No.28 『災害』
『災害』――――。
それは、ダンジョン内で稀に起こる現象である。正式名称『突発性ダンジョンゲート出現による危険地帯化及びモンスターの氾濫』となっている通り、攻略済みで死に戻りが出来る安全化しているダンジョンに、突如として別のダンジョンに繋がる穴が出来ることを言う。
タイラーパーティーからの救援要請を受けて、ユート達はすぐに決断を強いられた。一定時間で消滅する『災害』の穴の性質上、救援は一刻を争うのだ。
通常。救援要請を受けたパーティーが取る行動は2つ。
1つ目は、救援要請通りにそのパーティーを助けに行くこと。
2つ目は、自分達で救援要請したパーティーを助けには行かず、すぐにダンジョン外へ他の救援を呼びに行くこと。
前者としてのメリットは、『災害』に対応する人数が増えることで救援やモンスターの討伐など対処できる確率も上がるということ。デメリットとしては、2次被害になってしまうという事だ。
後者のメリットとしては、その2次被害は防げるものの、デメリットとして救援に時間がかかってしまうことである。その場合、救援要請したパーティーは助からない事も多い。
そのことも踏まえながらユート達の下した決断は、タイラーパーティーの救援をしに行く事であった。
救援依頼を届けに来た黒い犬ロマを先頭にユート達は5人で走る。
メンバーは、ククを除いた5人であった。理由としては、ククにはダンジョンから帰還して『災害』の情報を伝えて貰うためである。だが、その理由もあるがククの強さでは『災害』への対処は難しいとユートが判断したためだ。ユートなりの優しさである。
それに、他のパーティーでも『荷役』を始めとしたサポート系のメンバーが『災害』に対処はせず、救援要請に行くことは『災害』対処としてのセオリーでもある。反対するかと危惧したユートであったが、ククはユートの判断に素直に従った。
だが、戦力増強のためララだけはユート達と行くことになった。今日はもう1回変身してしまっているが、正直言ってララの魔法の威力は捨てがたい。無理させる事にもなるが、人命救助のためだ。ユート達も万全を期さなければならない。
「ひとまず走りながらだが、『災害』対処の目的を決めておくぞ……」
サバンナを走りながら、時々道標のためナイフを置きながらユートは並走するメンバーに言う。その言葉を聞くメンバーの顔はいつになく真剣なものだ。
「まず『災害』が対処できるものかどうかの判断だ。これはその場に行ってからしか分からないが……タイラーさん達が救援を出した以上、ある程度の対処は可能だろうと思う」
『災害』の救援を出す原則として、その『災害』にある程度は対処できると判断した場合にのみ出すことが原則だ。それは不用意に2次被害を増やさないための処置である。自分達の命惜しさに見境なく救援を出すパーティーもいるにはいるが、昼食を共にした時の様子を見るに、そんなことをするパーティーではないとユートは判断していた。
「あの紙も万が一のために、予め書いて用意していた紙っぽかったものね。そこまでするパーティーが救援を出す理由を分かっていないはずがないわ」
ユートの言葉にマイも同意する。
「あぁ。だからといって『災害』である以上油断は禁物だが、俺たちでも対処可能な『災害』として動くように作戦を決めていきたいと思う」
「そうだね。現場でバタバタするより、その方が僕たちも混乱しなくて済むからね」
リープが言う。その表情は珍しく緊張している。
勿論、ユート達メンバー全員が『災害』を相手にするのなんて初めての出来事である。『死に戻り』の出来ない場所で戦うのだ。緊張しない訳がない。
「そうだ。だから前提として対処可能な『災害』としての目的を決めていく……まぁ第一の目的としては、当たり前だが自分たちの命だ。それから第二にタイラーさん達の救出を目的とする」
皆が頷くのを見てユートは続けて話す。
「それから救出したあとは、撤退かそのまま撃破及び、穴が閉じるまでの持久戦だが、恐らく撤退になるだろう。具体的な戦い方としては――――」
そこからユート達は詳細を詰めていく。救援に行くからにはしっかりと助けたい。それもあるが、何も話さないよりは仲間と話していたほうが緊張も紛れるのだ。
「オン!! オン!!」
前方でロマが咆えた。
それと同時に『災害』の地点も見えてくる。
「あれは、スライムの群れか?」
リペアが言った。
「それは厄介かもしれないわね……」
リペアの言葉を聞いてマイが苦虫を噛み潰したような顔をした。
ユートも状況がどんどん見えてくるにあたって顔が険しくなる。
視界一面に広がる色とりどりのスライム達は、その凶悪さを無視するならば、虹色でとても綺麗な光景である。だがその虹色の美しい光景は、逆にユート達を死へと誘う、触れてはいけない美しさに見えた。
スライム。
それはプリンの形をしている半透明なジェル状でありながら、弾力性のある不思議なモンスターだ。ダンジョン内では多くのエリアに出現するため有名であるが、対処方法が面倒くさいことから、多くのダンジョン探索者から嫌われている事でも有名である。
