No.6 『薬師の相談』
「なぁ。結局、なんで女王アリが2体いたんだ?」
ソエウラ町の郊外にある野宿スペースでバーベキューの下拵えをしているユートに、焚き火の火おこしを終え暇そうにしているリペアが質問した。
あれから目的のウメメの木とさらにはアリの巣に生えていた薬草をゲットしたユート達は無事にダンジョンから帰還していた。半星というランクのわりには苦戦していたユート達だが、本来ダンジョンのランク付けはバランス良い6人パーティーを基準にして行われるために、ああいう結果になったのだ。本来ならばワタグモは遠距離攻撃ができる弓士や魔法使いがいれば、苦戦しない相手である。水晶アリに関しても、数が多いだけで6人パーティーであれば十分に対処できるのだ。今回ユート達が苦戦した最大の理由は、ジョブの相性の問題と人数の問題だったわけだ。それともう1つの理由としては、2体の女王アリだ。
「あぁ。簡単に言うと、水晶アリの次の女王が巣立つ直前に俺達が出くわしたっていうだけだな」
一般的にアリの巣は、その規模が大きくなり安定した段階にならないと次代の子孫である女王アリを育てない。それは普通の働きアリや兵隊アリなどに比べて、身体の大きい女王アリは当然それだけの大量のエサが必要だからである。
「今回はあの水晶アリたちもウメメの木を独占していたしね。ちょっと考えたら分かったはずだけど、私たちもまだまだ未熟ね」
「なるほどな。まぁ今度から気を付ければいいかもな!」
理由を聞いたリペアが楽観的にそう言って笑った。
「本当に分かってるんだろうな……」
「いや、分かってないわね」
そんなリペアを見て、ユートとマイはため息をつくのだった。
でも実際のところ、今回のような素材を考慮して戦闘に望む、言わば「縛りプレイ」で戦闘をしていたユート達にとって、本来の実力はまだまだ上であった。そのことを3人とも分かっているからこそ、楽観的な発言をするリペアにユートもマイもこれ以上は言わなかった。
太陽も沈みかける前に料理が出来てしまったユート達は、夕食には若干早いながらも食事を始めることにした。
食事のラインナップは、ソエウラの町で買ってきたお肉を中心のバーベキューに、ダンジョンの帰りに倒したリペア念願のニワガーの燻製。ニワガーの肉を使った焼き鳥。ニワガーの骨でだしを取ったスープに、デザートにはウメメの実を使ったシャーベットである。
「あとはこれだな。バトルベアーの香草包みステーキ」
そういって、様々な料理が並ぶ簡易テーブルに、それぞれの席の上に鉄板皿をおくユート。
「なんだよー! やっぱりバトルベアーも食えるんじゃねーか」
と、リペアがもう既に待ちきれないといった様子でナイフとフォークを両手に持ちながら文句を言ってくる。ダンジョンでバトルベアーは美味しくないと言ったのを覚えているのだろう。
「いや、これでもバトルベアーの肉の柔らかい部分を選んで、さらに香草で柔らかくしたんだよ」
それに美味しくないとは言っても食べられないとは言ってないとユートはユートで屁理屈みたいな事を言う。
「まぁユートの作る料理は全部美味しいんだから良いじゃない。それよりも冷める前に早く食べたいわ」
「それもそうだな! 美味しければ何でもいいか!」
マイがリペアを窘めたところで、ユートも準備を終え席に座る。
「それじゃあ、いただきますか」
「「いただきます!」」
ユートがそう言うとマイとリペアは同時にそう言って食べ始めた。似たもの夫婦である。
「この肉うっまー!」
「そうね。柔らかいし美味しいわ。このウメメの実のソースも甘酸っぱくて良く合ってるわね」
ただ、ナイフとフォークを使って最低限のマナーで豪快に食べるリペアと上品に食べるマイにやっぱり似てないかなとも思うユートであった。
「突然だけど、ユートに聞いて欲しい話があるの」
食事も終わり、雑談でもしながら食事休みをしていると、マイが突然真剣な表情でそう言ってきた。
「どうしたんだ急に?」
マイにそう話を切り出され、ユートは少し困惑した。
チラッと横のリペアを見るもリペアも真剣な顔をしている。
「まさか、お前ら別れるとか言うんじゃないだろうな?」
ハッと気づいてユートはそう言う。
「もう! そんなんじゃないわよ! 私とリペアが別れる訳ないでしょ!」
バチンとマイに背中を叩かれるユート。
「痛てて、まったく冗談だよ。冗談!」
ユートはマイに叩かれた背中をさする。一応、場を和ませようとしたユートである。
「そうだぜユート。俺たち、こんなに仲がいいんだぜ。別れる訳ないだろ」
そう言ってマイを後ろから抱きしめるリペア。
「そうだよ「ねー」」
「それはそれで爆発しろ!」
叫ぶユートであった。
「ゴホンッ! と、まぁ。おふざけはこれくらいにして……単刀直入に言うわ。ユート。私達と一緒にクランを設立しないかしら?」
