No.29 『救出』
タイラーと別れたあと、ユートとリペアはその他のタイラーパーティーが戦闘している場所へと向かう。
「助かった……」
「兄ちゃん達済まねぇ……!」
ユートとリペアが来た事により、見るからに安堵する3人。
タイラーほどの重症ではないが、こちらも3人とも満身創痍だ。『魔法使い』がいたため、厄介な魔法系のスライムに対処できた事がケガの少ない理由だろう。赤スライムの火魔法や橙スライムの土魔法が対スライムにおいてケガを負う主な要因だからだ。
「あれ? 音が……」
「それよりも、今から後退します。彼が道を作るのでそこを走って下さい」
ユートが3人にタッチして音を無効化し、早口で説明する。
「お。おう、分かった……それとタイラーは?」
『獣使い』の男が聞いてくるが、ユートが答える前にリペアが言った。
「おっさん達行くぞ! 走れよ! 《ギガスラッシュ》!」
リペアが後衛メンバーのいる結界の向きに、最大火力の攻撃を飛ばす。
サバンナの地面まで真っ二つにしそうな程のその斬撃は、一直線にスライムの群れを割った。
ユートがその出来た道を先導するように走り出す。
「凄げぇ……」
3人はリペアのその攻撃を見て、呆気に取られながらもユートの後ろをついて行く。
その後ろをリペアが殿として走る。
「さぁもう良いかしら? 紫を先に駆逐するわよ!」
マイは、ユート達が他のメンバー3人に接触したのを見計らってスキルを発動する。
――――SKILL【ブレイクダンス】
敵味方問わないそのスキルの効果は、相手の防御を下げるスキル。しかし、ユートの【天邪鬼】による状態異常反転により、ユート達の防御力は上がる。反対に、その効果範囲にいたスライム達の防御力は下がり、更に紫スライムの多くを戦闘不能にさせた。デバフ攻撃をしてくる紫スライムは、自分に対してのバフやデバフには弱いのだ。
「よし、抜けたな。タイラーさんも大丈夫か……」
ひとまず、スライムの群れに囲まれなくなったところまで来たユートは呟き、少し遠くの方で、タイラーもスライム群れから抜けたことを確認する。
「このまま僕たちの仲間の結界まで走って下さい」
助けた3人に再び触りながらユートは言う。
【消音結界】までいけば、音の攻撃は和らぐので【道化師のお手伝い係】を解除したのだ。このスキルは効果を受ける人数が多いほど負荷がかかるのだ。
「リープ! 最後にぶっ放してくれ!!」
そして、3人が結界に入ったところを見送ったあとで、リープに声をかける。
「分かった! ユート達も危ないから下がってくれ」
リープの返答でユート、リペア、マイの3人も迫りくるスライムの群れの対処を辞め離れた。
「スライム達。最後に僕の歌が聞けて幸せだね」
――――SKILL【召喚歌:Phantom of the Opera】
「《暴れ魔人のラプソディー》!!」
リープが奏でるその荒々しいメロディーは、波のようにうねりながら形を変えていく。
そして、1体の巨大な魔人を形作った。
その音の魔人は、まるで人がアリでも踏みつぶすかのごとく、スライム達を潰していく。
スライムの群れを半分ほど減らして、その音の魔人はようやく消えたのだった。
ユート達は『災害』現場から離れたところで、消えゆく音の魔人を遠目に見ていた。
「こんな高価な回復薬まで……本当にすまない」
マイが回復薬とポーションでタイラー達の傷の手当てをしている。
マイが作れる上級の回復薬でタイラーの腕も元通りとなっていた。
聞けば、『災害』直後に多くいた灰色スライムにやられてしまったらしい。灰色スライムは、周囲ごと爆発して自爆する特性を持っている。スライムの中では一番危険な存在だ。
「もっと早く、穴の出現に気付いていれば……」
「シーマもイレーも……」
手当てを終えた『獣使い』と『槍士』の二人がそう呟いた。
そう……タイラー達のパーティーメンバーは全員で6人。ユート達が助けたのは4人。2人は間に合わなかったのだ。
しかし、相手は『災害』。誰の責任でもない。ダンジョン探索者をやっている以上、稀に起こりうる事態なのだ。それこそ恨むなら自分たちの運の無さを恨むしかない。
「……」
結界の中は、静けさに包まれた。
