No.41 『歌う罠士・下』
3日連続更新の最終日です。
「それで、アニキ……なんであっしたちはこんな事をしているんでしたっけ……」
背中に大きな荷物を抱える中、コブーがアニキに問うた。額からいや全身には汗が滴り落ちている。
「これも今だけの辛抱だ。文句言ってねぇで、砂を運べ……」
そういうアニキと呼ばれる男も額に汗をかきながら背中に荷物……砂袋を背負っていた。
ここは王都近郊にある小型ダンジョンの一つ。別名、砂漠ダンジョンと呼ばれるこの場所にごろつき達はいた。
職人の親方から言われた話はこうだった。
「安くしたければ一番は自分たちで材料を集める事だな。砂時計を複製するにしても材料が沢山必要だ。それをお前たちが用意してくれるってんなら、こっちとしても加工代だけで済ませる事が出来るぞ。なーに、心配はいらねぇ。護衛や案内人は俺が融通してやる。お前らは荷物運びをするだけでいい。どうだ?」
親方にこう言われてしまえば、ごろつき達に断る理由はない。
かくして、ごろつき達はダンジョンにて荷物運びの仕事をさせられる事になったのだ。
「はぁーはぁー」
ノルマとして言われた数量の砂を運び終えたごろつき3人はその場に倒れ込んだ。
「アニキ……ようやく終わったでやんす……」
「おいら、もう動けない……」
「うるせぇ……俺もだ……」
「よし、少し休んだら次の砂の場所に行くぞ!」
休憩しているごろつき達に、護衛のダンジョン探索者のリーダーはそう言った。
砂時計を作る材料は、ガラスを作るための砂をおよそ三種類。それに加えて、砂時計の中身の砂に、更に砂時計の外側の枠の木材がある。それぞれの材料が特殊な材料であるだけに、集めるのにはダンジョンに入らなければならない。
まだ一種類の砂しか運んでない事に、気づかないごろつき達が他の種類の砂を運ばないと分かるのはまだまだ先の話であった。3日ほど荷物運びをさせられたごろつき達は、ごろつきにしては根性があったと言うべきだろう。
ごろつき達が全ての材料を集め運び終わった3日後。複製品の砂時計ができたと親方から連絡があった。100個もの砂時計を3日という短期間で終わらせたのかという疑問も頭に浮かんだアニキと呼ばれる大柄な男だったが、彼らに職人の仕事振りなど分かるはずもない。筋肉痛で痛む身体に気合いを入れてごろつき達は親方の工房へと向かう。
「やぁ。君達がこの砂時計を複製してくれた人たちだね?」
ごろつき達3人が親方の工房の商談室に入ると、親方とは別に1人の若い男がいた。金髪で顔の整った男だ。
アニキと呼ばれる男は、金髪の男の声がどこかで聞いたことのある声だと感じたが、どこで聞いたのか思い出せない。だから、親方に聞いてみる事にした。
「そうだが……親方。こっちの男は?」
訝しげに男は聞く。
「あぁ、こちらの方は……」
親方が言おうすると、金髪の男が親方を手で制した。
「僕はねリープ・トラッド。君たちが盗んだ『音記録の砂時計』に記録されている歌を歌っているものさ」
「砂時計に記録されている……? なっ! お前が……そうなのか!?」
男はそれを聞いて、数秒。全てを察した。
どうりで聞いたことのある声のはずだ。
だって、自分達が盗んだ砂時計に記録されていた声の持ち主なのだから。
そして、逃げ出そうと思ってももう遅い。いつの間にかごろつき3人の後ろには武装した探検者たちが立っている。砂を運ぶのに護衛をしていた探検者たちだ。それに全身筋肉痛の身体では、逃げようにも逃げ出せないだろう。
男は自分たちが嵌められたという事に気付いたのだ。
「どこからだ? どこから俺たちが砂時計を盗んだと分かった……?」
男はもう逃げようとする素振りも見せず、観念したように手を挙げてそう言った。
「どこからって、あなた達が砂時計を持って工房に来た時からですよ?」
リープはそう言って男に笑みを浮かべながら答える。
ことの顛末は、リープがフレディ達に、いたずらっ子のような笑みを浮かべた所まで遡る。
「僕に考えがあるんです」
と言ったリープが最初にフレディに指示したことは、警備隊への被害届を取り下げることだった。
