No.40 『歌う罠士・中』
ジョンに連れられて、吟遊詩人クランにとんぼ返りしたリープを待っていたのは頭を下げたフレディの姿だった。
「リープ君。本当にすまない。このとおりだ。」
フレディが大きい身体を縮めて頭を下げる。
「ワシもすまなんだ……大口の依頼にワシも浮かれていた事は否定できん……」
続けて、フレディの隣にいる普段は頑固そうな顔の親方も頭を下げた。
「いえ、お二人共頭を上げてください。奪われたという事はお二人は悪くないのでしょう? まずは話を聞かせてください」
リープは特に怒る訳でもなく、二人にそう言って、ことの顛末を話すように促した。
そしてリープが聞いた話はこうだった。
リープが吟遊詩人クランを後にしたあと、フレディはさっそくレコーディング済みの『音記録の砂時計』を複製するための職人を呼んだ。『音記録の砂時計』の複製をするには、それ相応の技術を持った職人、そしてその工房が必要だ。王都に店を構える工房の中でそれが出来る職人そして工房を持つところは5つ。
フレディは、リープのレコーディングが終わるのを見計らって予め5つの工房から人を呼んでいたのだ。もちろん、どの工房にリープの『音記録の砂時計』を任せるかを決めるためだ。
余談になるが、フレディはというか吟遊詩人クランは、独自に『音記録の砂時計』を作る部門を作ったり、1つの工房とだけ取引することを禁じている。その理由としては『音記録の砂時計』を複製する技術を独占しては、万が一職人がいなくなってしまったらその技術が失われてしまうからだ。そういう理由から『音記録の砂時計』の複製は入札制にしているのだ。
今回の3つの『音記録の砂時計』の入札の話を聞いて、2つの工房がまずの申し出を断った。理由としては、現在の案件が片付いていない事が一件に、1つならまだしも3つも『音記録の砂時計』を扱う工房の規模ではないとそれぞれの工房の親方が断ったからだ。それにより残った3つ工房で公平に入札を行った結果、今フレディの隣で謝っている親方の工房に決定したという。
そして事件は起こる。入札も終わり3つの『音記録の砂時計』を受け取った親方はさっそく工房に戻ろうとしたのだが、帰り道の路地で女性とぶつかってしまう。幸い女性にも親方にも怪我はなかったが、親方はあろうことか『音記録の砂時計』が入ったケースを手放してしまったのだそうだ。頑丈なケースのため中身の『音記録の砂時計』が壊れる事はないが、その手を離した一瞬の隙をついて近くにいたごろつきがそのケースを奪って行ったのだという。
「ふむ。そのケースを奪っていったのは、ただのごろつきでいいのですよね? ぶつかった女性がごろつきとグルではないという証拠はありますか?」
話を聞いたリープは、顎に手をあてて考えるように親方に質問した。
「あぁ。さっき被害届を出しに行った時、警備隊に聞いたが、最近王都に来た3人組のごろつきだろうという事だ。それで女性の方はだが、その警備隊に旦那がいるらしくてな。グルという事はないはずだ。というか、すぐに警備隊に被害届を出しましょうと俺に言ったのも彼女なんだ」
リープの質問に対して親方がそう答えた。
「なるほど……では、犯人は計画的な犯行ではなく、たまたま居合わせた所で犯行に及んだという事で良さそうですね」
「おいおいリープ君、私が言うのもなんだが、そんな早くに決めつけてしまっていいのかね」
フレディが言った。
「はい。今回のレコーディング自体僕の突然の申し出ですし、砂時計も親方が入札出来るかどうかも分からない状況です。これだけ突発的な事が起きているなら、犯人にとっても計画の立てようがないと思います」
ですから計画的犯行ではないでしょうとリープは言った。
