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3-1

 俺の失われた記憶の中には、いったい何があるというのか。

 気になるのは黒で消された部分だ。単なる書き間違いなのか、それとも何かを隠したのか、判断できない。そもそもこの書置きがいつ書かれたものなのかも分からない。俺が気づかなかっただけで、元からこの写真立ての裏に隠されていたのかもしれない。そしてそれを、俺の留守中に侵入した何者かが黒く塗り潰したということだって、十分に考えられることだ。

 もう一度書置きを読み返す。消された部分はおよそ四文字というところで、ここから推測できる内容はその対象の名前だろうか。そう考えるなら、俺が気を許してはいけないその何者かが部屋にやってきて、この手掛かりを消したのだ。だがどうしてわざわざ、一部を塗り潰すなんて手間をかけたのだろう? 回収した方が早いだろうに。

 貸倉庫で受け取ったナイフを懐から取り出す。まだ相手の意図は分からないが、この武器はその何者かと戦うために預けられたものなのかもしれない。ならばこれを預けたミロイは、少なくとも俺の味方なのだろう。だったらここはまず、そのミロイを探すべきだ。

 一縷の望みは、クリニックに行く際に見かけたあの人だ。あの時沸き起こった感情は、今も強く胸を打っている。俺はあの人こそミロイだと確信していた。だが、たとえあの人がミロイでなかったとしても、きっと何らかの手掛かりを得ることはできるだろう。


 翌日。再び街に繰り出し、今日はあの人が消えて行った方角を目指す。今回はちゃんと部屋に鍵をかけて出てきた。

 クリニックのある中心部とは反対の、郊外へ向かう道を歩いていく。街の中心部は綺麗に整備が行き届いていた。それに対して俺の住む集合住宅の建つ辺りは、あちこちに未整備の箇所が残る荒んだ町並みだった。

 紫煙をかき分けて進んでいく。見るからに薬物を摂取したと思われる人間が路上でたむろしており、治安は相当に悪いようだ。こんなところにミロイはいるのだろうか? 正直なところ、望みは薄いと思っていた。半ば諦めかけていた俺だったが、ある店の前でそれは覆された。俺は確かな手応えを感じていた。

 ショーウインドウの中には、いくつかの装飾品と共に仮面が飾られていたのである。そう、俺の記憶媒体の中にあった仮面とよく似たものだ。あの仮面は、この店に置いてあったものなのかもしれない。


 店に入ると、奇妙な既視感があった。なぜだろうか、ここに来たのは初めてではない気がする。自分の部屋ですら見覚えがなくて戸惑っていたというのに、おかしな話だった。何かよっぽどの思い入れがあったのだろうか。


「あら、いらっしゃい。プレゼントは喜ばれましたか?」


 鈴の音と共に店内に入ると、店主は穏やかな声で俺に会釈をした。ピアスやベルトなど装飾過多の個性的な服装の男だったが、見た目よりずっと品がいい。


「実は今日はお尋ねしたいことがあって……」


 店主に事情を説明する。お決まりのやりとりもそこそこに、店主は俺に協力的だった。


「確かにあなたはよく来られましたよ。うちは仮面などの装飾品の他に、ドールも取り扱ってますから」


「俺はなんと名乗っていましたか?」


「ベンテさんと、そう名乗られていました。最後に来られたのは十二日の夜遅くでした。ふらっと店にやってきて、珍しく饒舌でしたね。いつもはもっと無口でしたから。少し話した後で仮面を買って行かれたので、よく覚えてます」


 またしても俺はベンテと名乗っていたらしい。ここで買った仮面というのはおそらく、記憶媒体にあった仮面だろう。手術前日の夜に買われたものが、翌日の手術の時には金庫に預けられていたのなら、ますます疑問が生じる。


「プレゼントと仰いましたが、俺は誰に渡すと言っていましたか?」


「ええ、なんでもご兄弟に渡すとか」


「俺には兄弟がいたのですか?」


「ああいえ、聞いた限りでは兄弟のような人だということでした」


 兄弟のような人に、仮面を? またしても不可解な人物の影が現れた。そもそも俺はコートの内に刺繍されていた名前から自らをヌイノだと思い込んでいたが、本当はベンテといったのかもしれない。とすると、俺の兄弟のような人とは、ヌイノの方だったのだろうか。だとすれば、移植医師はなぜ俺をヌイノとして扱ったのだろう。


「お役に立てましたか?」


「ええ、ありがとうございました」


 俺という人間がヌイノかベンテ、そのどちらかだと分かっただけでも収穫だ。そして残るピースを埋めるには、やはりあの移植医師に会うしかないようだ。だがその前に、もう一度あの記憶媒体をあたってみる必要がありそうだ。あそこにはヌイノのものと、そしてベンテのものが混在している可能性がある。


「ところで〈私を隠す私に、私からの贈り物〉、この言葉に聞き覚えはありますか?」


「ええ、あなたがよく言っていた言葉遊びに似ていますね。あなたはご兄弟のような方のことを、まるで自分のことのように話していましたから」


 俺は礼を言うと、店を後にした。

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