No.34 『呆れ、怒り、そして泣き』
「本当にすまねぇ。本当に感謝する。このお礼は必ず……必ずするからよ……うぅ」
「兄ちゃんたち。本当にありがとう。ありがとう……」
「うぅ……すまねぇ。感謝しかねぇ。あいつらを救ってくれてありがとう……」
「シーマとイレーとまた会うことができる……ありがとう」
『災害』の穴から帰還したユートとリペアを見て、未だにスライムと戦っていたマイ達であったが、残りのスライムも最後のリープの攻撃によって一掃され、『災害』の脅威は完全に無くなった。
ユートとリペアがダンジョンの掌握に成功した事を告げると、タイラー達は涙を流しながらユート達に感謝を述べた。大の大人ではあるが、恥も外聞も関係ないとばかりにタイラー達は号泣していた。仲間を思うその気持ちに、助けることが出来たのならユート達も良かったと心の底から思った。
それからタイラー達は仲間の無事を確認するべく、ユート達の見つけた転移オブジェで先に帰っていった。
「本当に。本当にありがとう。兄ちゃんたちには、一生かけても返し切れねぇ恩を貰った……本当にありがとう」
転移オブジェで消える最後の最後まで、タイラーさん含めそのパーティーメンバー全員が頭を下げていた。その事がユート達にとっても印象的だった。
「タイラーのおっさんもあんなにお礼言わなくていいのにな。俺たちは出来る事をしただけなのにな……困った時はお互い様だろ?」
「まぁ、そう言うなって……でも助ける事が出来て本当に良かったよ」
「そうね……とにかく、みんな無事で良かったわ……」
タイラー達の帰還を見送ったことで、パーティーメンバーだけとなったユート達はそれぞれの思いを口に出す。
「それで結局やけど、ダンジョンのボスは何だったん?」
「あ、確かに気になるね! スライムの大量発生だったし、やっぱりビッグスライムとかかい?」
「もしくは騎士スライムね。5層程度のダンジョンだと見積もって、そのへんが妥当だわ」
すると、話題は『災害』先にいたボスの話となった。
クレハを皮切りに、リープとマイがそれぞれの予想を立ててユートとリペアに尋ねる。
「ボスは将軍スライムだったぜ!」
その質問にリペアが元気よく答えたが――――。
「「「はっ!?」」」
ユートとリペアを除く3人が同時に驚きの声を挙げた。
「し、将軍スライム? ビッグスライムでも騎士スライムでもなく?」
「何階層のモンスターやねん。というか、実在しとったんか……」
「ちょっと待って、その将軍スライムを2人で倒したっていうのかい!?」
リペアの言葉を頭の中で反芻して、なお混乱する3人。
「さ、さて。とりあえず、後片付けでもして、救援に来る探索者でも待つするかな……」
明らかに棒読みの口調でユートはその場から離れようとしたが、マイに襟を掴まれる。
「ちょっとユート! ちゃんと説明しなさい!」
怒り出すマイに、これは逃げられないと悟ったユートだった。
そして、かくかくしかじかユートは『災害』先のダンジョンのことを話す。勿論、マイの仁王立ちする前でリペアと仲良く正座である。しかし、最初は怒っていたマイも話を聞いているうちに、呆れ顔、それから困った顔になり、終いには泣き出してしまった。
「もうバカ、バカ、バカ……! 将軍スライムなんて7層相当のモンスターじゃない! ……あなた達自分の到達層分かってるの……!?」
マイはポカポカとリペアを叩きながら言う。
「ご、ごめんマイ」
「すまない……」
流石に、普段は気丈なマイに泣かれてしまうとリペアもユートも悪かったと反省する。
「ほんまやで……まさか、2人で7層ボスを相手って……いくら2人が強いからって無謀にも程があるわぁ」
「そうだね。勝ったから良かったものの……『勇気と無謀は違う』ってこういう時に使うんだろうね……。いくら僕たちのパーティーがダンジョン攻略を目標にしているからって、いきなり7層レベルは……」
クレハとリープも、ユートとリペアに追い打ちをかけるように言った。
「本当に悪かった。俺的には十分に勝てる見込みのある相手だったんだ……だが、連絡は入れるべきだったと思う……反省している」
「そうだな……みんなすまん! マイもごめん。次からこういう時は絶対に連絡する! だから、もう泣き止んでくれないか……」
ユートは正座をしたまま、みんなに頭を下げた。
リペアも同じく頭を下げて、それからマイの顔の涙を拭った。
「もう……絶対連絡するのよ……絶対だからね……!」
「まぁ、うちらはこれが初のダンジョン探索やもんな……まだまだ、見直すことが沢山あることは事実やな」
「そうだね。パーティーとして僕らにも責任はあるしね……。今後は今回のようなことが起きないようにもっと話し合っていかないといけないね。まぁ、今はまだダンジョンの中だしこれくらいにしとこうか……モンスターが出てきても危ないしね」
マイの返事のあとに、クレハとリープも2人の謝罪を受け入れた。
リープの言う通り、ユート達は今日初めてこの6人でダンジョンに入った新米パーティーであるのだ。話し合うことも沢山あるし、まだまだお互いのことも知っていく真っ最中である。
小さな失敗なら何度だってしていい。大きな失敗をしないために、小さな失敗から学ぶことで改善していけばいいのだ。『災害』に遭うというハプニングにはあったが、結果的に犠牲者もなく生きている。この経験を次に繋げていくことがユート達にとって何よりも大事である。
