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4-3

 オレが部屋に戻ってくると、サノルはひどく興奮した様子だった。


「え? え!? なんで!? どうしてイラルさんがここに?」


「落ち着け、どういうことだ」


 サノルに深呼吸させ、報告を促す。どうやら一足遅かったらしい。


「つい今しがた、見張ってた部屋から出てきたやつと、その、イラルさんが、連れ立って出かけて行ったんですよ!」


 舌打ちをする。ミロイがすでに俺を回収していたとは、考えられる限り最悪の展開だった。いや、それもすべてあいつに仕組まれた事なのかもしれないが。


「サノル、お前車は出せるか?」


「原チャリならあります!」


 サノルの体型で二人乗りができるかは疑問だった。これなら走って行った方がまだマシだ。


「じゃあ、武器はあるか」


「趣味で集めたものならあります!」


 サノルが持ち出してきたのは、スタンガンや催涙スプレーといった護身グッズから、バタフライナイフやダガー、酷いものになると青龍刀なんて代物まであった。


「呆れた。とんだ危険人物だな」


「これくらい持ってないと、僕みたいなオタクはここで生きてけませんよ」


 まあ、武器としては十分だろう。オレは催涙スプレーとダガーを取ると、それぞれ左と右のポケットにしまった。


「え、ついにボス戦ですか? というか、何が分かったのか教えてくださいよ!」


「その様子だとお前の方にも収穫があったらしいな」


 サノルは自信に溢れた笑みを見せ、頷いた。役に入り込む性質らしく、自分のことを工作員か何かと思い込んでいるのだろう。初対面の時より接しやすいから問題ないし、これなら多少は使い物になりそうだ。


「とにかく、詳しくは移動しながら話す。オレはどっちの方角へ向かった?」


「中央の方です」


 なるほど、そこでミロイはあいつと落ち合うのだろう。ならば行先は一つだ。


 結局タクシーに乗り込み、オレはサノルと共にクリニックを目指していた。


「どうしてクリニックに?」


「記憶媒体だ。すでに回収されているかもしれないが、それを奪いに行く」


 それがある場所はただ一つ。今や本物のミロイしか開けられない金庫だ。だがミロイのパーソナルを持つオレならば、それを開けることができる。


「いったい誰の記憶媒体なんですか! そこを教えてくれなきゃ分かりませんよ」


「例えば、記憶喪失者がいるとするだろう。“ここはどこ? わたしはだれ?”という状態だ。そいつにまったく別人の記憶を植え付けたら、一体どうなる?」


 オレの突然の質問に、サノルは怪訝な表情をした。しかしすぐに考え込むと、おずおずと答えた。


「うーん、記憶が違う人になるんだから、本人の意識は別人になるんでしょうか」


「だったらその前にいる“ここはどこ? わたしはだれ?”と考えているのは一体誰になるんだ? 記憶を獲得したらその人格だった意識は、消えてしまうのか?」


 サノルは困ったような声を出した。


「でも記憶媒体はそういう症状に対処するためのものですよ。それさえインストールすれば、その人形は以前の、人間だった頃のように自分を取り戻すんですから」


「……まあいい、先にお前の報告から聞こう。おそらく奇妙な光景を見たんじゃないか?」


 オレは話を一旦打ち切り、今日一日の報告を聞くことにした。


「なんと説明したらいいのか……見張ってたら、さっきもう一人のイラルさんに連れられて行ったやつが、まずは一人で部屋から出てきたんです。そいつは外周の方に向かっていったんですけど、しばらくすると中央の方から同じ顔をしたやつがやってきて、部屋に入っていったんです。同じ顔の人物が、入れ替わりであの部屋に入っていったんですよ」


 そして後から入った方はすぐに部屋を出て行き、ほどなくして一人目が戻ってきた。ミロイに連れられて行ったのは一人目の方、つまり俺だ。


「やはりオレと俺は、それぞれ二人ずついたのか」


 オレの呟きに、サノルは完全に混乱していた。目をきょろきょろ動かして、言葉を探している。


「オレのこの体は、ミロイという女の人形になる筈だった。手続き上はそうなっている。だが、こうして今オレの中にある記憶は、お前が見た二人の俺のものなんだ」


「え、じゃあイラルさんは誰なんですか?」


 オレが誰なのか、オレなりに考えてみたが、これこそどう説明すればいいのか分からない。空白の人形に記憶だけを与えた結果、それを解釈するものとして生まれた存在がオレだ。だがオレにはもう、オレ自身の名前がある。


「オレはイラルだ。お前がつけた名前で呼べばいい」


 サノルは考え込んでいたが、やがて納得したのかこう答えた。


「とりあえず僕の名付け子みたいなものと考えることにします。子って年齢でもないと思いますけど」


「なんだそれは」


 思わず吹き出してしまう。呆れもあったが、どこか安心した。少なくともオレを繋ぎ止める存在がいるのだ。確かにこいつは、オレの名付け親だ。実際のところ少々困ったやつではあるが、悪人でなくて良かった。


「サノル、お前は“人形師殺人事件”の報道については知ってるか?」


「ああ、知ってます。見張っている時にずっとラジオをかけていましたから」


 オレは声を潜めて告げた。


「これからオレたちが対面するのは、その犯人だ」


 サノルは大きく目を見開き、体を震わせた。

 オレとサノルを乗せたタクシーは、クリニックに到着した。

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