リープはフレディ達から話を聞いた最初から、砂時計を盗んだ犯人たちを使って『音記録の砂時計』をどうにか安く複製することはできないかと考えていたのだ。上手くいけば犯人たちにただ働きをさせる事ができる。そのために被害届は邪魔だと考えたのだ。もしダメだったら、もう一度被害届を出せばいいだけであるし、最悪の場合『音記録の砂時計』代はリープが立て替えて払い、またレコーディングしてもいい。リープはこれをピンチではなくチャンスと考えて計画を立てたのだ。
そして、リープが被害届を取り下げることの次にやったのが、王都及び王都近郊の工房全てに『音記録の砂時計』を持ち込んでくる人物がいないか、そのような人物がいたらすぐにフレディの吟遊詩人クランに連絡するようにと各工房に連絡を入れた事である。
王都でも腕のある工房・職人を入札で呼ぶことのできる伝手を吟遊詩人クランは持っている。その伝手を存分に使って王都ナナハ及びソエウラなどの周辺地域の工房に連絡を入れたのである。
そのような事情はつゆ知らず、ごろつき達は平然と『音記録の砂時計』を王都の工房の1つに持ち込んだのだ。
あとはごろつき達の知っての通りというかやらされた通り、親方に言われるがまま荷物運びをさせられ、『音記録の砂時計』を加工する仕事分まできっちり働かされたという訳だ。ちなみにこの荷物運びは、、迷惑をかけた他の工房の分通常の砂時計の複製を作る倍以上の材料を集めさせられた事はごろつき達が知るよしもない。
ごろつき達が、そのままどの工房にも行かなかったら破綻していたリープの計画だったが、リープにはリープの勝算があった。
それは、もうレコーディングの済んでいる『音記録の砂時計』を売るのは難しいことだとリープ自身が知っていたからだ。
『音記録の砂時計』は記録されていない方が遥かに価値がある。だが一度記録されてしまえば、元には戻せないため記録済みの砂時計を売るのは難しい。それこそ音楽のような何回再生されてもいいもの、もしくは貴族同士の会話など記録する事に意味がある事でしか価値はない。その点今回はリープの歌が記録されていた。歌としての砂時計ならば売れるのだ。
そこで犯人グループが考えることは2つに1つだ。砂時計をそのまま売ること。だがそのまま売るのであれば、自分たちの利益はあまり出ない。そこでもう一つの案。自分たちで複製して売ってしまう方が遥かに儲けることができるのだ。
『音記録の砂時計』を複製する事を知らなくても、『音記録の砂時計』について少し調べれば複製して使うものだという事が分かる。何故ならその情報は吟遊詩人クラン側が公表している事実であるからだ。
その場でケースの中身を確認せず奪っていくような犯人である。よほどお金に困っているに違いない。そのまま売ると言う事はバカでもない限りするはずがない。必ずどこかの工房で『音記録の砂時計』を複製できないかといかにも商人に扮して持ち込むと思ったのだ。
結果はリープの読み通りである。
「俺たちは最初からあんたの罠に引っかかっていたという訳か……」
子分たちからアニキと呼ばれる男はリープの話を聞いて呟いた。
「まぁそういうことですね。だって僕のジョブは『吟遊詩人』であり、『罠士』でもありますから」
リープはいたずらが成功した子供のような顔で男にそう答えたのだった。
それから程なくして、音楽の貴公子リープ・トラッドの新曲が世に出回った。それも吟遊詩人クランに入らなかったため、新曲の完成は従来のリリーススピードとは遅れるだろうと予想していたファンが驚く程の速さでリリースされた新曲である。待望のリープファンを唸らせる新曲がいつもより早くリリースされたのにも関わらず、これまたファンが驚くことがあった。それは新曲が2曲あったことだ。
新曲の1つは、仲間との絆を歌う応援歌。
もう1つは、3人のごろつきが盗みを働くがその盗んだモノを売るために真面目に働く喜劇のような歌詞でポップな曲調の歌。
どちらの歌も大ヒットする歌となるが、2曲目の歌は酒場でも歌われるが、子供たちが通う読み書き学校でお遊戯会の劇として行われることでも有名となった。
改心したごろつき達が数年後、自分の子供たちがその劇をやっているのを見て顔を赤らめるのはまた別のお話。
皆さまGWお疲れ様でした。明日からまた頑張っていきましょう。




