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3-2

 クリニックの前は騒然としていた。カメラやマイクを構えた人ごみが玄関を塞いでおり、その様子から何か事件が起きたことは明白だった。

 興奮した様子でレポーターが伝えているのは、件の“人形師殺人事件”に関する報道だった。どうやらクリニックの看護師が、十人目の犠牲者になったらしい。

 野次馬の話に耳を傾けると、殺されたのは若い女の看護師らしい。聞くところによると評判も悪くなく、勤務態度も真面目そのもので、昨夜も遅くまで残業をこなしていたという。

 その帰り道に襲われ、人形師によって解体されたのだ。おぞましいことに、現場で発見されたとき看護師は死亡して間もなかったという。死因は出血多量――つまり看護師は生きたままの状態で四肢を分断され、発見される直前までまだ生きていたのだ。解体された四肢は、医療用の糸でずさんに繋ぎ合わされていたらしい。そのような陰惨な所業もさることながら、四肢を分断しながらも命を奪わないその手法も異様だった。

 そして疑いの的になっているのが、昨夜から行方不明になっているという移植医師だった。この一連の“人形師殺人事件”の犯人かもしれないのだ。クリニックにこれだけの報道陣が押し寄せていることも納得できた。

 人波に揉まれながら、急きょ開けられた臨時の入り口にたどり着き、受付へ行く。俺の記憶媒体資料の返還要請は受理されているらしく、少しの間待つように言われた。あの看護師は一週間以内の返還といっていたが、非常に仕事が早い。

 待合のソファに座っていると、ちょうど放送しているニュースがモニターで流れていた。加害者と目される行方不明の移植医師は、初老の人の良さそうな男だった。とてもあのような恐ろしい事件をしでかすとは思えない。モニターの向こうでさまざまに推論がなされる中、俺の目を奪ったのは被害者の顔だった。

 モニターに映し出された写真は、昨日俺を案内した看護師だったのだ。


 ほどなくして俺は、あの金庫の部屋に通された。今回俺を案内したのは、別の看護師だった。昨日の看護師に比べると、どこか軽薄そうな印象を受ける。


「ヌイノさんの金庫はこちらですねー」


 昨日、移植医師が開いた金庫の前に通される。説明された手順の通り、眼球をスキャンし、その後取っ手についた指紋認証を行う。電子音と共に金庫のロックが外れ、俺は中から記憶媒体の入った箱を取り出した。金庫は俺でも、何の問題もなく開けることができてしまった。これでいよいよ、あの移植医師の謎が深まる。あの移植医師は、一体何者だというのか。そもそも、あれは本当に移植医師だったのか?


「なんですそれ?」


「何って、記憶媒体じゃないですか」


「嘘ですよ、記憶媒体はそんな箱に入れるほど大きくないですもん。これくらいのハードディスクなんですよ?」


 看護師は手のひらに乗るくらいの大きさをジェスチャーした。ここに入っていたものは、そもそも記憶媒体ではないというのか? 確かに偽物の可能性は危惧していたが、まさか全くの別物だとは思わなかった。


「俺の担当医師はどこに?」


 やはり怪しいのは、あの移植医師だ。しかし看護師は馬鹿にしたように笑った。


「ニュースを見てないんですかぁ? あの失踪した先生が、ヌイノさんの担当医師ですよ」


 先ほどモニターで見た医師の顔を思い浮かべる。俺が会った移植医師は、あんな顔をしていただろうか? 確かにマスクで隠れてよく見えなかったが、あんなに年齢は重ねていなかったような気がする。俺の印象としては、もっと若く見えた。


「ここだけの話なんですけどぉ、なーんかここ数日、あの先生変だったんですよねぇ」


「その話、詳しく教えてください」


 看護師が間延びした話し方で俺に教えたのは、次のような内容だった。

 十二日の夜、彼女はクリニックを出ていく移植医師を見かけた。彼女はそのあと二時間ほど庶務をこなし、交代の同僚に引き継ぎをして帰路についた。

 しかし駅についたところで定期券をロッカーに忘れてきたことに気づき、取りに戻ったのだという。そして再びクリニックに入っていく時、すでに帰ったはずの移植医師とすれ違ったらしい。奇妙なことに移植医師は、平日はつけていなかった大きなマスクを装着していた。看護師が挨拶をすると、移植医師は軽く会釈だけしてクリニックに入っていったという。


「十二日っていったら、ヌイノさんの手術の前日ですよねぇ。もしかして何か関係があったりしてー」


「他に変わった様子はありませんでしたか? 例えば……そう、別人に見えたり、だとか」


「いやーそれはあり得ないっしょ! いくらなんでもマスクつけただけで見間違えるわけありませんよぅ。あれは間違いなく先生でした。移植医師にしてはあたしらにも愛想の良い先生でしたし」


 看護師はけらけらと甲高い声を上げた。確かに、マスクをつけただけで見間違えるなんてことは考えづらい。それも同じ職場で働く人間が、気づかない筈ないだろう。


「ああ、でもあの子……今回死んじゃった子なんですけど。昨日、変なこと言ってたんですよ。“先生が先生じゃないかもしれない”って」


 だが俺の推論はあながち間違いでもなかったらしい。おそらく、俺の担当医師を名乗っていた人物は二人いたのだ。片方が偽物で、本物に成りすましていたのだ。

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