だが近くで『災害』が起きている以上、ここに長居もしていられない。ユートが口を開きかけた時、タイラーが突然地面に頭をつけた。
「兄ちゃんたち。頼みがある。どうか、シーマとイレー……俺たちの仲間を救ってくれないか! このままじゃ、本当にあいつらが死んでしまう……」
それは当然と言えば当然の頼みだった。
「おい! タイラーッ!」
そのタイラーの様子を見て『魔法使い』がタイラーに怒鳴るが、タイラーはそれを制止して続ける。
「やってはいけない頼みなのは分かっている……だが、俺は、俺はどうしてもあの2人を助けたいんだ! お礼は何でもする。俺の財産すべてを譲ってもいい。なんなら俺をいくら殴ってもいい。あの2人さえ無事なら俺はどうなってもいい。だからお願いだ……助けてくれ……兄ちゃんたちなら出来るはずだ……」
「貴方自分が何を言っているか分かってるの?」
マイがタイラーの言葉を聞いて冷ややかな言葉を返す。
出会ったら最後と言われる『災害』において、こうやって助けが間に合うことも稀である。それこそ命が助かっただけ良かったと思うしかない。これ以上の結果は望んではいけないのだ。
「あぁ。分かっている。その上で頼んでいる。俺を憎んでくれていい。恨んでくれていい。だけど、君達が仲間を大切にしているように、俺もあの2人が大切なんだ……分かるだろ?……お願いだ。2人を助けてくれないか……」
タイラーはみっともなく頭を下げ続ける。
タイラーも助けてくれたのが、ユート達では無かったらこんなお願いをしなかったかも知れない。ユート達は、自分達よりも強く、スライムの群れに対しても一切怪我を負わず、あっという間に救出して見せたのだ。もしかしたら。という思いが浮かぶのだ。
「…………」
『災害』で父親を亡くしているマイもタイラーの必死のお願いに何も言えなくなってしまった。大切な人を無くす気持ちはマイにも痛い程分かるのだ。もし、マイもタイラーの立場なら同じことをするだろうから。だが代わりに、自分達がそれこそ死地に向かえというもまた違う。
「タイラーさん。『災害』が発生して今何分が経っている?」
「ユート!?」
ユートの言葉にマイが声をあげる。
「もう、そろそろ40分くらいだろう……」
タイラーの答えを聞いてユートは頭の中で計算する。
一般的に、ダンジョン大学校やギルドで教えられている『災害』の穴の発生から収束までの時間は、大体1時間から2時間と言われている。もし、対処の出来る『災害』なのだとしたら、それまで凌げば『災害』は収まる。というのが、ダンジョン大学校とギルドの見解なのだ。
そのダンジョンの階層レベルとは、かけ離れたレベルの階層と繋がる『災害』において対処の出来る『災害』とは、本当に稀なことではあるが今回はそのレアケースなのである。
「10分だ……。10分で対処出来なかったら引き返します。それでいいですか?」
ユートは言う。
「! ……分かった。それだけもありがたい。感謝する。例え10分で引き上げたとしても、この恩は一生かけて償う」
ユートの決定にタイラーはそう言って再び頭を下げた。
その言葉を聞いて、今まで複雑な表情で見ていたタイラーの仲間たちも急いで頭を下げた。
「本当はダメな事を俺たちも分かっている……感謝する」
「兄ちゃんたち。本当にすまねぇ……!」
「どうか、兄貴とシーマさんを助けて下さい……!」
「皆さん。頭を上げて下さい。時間がありません。準備をしながら作戦を詰めます。みんなも頼めるか? マイもいいか?」
タイラー達に向けてそう言ったあと、ユートは自分の仲間たちを振り返って言う。
「ははっ。勿論だぜ!」
「僕も頑張るよ」
「ユートも案外熱いところがあんねんな! 勿論うちも出来る限りのことはするで!」
「何よ……私はみんなの事を思って……」
「マイ、それは分かってる。だけど、タイラーさん達も俺たちは出会ってしまったんだ。そしたらもう放っておけないだろ?」
「マイ。お前の大切なものは俺が全部守るぜ? 結婚する時に約束したろ?」
「もう、それなら絶対に2人を助けるんだから! それにリペア! 約束はお互い一緒に大切なものを守っていく。よ!」
こうして、ユート達の戦いは再び始まった。




