No.2 『木こり戦士の誘い』
「くっそ。どれだけ懐に隠し持ってんだよ。相変わらずすげぇな」
射撃場の地面や壁一面にはナイフやフォーク、お皿といったレストランのキッチンをひっくり返したような光景が広がっていた。リペアはその足の踏み場もないような地面にスペースを作り、息を切らしながら仰向けに倒れる。
既にこの惨状を作り出した張本人であるユートも倒れ込んでいた。
「ははっ驚いてくれて道化師冥利に尽きるよ。それにしてもリペアの身体能力の高さにはいつも驚かされる。これだけの数の武器を投げて当たりもしないし……ちょっと落ち込むが、まぁリペアだしな」
ユートはそう言って落ち込むもすぐに笑みを浮かべた。
「ハハッ。まぁ俺も昔から身体能力だけは高いしな」
ユートの言葉にリペアもいつもの人懐っこい笑顔に変わる。
「それで何か要件があったんじゃないのか?」
ユートは、リペアに尋ねる。
「あぁ。そう言えばそうだったわ。明日マイも合わせて3人でダンジョンに行かねぇか?」
「ダンジョンか。そう言えば最近行ってないな」
一週間前に探索クランの実地試験のとき以来行ってないなとユートは思いつつ、リペアから詳細を聞く。
「場所は一度行った事のあるソエウラにある半星ダンジョンだ。目的は薬草採取とウメメの実だな」
「確か、林と草原の複合型地形のダンジョンだったか?」
記憶を頼りにユートはリペアに確認する。
「あぁそうだな。まぁ俺とマイのジョブの関係で森林系に行く事が多いのは知っているとは思うが。それでどうだ? 行けるか?」
「あぁ。就活ももう半ば諦めてる。一日ぐらい休んでも変わらないし、ダンジョンに行って小遣い稼ぎでもした方が良さそうだ。ウメメの実は俺にとっても稼ぎになるからな」
「ハハッ。そう来なくっちゃな! 明日は荒稼ぎに行くとしようぜ!」
こうしてユートは明日、リペア達とダンジョンに行く事になった。
『ダンジョンとは何か?』という問いがある。
ある有名なダンジョン探索者の言葉に『ダンジョンとは己を鍛える場所である』という名言があるが、この言葉は実際に間違っているという訳でもなく、ダンジョンで探索していると自分の『ジョブ』のレベルが上がる場合がある。『ジョブ』とは己の才能を示したものである認識からしてもこの言葉は正しいとも言える。
しかし『ダンジョンとは何か?』という問いに対しての答えとしては、完全ではないだろう。
『ダンジョンとは何か?』に対する質問の答えとしては、様々な学説が存在している。中でも最も支持されている2つの学説がある。
1つは『ダンジョンとは、この世界と別の世界とを繋ぐもの』というダンジョン世界間通路説。
もう1つが『ダンジョンとは、この世界を拡張するもの』というダンジョン拡張世界説である。
意味は違っているようだが、両者共に自分たちの世界とは別の空間・世界があるという意味では双方合致している。
他にもダンジョンの学説としては、少数派の支持だが『この世界にある土地と土地とを繋ぐ通路のような役割である』というダンジョン土地間通路説や『我々の住む世界は大きなダンジョンの一部でしかなく、ダンジョンの先にある世界も我々と同じダンジョンの一部である』という全世界ダンジョン説など様々な学説が存在している。
だが、どれもこれといって正解という訳ではなく、どれも正解であり不正解であるというのが今の学術的な現状だ。
実際に、ダンジョン大学校でもどれが正しいなどとは明確に断言しておらず、こうして様々な学説を教え、何となくダンジョンというものがこういうものだと教えているだけだ。
しかし、確実に言える事が1つある。それはダンジョンとはこの世界の人々にとって無くてはならない存在だという事だ。この世界の人々は生活の至るところでダンジョンの恩恵を受けている。ダンジョンで見つかるアイテムにより生活が豊かなものになるし、またダンジョンに関わる仕事に就いている者も多い。人々の生活の一部にダンジョンはあり、ダンジョンによって人々の生活が成り立っていると言っても過言ではないのだ。それだけは数ある学説よりも正しい真実と言えるだろう。