「クランか……」
ダンジョン大学校の卒業も間近。確かにどこのクランにも内定していないユートにとって、マイやリペアといった気心の知れた仲間とクランを設立するのはどんなに良いだろうか。大手のクランほど収入は安定しないものの、この3人なら今日の稼ぎのように普通に生活できるくらいのお金は稼げるだろうと、実際にユートも思ってはいた。
しかし、ユートには幼い頃からの夢があった。それは、この自分のマイナーなジョブでもダンジョンを攻略できるのだということを世間に証明する事である。そして、それはすなわち現段階の大型ダンジョン最上到達層である8層を攻略すること、またそれ以上の階層まで到達することである。その夢を目標にユートはこれまでやってきた。結果は惨敗したが、大手の探索クランの入社試験を受けたのも現段階で最も大型ダンジョン上層に近いクランであり、将来的にはそのクランの最前線でダンジョンを攻略したいと考えていたからだ。
例えば、マイやリペアとクランを設立したとして十分な生活を維持できるとする。しかし、ユートの夢であるダンジョン最上層という死に戻りも出来ないエリアに2人は付いてきてくれるだろうか。2人は既に結婚もしていて、マイは回復薬を作れるほどの技術も持っているし、リペアもあの身体能力だ。どこか中小企業の試験でも受ければ一発で合格するだろう。2人は危険を冒さずとも生活していけるのだ。そんな2人を自分のわがままで死地に向かわせる程ユートは図太くない。
3人でクランを設立するのは、正直言ってユートにとって魅力的だ。ましてやユートの方もこの3人でクランを設立する事を考えた事は一度や二度ではない。だが、ユートの目的のために、クランが後々分裂すると分かっていてクランを設立する事は出来ない。それこそ、その事を隠してクランを設立するなら、それはマイとリペアへの裏切り行為となってしまう。
「どうかしら……やっぱりダメかしら?」
ユートが呟いたあと沈黙を続けていると、マイが顔色を伺いながら聞いてくる。後ろにいるリペアも真剣な表情だ。
ユートもこのまま黙っているのはダメだと口を開く。
「正直言って、マイのその提案は俺にとってもとても魅力的な提案だ」
ユートのその言葉に、マイとリペアの曇っていた表情がすぐに明るくなる。
「だが、俺には夢がある。リペアもマイも知っているとは思うが、いずれは大型ダンジョンの最上層を攻略するという夢だ。もし仮に3人でクランを設立したとしよう。そして、順調にダンジョンを攻略出来たとする。その時点で生活には困らない程の金銭もあるだろう。しかし、俺はそれでも最上層に行きたいと言うだろう。その時、俺のワガママで死地も同然の場所に2人を連れていける程俺も精神的に強くないんだ」
ユートは正直に話す。それが例えこれまでの絆を壊す行為だったとしても。それがマイとリペアのためになるなら、ここで袂を分かつことになったとしても本望である。
「ふふっ。もうユートったら本当に真面目よね。だからこそ私達も信頼できるんだけどね」
しかし、ユートの真剣な告白にマイは笑みをこぼした。そして続けて言う。
「私達がそんなこと考慮してないとでも思った?」
「そうだぜユート。ユートが俺達の事を大切に思ってくれてるように、俺達もユートの事をちゃんと考えてるんだぜ」
「最初の私の聞き方が悪かったようね。いい? もう一度言うわユート。私達とクランを設立しましょう? そして、一緒に大型ダンジョンを攻略してみない?」
そう言って、マイはユートに手を差し出した。
夕陽に照らされて伸びるその影に、ユートの影が繋がった。
「ははっ。そう言う事なら断る理由がないだろう? よろしく頼む!」
そして、もう1つ。リペアの影も重なる。
「よっしゃー! 最高のクランを作ってやろうぜ!」
「ええ歴史上最高のね。これからよろしくね。ユートリーダー!」
「って、俺がリーダーかよ!」
「ははっ! まあ良いじゃねぇかユートリーダー!」
夕陽に照らされて心も晴れた3人は笑い出す。
いずれダンジョンを攻略する伝説のクランの誕生だった。
~食材・料理図鑑~
・バトルベアーの香草包みステーキ
筋肉質のバトルベアーの肉は筋が多いが、筋の少ない部位を使いさらに隠し包丁や肉を柔らかくする香草で包むことによって美味しく仕上がった一品。まだ硬さは残るが旨い。
・ニワガーの燻製
ニワガーの肉をウメメの木を使ったチップで燻した肉。マジ旨い。
・ニワガーの焼き鳥
一口サイズに切ったニワガーの肉を串に刺し炭火で焼いた一品。
・ニワガーの骨でだしを取ったスープ
鶏がらスープならぬニワガーらスープ。素材のわりに上品な味で美味い。
・ウメメの実のシャーベット
ウメメの実を凍らしシャーベットにした一品。ちょうどいい甘酸っぱさが口の中に広がる。冷たく美味しい。