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独白1

 自分の中に、何か違う誰かがいるような気がする。症状が現れたのは、カウンセリングを受けた後からだった。

 心理学を専攻する過程で、私はカウンセリングを体験した。その担当医がミロイだった。いつも長袖を着ている、私の恋人だ。私たちはやがて、結婚を約束するようになった。そんな時彼女が提案してきたのが、流行の人形婚だったのだ。私は賛成しながらも、どこか不安だった。

 そして、その不安は的中した。カウンセリングを重ねる度に――ここでいうカウンセリングとは、人形化手術の記憶媒体資料を作成するために催眠状態で己の深層意識から“自分にとって最も重要な記憶”をピックアップしていく作業のことを指す――私の中では解離に似た症状が強まっていったのだ。

 もしかすると、今までそれに気づいていなかっただけで、昔から私の中には違う誰かがいたのかもしれない。それに気づくきっかけとなったのが、カウンセリングだったと考えることはできないだろうか? それとも、ただの自意識過剰だろうか。


「そんなのあなたの気にしすぎ」


 ミロイはそう言ったが、その瞳は私を見ているとは思えなかった。ミロイの目は、私に向けられていながらその後ろを見ているかのようだった。本当にミロイは、私を見ているのだろうか? ミロイが見ているのは、この私ではなく、私の中の違う誰かではないのか? 私には恐怖するだけの理由があった。今まで認識していなかっただけで、私の身の回りには不可解な出来事――私の中の違う誰かを証明する証拠があったのである。

 クローゼットの中には、買った覚えもなければ、もちろん着た覚えもないレザージャケットが入っていた。手入れ不足で、色が剥げてしまっている。これは私の趣味ではない。だがなぜ私のクローゼットに入っているのだ。

 次に貸倉庫だ。私は知らぬ間に、塵芥通り八十番十九号にある古びた倉庫を借りていたのだ。もちろん、まったく身に覚えがない。今まで気づかなかったことが不思議だが、私の口座からは毎月賃料が振り込まれていたのである。私はその住所をメモし、確認のために倉庫を訪ねてみた。警戒のため、クローゼットのジャケットを羽織って。


 そこは、異様の一言だった。解体された人形が、一面に並んでいたのである。

 管理人の汚らしい男は、私はこの倉庫を借りてずいぶんになると言っていた。男の馴れ馴れしい態度が、その時間を物語っているようだった。

 極めつけは、日記である。そこには私がいつどこで、何をしたかということが几帳面に記されていた。筆跡は私のものではない。ならばこれは、誰が書いたというのだ。私しか知り得ない私の行動が、そこには記録されていた。

 ちょうどその頃からだ。ニュースはいつ見ても“人形師殺人事件”について報道するようになっていた。世間を騒がせるこの事件に、私はすぐさま貸倉庫の中を連想した。ひょっとすると、この事件は他ならぬ私が起こしているのかもしれない。信じたくはなかったが、調べれば調べるほどに私の中で疑念は強まっていった。

 私の中には、別の私がいる。日記はその間も、毎日のように更新されていた。しかし日記をめくっていくと、不定期に空白の日付が存在していた。そしてその日付は、“人形師殺人事件”の犠牲者が出た日付と一致したのだ。

 私はほとんど病的なほどに、この事件を追うようになった。しかし追えども追えども、犠牲者は少しずつ増えるばかりだった。ミロイはそんな私の様子を心配しているようにも見えたが、どこか喜んでいるようにすら見えた。私は、何より大切だった筈のミロイすら信じることができなくなっていたのだ。思えば、私は婚約者でありながら、ミロイの素肌すらまだ見たことがなかった。

 やがて来る人形化手術の日が、私は怖かった。人形になるということに対して、なんだか私の身体を違う誰かに明け渡すように感じたのだ。もしそんなことになれば、一体どれほど恐ろしいことが起きるだろう? それとも、身体を明け渡してしまえば私は楽になれるのだろうか。明け渡してしまいさえすれば……。

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