「ぐすん……じゃあ、もうそろそろ片付けを始めましょうか。早くしないとスライムの素材が消えちゃうわ。それから救援の人たちを待ちましょう」
最後に涙を拭いたマイが、いつもの調子でそう言った。
「あぁ。そうだな……本当にみんなごめん! 次からはちゃんと連絡するよ」
「うん。次からは相談する! 約束だ! みんなごめんな」
ユートとリペアも最後に謝る。
「まぁうちらの責任もあるし、今回は大目に見たるわ!」
「なによりタイラーさん達を助けることが出来た訳だしね」
立ち上がるユート達に手を差し伸べながらリープとクレハはそう言葉を返した。
これ以上の言葉はいらず、ユートとリペアは2人の手を取り立ち上がった。
「さぁ、スライムの素材は鮮度が命や! はよう回収するで~!」
クレハの言葉を皮切りにユート達は大量にあるスライムの素材を回収しにいくのだった。
「おう……兄ちゃんたち。『災害』はもう終わったのか?」
それからユート達がスライムの素材を回収していると、『災害』の救援に来た探索者パーティーやギルドの災害救助隊員などが続々と集まってきた。
ユートが思っていたより早く到着したその人たちは、ククがキチンと『災害』の救助要請に行ったおかげであり、一緒に持たせたクレハのダンジョン内の地図が役に立ったのだろうと思われる。
通常、『災害』の救助要請が出された時、その『災害』が起きた階層における到達階層から上のレベル探索者が緊急に集められる。この救助要請は、強制的に召集されるものではないが、探索者の間では暗黙の了解として参加することになっている。これは、もし自分が『災害』に遭ってしまった場合に備えて助けて貰うためでもあるからだ。
この集められた探索者とギルドに常駐している災害救助隊員ですぐにパーティーを組み、ダンジョンに入って救援を行う。なお非常時のため、この時ダンジョンに入る探索者は後回しにされ、救助に向かう探索者が優先となる。『災害』救助は時間との勝負ということもあり、「リターン」もその『災害』が起きた階層に素早く到着するために次々と何回も行う。
『災害』の救助要請は、大まかに説明するとこのようになっているが、もちろん問題は多い。
まずギルドにほぼ常駐している災害救助隊員はいいが、『災害』に対応できる探索者が集まるかどうか。これはその時の運次第である。さらに言うと『災害』の起きたダンジョンの階層が高層になればなるほど救助に対応できる探索者も数が少なくなっていくため、高層で『災害』が起きた時には、探索者も5層到達が最低条件である災害救助隊員ですら手が出せなくなっていくのだ。『災害』時に対処できる人材は希少であるのだ。
そしてもう1つ。ダンジョンの仕様の問題であるが、「リターン」という言葉があるように、ダンジョンで目的の・希望するエリアに行けることはかなり難しい。そのため、どうしても『災害』現場が起きたエリアまでに到達する時間が長くなってしまう。『災害』救助を受けたが、エリアにつくと『災害』が終わっていましたなど日常茶飯事で起こるのだ。
これらの事情をひっくるめて考えても、今回救助に来てくれた探索者パーティーや災害救助隊員の到着はかなり早いとユートは思った。
『災害』は終わったのかと尋ねてきた男性は、今朝ダンジョンに入る時にすれ違った大剣のおっさんである。自分達の仕事もあっただろうに、救助要請の知らせを受けてパーティーごと参加してくれたのだろう。
「はい。申し訳ありませんが『災害』は終わりました」
ユートは答える。心の中では救助に来てくれたことに感謝をするが口には出さない。そんな事は相手も分かっているのだ。わざわざ口に出して言うほうが相手に失礼であるのだ。
「そうか……それで、2つのパーティーがいると聞いたが……もう1つのパーティーは?」
「はい。無事に『災害』側のダンジョンを攻略し掌握しましたので、仲間の無事の確認と怪我の休養のために先に帰還して貰いました」
大剣のおっさんの質問に、ユートは淡々と答える。
「! それは良かった……。どうやら俺らは無駄足となっちまったみたいだな」
大剣のおっさんは、ユートのダンジョンを攻略したという発言に一瞬目を見開くも、その吉報に安堵して不器用な笑みを浮かべた。
それからユートは、その大剣のおっさんとギルド側の災害救助隊員に色々と連絡事項を伝える。
ちなみに、大剣のおっさんのパーティーは普段5層から6層で活動しているパーティーらしく今回救助に来た人の中で一番強かった。今日は浅い階層でパーティーの連携練習をして早めに切り上げたところでククと会い、ここまですぐに駆け付けてくれたとの事だ。
連絡事項も伝え終えたところでユート達パーティーは疲れもあるだろうからとダンジョンからの帰還を勧められた。スライムの素材回収はギルド側が責任を持ってやってくれるとの事だ。
しかし、せっかく来てくれた救助の人たちに、スライムの素材の回収だけを手伝って貰うのは悪いので、参加した人にスライムの素材を売って得た金額から日給という訳ではないが支払うことにした。
「兄ちゃんたちは早く帰って休みな。あとは俺がしっかりと引き継ぐぜ。ご苦労さん!」
大剣のおっさんの見送りでユート達は転移オブジェへと触れた。
実りも沢山あったが課題も多く見つかった。ユート達パーティーの初めてのダンジョン探索はこうして幕を閉じた。