翌日の朝早くに集合場所である東側校門でユートが待っていると、装備を整えたリペアとその彼女……もとい妻マイ・グラスヒールが集合時間よりもだいぶ早くやってきた。
2人とも長身で美男美女カップルという噂もある通りお似合いではあるが、リペアが修理士のツナギを着て額にゴーグルで背中には大斧という格好に、マイがその自身の髪色に合わせた紫を基調とした着物を動きやすいように着崩している格好のため、その見た目は、2人並ぶとちぐはぐな印象になる。
かく言うユート自身も、青を基調したヒラヒラで派手なコートに、王冠の被り物、顔半分にマスクという格好で、赤と金を6対4ぐらいに分けた髪型も相まってかなり目立ってはいるので人のことは言えないのだが。
「おう。おはようユート! それにしても相変わらず朝早いな!」
「おはよう、ユート。久しぶりね」
「あぁ。おはよう。朝早いのはお前たちもだろ」
と、ユートは2人に挨拶を返す。
「マイ。久しぶりだな。就活の件は、まぁ心中お察しする……」
「もうホント最悪よね。あのセクハラ面接官! 今度会ったら新薬の実験台にしてやろうかしら!」
「まぁまぁ、ほどほどにしとけよ……」
マイなら本当にやりかねんと、ユートはヒートアップしそうなマイを静める事に努めるのだった。
ダンジョンのあるソエウラまでの馬車の道中の間に、今回の目的を3人でおさらいしておく。
「リペアが昨日ユートに伝えたと言っていたけど、一応確認のためにもう一度言うわ。今回の目的は、私の研究材料になる薬草の採取とウメメの実ね。ウメメの木はリペアもスモークチップなんなりで利益が見越せるし、ユートも加工したらちょっとしたお小遣いにはなるでしょう? ユートはそれで問題ないかしら?」
「あぁ。ウメメの実なら加工できる種類も多いし、あればあるだけ嬉しいな。目的については問題ない。あとはリペアがスモークチップを作るってんなら少し分けて欲しいくらいかな」
「そうね。それなら良かったわ。もし利益が出ないようなら薬草から出来たポーションを売って補填する形にするから」
「あぁ、ありがとう。それなら助かるかな」
「はいはい! ユート! スモークチップはいくらでも分けるからよ。それを使って燻製を作ってくれよ。燻製の材料はダンジョンのモンスターでも狩ってよ」
「そうだな。ダンジョン終わりにバーベキューでもいいか。マイはどうだ?」
「そうね。それも視野に入れておきましょうか。でもリペアいい? あくまでも目的は薬草とウメメの実よ?」
「分かってるって! いやーそれにしてもユートの料理は美味いからなー。久しぶりだし楽しみだな。それだけで今日頑張れるって気がするぜ」
「本当に分かってるのかしら?」
「いや、分かってないだろうな。まぁリペアは置いといて、次は戦闘の確認といこうか」
「そうね。まずは出てくるモンスターの確認と戦闘方法ね」
こうしてリペアはともかく、ユートとマイは馬車の道中でも入念に情報の確認を行った。
「お客さんソエウラに着きましたよ」
準備とは入念にやっておいて損はないものだ。準備不足で失敗する事はあっても、準備し過ぎて失敗するという事はないからだ。お互いそれを分かっているユートとマイの確認はソエウラに着くまで続き、馬車の手綱を引く御者が声を掛けるまで2人は確認していた。
「じゃあ、あとは実際にダンジョン内で実践しながら修正していけばいいわね」
「そうだな。お互い新しい【スキル】や《技》は見てみない事には、な」
「ほらリペア着いたわよ! 起きなさい!」
こうして3人はソエウラの町に降り立った。
~スキル図鑑~
【ミスディレクション】
・使用者や使用者の攻撃が敵に認識されにくくなる。
【ジャグリング】
・多くのモノをジャグリングで空中に投げることにより一度に沢山のモノが持てる。