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 箱の中は意外にがらんとしていた。もっと物が詰まっているイメージだっただけに、少し意外だ。箱の中から、俺は記憶媒体を取り出した。

 一つ目は、俺の部屋で見つけた日記の、破り取られていたページだ。十三日の日記である。


〈十三日。今日は手術日だ。二人の永遠の為に。そして……〉


 途中で文字が乱れて後半の内容が不明瞭だったが、こう書かれている。二人の永遠とあるように、やはり俺は恋人と共に手術を受け、人形婚を挙げる予定だったらしい。〈そして……〉から後に続く言葉は読み取ることができない。長さ的には一文といったところだった。内容は分からないものの、俺が人形化手術を受けた理由は人形婚の他にもう一つあるのかもしれない。それが何なのか、今の俺には見当もつかなかったが。

 そもそもなぜ俺は、この一ページを破り取って箱に入れたのだろう。これが俺の記憶にとってそれほど大きな意味を持つとは思えないし、そもそも全文が読めないのだ。まるで寝ぼけて書いた文章のように。

 二つ目は、ピエロを模った仮面だった。泣いているのか、はたまた笑っているのか、不気味な面だった。裏返すと、そこには文字が書かれていた。


〈私を隠す私に、私からの贈り物〉


 不可思議な一文。丁寧な文字で書かれていたが、これ以上のことは今のところ何も分かりそうにない。

 三つ目は、古びたレザージャケットだった。あまり手入れはされていないらしく、ところどころ色がはげている。これは俺が着ていたものなのだろうか。部屋のクローゼットから取り出した上着は、かっちりしたコートだ。名前まで刺繍されており、このジャケットよりずっと良いものだろう。

 コートを脱いでジャケットを羽織ってみるが、サイズはぴったりだった。心なしか着慣れた感じさえする。

 ポケットをまさぐってみると、左のポケットから一枚の紙が出てきた。くしゃくしゃに丸めた紙で最初はただのゴミかと思ったが、開いてみると文字が書かれていた。


〈塵芥通り八十番十九号〉


 書かれていたのは、どこかの住所だった。半ば諦めかけていたところに、ようやく出てきた手がかりだ。全文が読めない日記の一ページや薄気味悪い仮面と違って、これは住所という確実性の高い情報だ。俺は住所のメモを懐にしまい、記憶媒体の閲覧を続けた。

 しかしその他には、参考になりそうなものは入っていなかった。強いて一つ挙げるとすれば、二十センチほどの大きさの少女を模ったドールだろう。俺の部屋には、そのようなものは見当たらなかった。俺の趣味とは考えづらく、件の恋人のものだとしても、だったらなおさら箱に入れた理由が読めない。あらかた探したが、めぼしいものは以上だった。


 資料の閲覧を終え金庫室を出ると、移植医師の姿はすでになかった。代わりに最初に俺を案内した看護師が一人、黙ってじっと立っていた。


「御用件は済みましたか」


 温度というものを感じない、冷たい声だ。


「ええ、まあ、大体は」


「あの子は……いえ、なんでもありません」


 あの子と、そう言いかけて看護師は押し黙った。すかさず俺は尋ねた。


「あなたは、ここに来ていた俺を知っているんですか」


「あなたを担当していたカウンセラーとは友人だったもので。でもそれだけです」


 そのカウンセラーの名は、ミロイといった。今は退職して、俺との結婚、つまり人形婚を控えていたという。街で見失ったあの人は、俺の恋人であるミロイだったのだろうか?


「ミロイは今どこにいるか分かりますか」


「連絡が取れないもので、申し訳ありません」


 会話が途切れ、沈黙が続いた。カウンセラーといったが、俺は以前カウンセリングを受けていたのか? 


「あの、先生はどちらに?」


「次の患者が来られたので、そちらに」


 それだけ答えると、看護師は金庫室の点検に向かおうとした。


「あの資料は、持ち帰ることはできないんですか?」


 一通り中身は確認したが、もしかするとまだ見落としがあるかもしれない。念を押して持ち帰りたいところだった。


「資料? 何を仰っているかは分かりませんが、手続きをしていただければ通常一週間以内に返還致します」


 ぴしゃりと、それ以上は許さないというような態度。俺は口を噤んだ。

 看護師は一通り室内を見回ると、引き出したままだった金庫を戻した。オートロックらしく、施錠を確認する電子音が鳴る。


「もっと厳重なものだと思ったのですが、意外にそうでもないのですね」


 俺がぽつりと漏らすと、看護師は初めて人間らしい表情を見せた。怪訝な、はっきりとした疑いの表情だ。


「この金庫は眼球および指紋の認証でしか開けることはできません」


「しかし、先生はこの金庫を開けていましたよ」


「それはあり得ません。本人の眼球と指紋の認証でしか、この金庫は開くことができないように作られています」


 一体、どういうことなのだろうか。本人のみしか開けることのできない金庫ならば、移植医師は俺の協力を得なければならなかった筈だ。ひょっとするとあの金庫はそもそも俺の金庫ではなかったのだろうか? ならば、俺が閲覧した記憶媒体は、一体誰のものだというのか。それとも、金庫を作る時から何かが仕組まれていたのかもしれない。一体俺の記憶は、どこにあるというのだろう。

 俺は記憶媒体の返還を申請し、クリニックを後にした。移植医師への疑念は、俺の中で強まり続けていた。

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