって婚約解消に向かってるということね。
「あぁ。リリィは式を楽しんでくれればそれで良い。」
「結婚式に招待していただけるのですか?私セリシア様とはまだお会いしたことがありませんし、立場的にもあまりよろしくないのではないでしょうか。」
偽装婚約とはいえ、元婚約者が参列するなんてセリシア様にとって気分が良いものではないだろう。
「ん?セリシア?リリィが望むなら招待するが。」
「いいえ。無理は申し上げませんわ。殿下のお心のままに。」
ということはもうこの定例会も必要ないのでは?
もう仲睦まじい様子を見せつける必要もないし。
「殿下。そろそろこのお茶会も必要ないのでは?もう全て準備が整っているのであれば、これからは未来の妃との時間を増やしたいでしょうし。」
「あぁ…。そうだな。これからは2人でいろんな時間を過ごすとしよう。」
「それはよろしいですわね。では、婚約解消のお話は私の父に確認しますわ。もうお話は通っていますわよね?正式な手続きはその後すぐに。また後日父からご連絡させていただきますわね。それでは殿下。今までありがとうございました。ごきげんよう。」
さて。お腹空いたわ~。
今日は何かしら♪
リリィの頭はこの時、ご飯のことでいっぱいで後ろで殿下が唖然としながら間抜けな声を発したことに全く気付かなかった。