「計画的犯行ではない事は分かったが……実際問題、砂時計は奪われてしまっている。ワシたちは一体どうすればいいのだ……?」
親方は終始暗い顔をしたままリープに問う。
「警備隊がごろつき達を捕まえるのを待つという手もありますが……僕に考えがあるんです」
親方の言葉にリープはそう言ってニヤリと笑った。
それはいたずらを思いついた子供のような顔だったと後にフレディは語る。
――最近王都に来たごろつき。
夕陽も差し込まない建物と建物の間、陰に隠れるようにしてあるその扉の先の一室。家具はテーブルとベッドくらいしかないジメジメとした暗い室内。
1つしかないテーブルを取り囲むようにしてその3人は立っていた。
「それでアニキ……ブーンが盗んできたこれは一体なんです?」
ヒョロヒョロとした男がアニキと呼ぶ男を見上げながらテーブルの上に置かれているモノを指さす。
「すいやせん。大事そうに抱えている頑丈そうなケースだったんで、てっきり金目のもんでも入っていると思ったんですが……」
アニキが答える前に、ブーンと呼ばれた成人男性にしては小柄な男が口を挟んだ。
「ふむ。これはおそらく音を記録する砂時計というやつだろう。確か音の記録されていない砂時計ならオークションで目玉取引ともなるダンジョン産のお宝のはずだ……」
「ええ? オークションで目玉取引ですかい! そりゃあ何百万のお宝じゃねぇですかい! おい、でかしたぞ! ブーン!」
「おう。やったぜ! コブー! ついに俺たちも大金持ちだ!」
「おい騒ぐんじゃねぇ! それにどうやらこの砂時計は音が記録されているようだ……」
騒ぐ子分たちをゲンコツで鎮め、アニキと呼ばれる男は冷静にそう言った。
「いてて、でもアニキ。オークションで何百万もするんなら音が記録されててもそれなりの金にはなるんじゃねぇのかい」
ブーンよりも金勘上が得意なコブーがそう言った。
「いや、記録されている中身が重要なんだ。俺らみたいな奴らの会話が記録されているより、貴族の会話が記録されている方が価値があるだろ? ……まぁとにかく、売れるか売れないかは中身を聞いてからだな……と、確か少し魔力を流せば……」
アニキと呼ばれる男が『音記録の砂時計』をひっくり返して魔力を流す。
すると、その3人には知らない歌が流れ始めた。
「なんか、吟遊詩人が酒場で歌ってる歌とは随分と違いやすね……」
「でもなんか懐かしい感じもするっす!」
「そういえば、この砂時計には歌を記録して楽しむ方法もあるんだったな……」
結局のところ、ケースに入っていた3つの砂時計には全て同じ歌が記録されていた。
盗んできたはいいが、アニキと呼ばれる男は、この砂時計をどうして売ろうかと3日ほど頭を悩ませたのだった。
言うまでもなく、小柄な男が盗んできた『音記録の砂時計』はリープがレコーディングしたモノである。頭を悩ませなくても、然るべき所に売れば然るべきそれなりの値段に売れたものの、そこは普段音楽など聞かない3人……いや聞く環境に居なかった3人と言うべきか、巷で話題の音楽界の貴公子の楽曲とも分からず、無駄に頭を捻らせたのだった。
太陽も空高く登った正午過ぎ、ある工房に3人の男がやってきた。大柄な男に、細身というには細すぎる男、それに成人してはいそうだが、小柄な男だ。
「商談がしたい。この工房の親方はいるか?」
大柄な男が挨拶も無しにそう言った。
受付をしていた男は「少々お待ちを」とだけ言うと工房の奥に入っていった。
大柄な男ことごろつき3人組のアニキと呼ばれる男が、三日三晩悩んで考えた『音記録の砂時計』を売る方法は、正規通りに『音記録の砂時計』を売るという事だった。もう少し正しく言うとしたら『正規っぽく』売るという事だ。
