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3-3

 部屋に戻り、俺は再び記憶媒体と向き合っていた。いや、今となってはこれが偽物であることは分かっていたが、それでも俺に所縁のあるものということは確かだ。たとえフェイクであっても、ここに俺が求める真実への手掛かりが隠されているような気がしていた。

 まずはそれぞれのメッセージを比較する。ここに残された確かな手掛かり、そう、筆跡である。もちろん専門的な鑑定ができるわけではない。しかし何か見えてくるものがある筈だ。少なくとも、俺が“ヌイノ”と“ベンテ”のどちらかであることは、間違いないのだから。


 日記に残された〈十三日。今日は手術日だ。二人の永遠の為に。そして……〉。

 仮面に残された〈私を隠す私に、私からの贈り物〉。

 書置きに残された〈決して●●●●気を許すな〉。


 ひとまず自分でも同じ文章を書いてみた。見たところ、日記の筆跡とは一致している。だが仮面のものとは、どうも違うように感じられた。

 それと奇妙なことに、書置きの筆跡も俺のものとよく似ている気がした。だったらこれもまた、俺が以前に書いたものなのだろうか? 筆跡だけで判定するなら、そういうことになる。

 念のため、部屋に残っていた日記の筆跡とひとつひとつ比べてみたが、そのすべてと大きく異なる点はなかった。今の俺と日記を書いた人間、それに書置きを書いた人間は、どうやら同じらしい。

 ふと思い当って、貸倉庫の住所が書かれたメモとも比べてみた。こちらは仮面の筆跡とよく似ている気がする。ともあれ、浮かび上がったのはやはり二人の人物だ。


 日記と書置きを書いた人物。これは俺だ。

 住所のメモと、仮面のメッセージを残した人物。兄弟のような間柄だった何者かだ。


 クリニックでは、俺は一貫してヌイノと認識されていた。あの金庫を開けることができたということは、少なくとも俺はヌイノのパーソナル――眼球と指紋を持っているのだ。ということは、日記と書置きを書いた人物はすなわち俺、ヌイノだということになる。だがクリニックの外では、あの貸倉庫と仮面の店だが、そこでは俺は常にベンテと名乗っていた。これはどういうことだろうか? 考えられることはいくつかある。

 まずは最も単純に考えてみよう。俺がヌイノの他に、ベンテという偽名を持っていたのだ。理由は分からないが、どちらも人には隠したい趣味にまつわるものだ。身分を偽っていたとしても、何ら不思議ではない。

 しかしそれでは金庫を開けた移植医師について説明できない。金庫を開けた事実だけをなぞれば、ヌイノのパーソナルを持つ者が二人存在することになる。

 ならばこうは考えられないだろうか。俺は人形化手術を受けたのだ。仮面の店で聞いたところによると、ベンテには兄弟のような間柄の人物がいた。それこそがヌイノなのだ。そして俺は、実はベンテなのだ。すなわち日記を書いたのもベンテで、書置きを残したのもベンテ。この部屋はベンテの部屋だったのだ。

 つまり手術を受けてヌイノ人形に移植されたのは、ベンテの記憶と人格なのである。しかしその記憶は、どういうわけか失われてしまった。そのことで混乱が生じていたが、要するに俺はヌイノのパーソナルを持ったベンテなのだ。

 何らかの理由で、ベンテはヌイノになり替わろうとしたのではないか? そしておそらくヌイノはそれに協力的だった。だからヌイノは色々な場所でベンテの名を名乗り、活動していたのだ。

 よって俺が会った移植医師は、本物のヌイノが変装していたということになる。十二日から失踪した移植医師がマスクを着けるようになっていたのは、その変装を少しでも見破られにくくするための下準備といったところか。もちろんずっと入れ替わっていたわけではないだろう。俺に対応するその時だけ、二人は入れ替わったのだ。

 この考えは一応筋の通ったものに思える。しかしなぜ、ヌイノとベンテはそのような大がかりなことを行ったのだろう? きっとそれこそが“人形師殺人事件”なのだ。この仮定を正しいものと考えれば、倉庫を借りていた異常な人形愛好家はヌイノであり、事件を追っていたのはベンテだ。つまりヌイノこそが一連の猟奇殺人を犯していた犯人ということになる。

 ということは、俺ことベンテはその罪を被ろうとして、ヌイノの姿になったのだろうか。だとすればどこかに、ベンテの姿をした人形がある筈だ。そして遠からず本物のヌイノは手術を受け、ベンテのパーソナルを手に入れるつもりなのだ。

 だが、それではおかしい。この部屋に残された写真はどれも一部が黒く塗り潰されている。俺――つまりヌイノ以外の誰かの姿は、すべて隠蔽されているのだ。今の俺に本来のベンテの姿を知ることはできない。だが徹底したこの細工を、すべてベンテが行ったのだとしたら? ベンテこそがヌイノの恋人だったとは考えられないか。

 そう、ミロイとベンテは同一人物だったのである。

 俺が目覚めた時から抱いていた思いも、全てはヌイノに向けられたものだったのだ。そして本物のヌイノは、全ての痕跡を消すために動いている。あの看護師も、失踪した移植医師も、きっと本物のヌイノによって消されたのだ。

 しかし、ならば俺が見たあの人は一体誰だというのだ。

 あの人を見た瞬間に湧き上がった感情は? それに、俺が貸倉庫に行くほんの数時間前にナイフを預けていったという人物は?

 ベンテ、すなわちミロイの人格が俺のところにあるなら、ミロイ本人はもういないことになるのだ。

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