何故なら、同じスライムであってもその身体の色によって攻撃方法や倒し方がまったく異なるからである。ダンジョン大学校でも、スライムの色とその特性について覚える授業が必修であるほどだ。だが、その色ごとの対処法さえ覚えていればほとんどの場合問題はない。
しかし、単体では問題はないスライムであるが、群れと遭遇してしまった場合においてその厄介さは跳ね上がる。探索者それぞれがスライムの全ての色に対応できるという訳ではないのだ。多くの探索者は、対応できるようなパーティーを組んでいるか、自分達の対処出来ないスライムに強い専用アイテムを数個用意している事でスライムを凌いでいるのだ。それ故に、群れと遭遇した場合は、パーティーメンバーが欠けてしまったり、そのアイテムを消費し尽くしてしまった所で、苦手なスライムにやられていくのだ。
そんな出会ったところで、戦術としては逃げの一択のはずのスライムの群れとタイラー達は戦っていた。タイラーは1人でスライムに囲まれ相手をし、その他のメンバー3人は固まるように一緒に戦っており、2人の姿は見えない。
「クレハは【消音結界】のあと、とりあえず魔法系の結界を沢山張ってくれ! マイは俺たちのサポートと紫を頼む。リープはサポートに回らなくていい。音による広範囲の技とスキルでスライムの群れに出来るだけダメージを与えてくれ。リペアは俺とタイラーパーティーの救出だ。ララはクレハの護衛と状況を見て魔法を撃って貰う。みんな引き締めろよ!」
残り100メートル程。状況が見えた所でユートは仲間たちに指示を出す。
「分かったわ!」
マイを筆頭にそれぞれが返事を返す。
ユート達の戦闘が幕を開けた。
「ほな。行くで!」
――――SKILL 【消音結界】
――――SKILL 【変身: 魔法使い】
「ここは任せるのにゃ!」
スライムの群れ50メートル手前でまずクレハが走りながら準備していた結界を張る。そして、リペアの手から降りたララも変身して戦闘に備えた。
「リペア、マイスキル行くぞ!」
――――SKILL 【天邪鬼】
――――SKILL 【道化師のお手伝い係】
ユートもスライムの群れとぶつかる前に、スキルを発動させて戦闘の準備を整える。
【天邪鬼】の効果によりリープの音技は無効になり、さらにユートにかかる状態異常はすべて逆に作用するようになった。
それから、【道化師のお手伝い係】の効果のため、並走するリペアとマイの肩を触る。このスキルは、『道化師』が触れた相手を『道化師』と同じ状態異常にするというスキルである。これで、リペアとマイもユートのスキル【天邪鬼】の効果に入るようになり、ユートと同様にリープの音技を無効にすることができる。
「次は僕だね。タイラーさん達にはちょっと我慢して貰おう……《大音響》!」
それからクレハの結界と前線のちょうど間くらいの距離で止まったリープが技を使用した。周囲を震わすほどの音の振動でスライムの群れを攻撃する。広範囲に影響を及ぼす技だ。
そのリープの攻撃により、スライムの大半は動きを止める。
「リペア行くぞ!」
「おう!!」
その一瞬の隙を見て、ユートとリペアはスライムの群れに突っ込んで行った。
「兄ちゃんたち悪い……! 救援感謝する!」
まず、ユート達が向かった先はタイラーの戦っている場所。
多くのスライムを蹴散らしながら、タイラーの場所まで目指す。
「うおおお! 《パワースラッシュ》!」
――――SKILL 【ジャグリング】
「《サプライズ・スローイング》!」
リペアは斧で強力な一撃を放ち、一気にスライムの数を減らす。
ユートも【ジャグリング】によるナイフとフォークの大量展開で、次々とスライム達に投擲し、とにかく数を減らしていく。先程のリープの音による攻撃のおかげで弱っているスライムに対して攻撃を当てるだけで倒せるのだ。
「タイラーさん! このあと大規模な殲滅攻撃をします。ひとまず結界のある方まで下がって下さい!」
タイラーの居場所までたどり着いたユートは、ひとまずタイラーを触ってリープの攻撃を無効にしてから素早く説明する。その間もスライムへの投擲は継続中だ。
「あぁ分かった。済まない……助太刀、本当に感謝する。それで俺の仲間たちは……?」
ユートに触られた事により、今まで聞こえていた爆音攻撃が止んで一瞬驚くタイラーだが、すぐに頭を切り替えてユート達にそう言った。
「仲間たちは任せて、おっさんは早く後退してくれ。というか、おっさん戻れるか……?」
タイラーの言葉を聞いて、リペアも戦いながらそう言葉を返すが、チラッと一目見たタイラーの身体を見てリペアは言葉を付け足した。
「あぁ。戻るくらいなら問題ない。それよりも仲間たちを頼む」
そう言うタイラーの身体には、スライムから受けたであろう傷が生々しく残っていた。ほぼ全身に渡って残る火傷跡に切り傷や打撲。極めつけは、昼食時まであったはずの左腕の先が失われていた。
大量のいるスライムの対処に追われてユートもリペアも回復薬を出している余裕は流石にない。こればっかりは、早く下がってくれとユートも忠告するしかなかった。
ただユート達が来るまでの間、右腕一本でスライム達の対処していたのだと考えるとタイラーの技量は凄まじい。やはりリペアが褒めるだけの事はあるとユートは不謹慎ながら思った。