つまり、『音記録の砂時計』を複製してそれを自分たちで売ることで利益を得ようという訳だ。ごろつきにしては真っ当な考えである。しかし、それが盗んできたものでなければという点を除けばだが。
「待たせたな。商談がしたいと言うのはあんたらか? ここらへんじゃ見ねぇ顔だが……」
しばらく待っていると工房の親方がやってきた。
もちろん、砂時計を盗んだ親方ではない事は確認済みである。
「あぁ。隣町から来たんだ。どうしても成功させたい商談だからよ。王都まで来たって訳さ」
アニキと呼ばれる男は事前に用意していた言葉をスラスラと話す。以前ごろつきになる前の3人は商人の手伝いとして働いていた事がある。結果的にこうしてごろつきになっている訳だが、その時の商人を思い出しながら真似しているのは皮肉なものだ。
「……そうか。まぁいい。こっちが商談室だ」
親方は3人をいつも使っている商談室に招く。
「それで。何をうちに作って貰いたいっていうんだ?」
3人が3人掛けのソファーに座ったのを見計らって単刀直入に親方は聞く。
「『音記録の砂時計』を知っているか?」
アニキと呼ばれる男は言った。
「あぁ。うちでもたまに複製品の依頼が来るな。それがどうした?」
「そう! その複製品だ。それを頼みたい」
「お前ら、見たところ吟遊詩人でもなさそうだが……うちは犯罪には手を貸さないぞ?」
親方が話を聞いて疑いの目を向ける。
『音記録の砂時計』を使った犯罪など親方は聞いたこともないが、万が一があってはいけない。
「と、とんでもない。複製して貰うのは歌だよ歌。俺たちじゃない吟遊詩人の歌だ。そうだ! 聞いて貰えれば分かる。ほらコブー例のモノを」
犯罪と聞いて少し慌てる男だったが、とっさに親方にモノを見て貰えと部下に促す。
「へい。アニキ」
アニキに言われて、コブーは持っていたケースから砂時計を取り出した。ケースの中にある砂時計は1つのみだ。
「ほう。確かに『音記録の砂時計』のようだ。さっそく聞かせて貰っても?」
「あぁもちろんだ。おい、コブー」
「へい。アニキ」
そして、工房の商談室に流れる音楽。
「いい歌だな……」
親方が呟く。
「そ、そうだろう。俺たちも自慢の歌だ」
「よし、分かった。商談に戻ろう。『音記録の砂時計』で歌の複製となると、もちろん上限まで作るんだろう?」
「あぁ。そうだな」
親方の言葉に、男は咄嗟に頷く。上限がなにかは知らない男だったが、ここは知っておくフリをすることにしたのだ。
「上限となると100個の受注になる。1つ1万で請け負うとして最低100万からになるが、お前ら先払いする金はあるか?」
「まて、俺たちは立ち上げたばっかのクランだ。金はあんまりねぇ。先払いは出来ねぇ。後払いか、もしくは安く出来る方法はねぇか?」
先払いするお金など、この3人のごろつき達にあるはずがない。しかし、それは想定済みの質問だ。男は用意してきた答えを話す。若干、質問とは関係ない事まで喋っているのはご愛嬌である。
「おいおい、あんまり職人相手に値切るもんじゃねぇぞ? 俺たちもこれで食ってるんだ」
「す、すまねぇ。でもなんとか安くならねぇか?」
親方の顔が曇ったので、すぐに謝りつつも男は必死に値下げ交渉をする。
「まぁ、なんとかならない事もねぇが……」
「お願いだ。俺たちにできる事なら何でもする。安くしてくれねぇか?」
ごろつき達にとっては一世一代の大勝負である。ここで頭を下げる事など造作もない。成功すれば、ちょっとしたお金が手に入るのだから。
「まぁそこまで言うなら教えてやらねぇ事もねぇか……歌もいい歌だったしな」
親方のその言葉に、ごろつき達が心の中でガッツポーズしたのは言うまでもない。
明日も更新するのでよろしくお願いします。




