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夢色オルゴール 

作者: 小路雪生

 私は走っていた。夢中で走り、息を切らせながら改札を抜けると白いベンチには夢色のオルゴールが置かれていた。

「…ああ…」

 肩で息をした私は思わず溜息をつく。


 待ち合わせをしていた訳ではないし、誰が居たのかも分からないけれど、でも、何故か

「行かなくちゃ!!」

 そう感じて、夢中で家を飛出すと、一目散にこの人気のない無人駅へ向かって走り出していた。

「…そうよね…居る訳ないよねぇ…」

 肩で息をしながら一人言を呟くと、白いベンチに座り込んだ。全力疾走したせいか、まだ呼吸が乱れている。

 ふと視線を落すと、置き去りにされていたオルゴールに目が留った。

「…わぁ…可愛い」

 夢色の小箱は胸が弾む様な色合いだ。

 思わず手に取ると

「…忘れ物、かな?」

 辺りを見回した。が、無人駅の為、届ける場所も無い。それに、この寒いなか、駅に来る人など滅多にいない。思わず手に取った小箱を眺めていた私は

「どうしよう…これ…」

 戸惑っていた。

 今しがたまで人がここに居た様な気配が残っている。そこに置かれた七色に輝くオルゴールは、その人の持ち物であった事を告げている様なだった。しばらくの間、小箱を眺めていた私は、七色に加え、他に微妙な無数の色が絶妙に折り合うコントラストを

「夢色…って感じね…」

 ぼんやり呟くと、心惹かれ、そっと蓋を開けてみた。

「…これ、誰のだろう…」

 私にはあまり馴染みのない曲だった。初めて聞く音色になんとなく耳を傾けていた私は

「あっ…」

 繰り返し聴くうちに、やがて耳を澄ますと深く聴き入っていた。その途中で不意にひらめき、驚きの声を声を挙げると

「…な、何?…これ…」

 次々に繰り出されるその音色から見える光景は、私が趣味で書き溜めた書き物にとても似合うのだった。その情景がまるで目に浮かぶようだ…思いがけない偶然に喜びよりも驚きが先にたった私は、しばし事態を受け入れ理解するまでの時間を要するほどだった。やがて、じっくり聴いているうちに、何故、自分がこの無人駅へ突然走り出したのか分かった気がした。

「…コレだったんだ…」

 私は、呆然とした様子で呟いた。そのオルゴールは誰に贈られるはずのものだったのか分からない上、その曲が誰の為に作られたものかも分からなかった。けれど、何故か、それを聴いた私の胸は一杯になると、心が温かくなるのを感じた。

 雪に埋もれた片田舎の無人駅のベンチに置かれたその音は、辺りの雪を一瞬のうちに消し去ったかのように思えるほどで

「…うーん…」

 最初、のんびり聴いていた私は次第に、心が震え出すのを覚えると、再び戸惑う。

「……」

 やがて、急にほろほろと涙がこぼれ始めている事に気付くと

「…なんでぇ…?」 

 自分でもよく分からない展開に慌てていた。

「…ふぇーん!!!…」

 一度溢れ出した涙は容易には止まらなかった。しゃくり上げる様に泣き出した私は、まるで幼い頃に戻ったような、感情の揺らぎを覚えた。感情が苦手な私は常日頃、それらを無いものの様に日々を過ごすのが習い性になっていた。そうして長年忘れたいたり、無理矢理に心の奥へ閉じ込めてしまった対処不能な感情の数々が一気に迸る様で、どこか懐かしくもあり、切なくもあった。

「うぇーん…」  

 うるうるし出した私は、怒濤の様な感情の波に呑まれながら場所も弁えず、声をあげて泣き続けた。私の心はまるで、おもちゃ箱をひっくり返した様に散らかり、収集が付かなくなる感じだ。

「ふぇーん!!!」

 雪が積もる無人駅のホームでたった一人、ベンチにうずくまる様な姿のまま、止めどなく流れる涙の理由を探していた。しかし、感情を説明する事は難しい。ひとしきり泣いた私の目は真っ赤になっていたに違いない…ふと気が付き顔を挙げたが、相変わらず辺りには人っ子一人いなかった。凍える様な寒さに押され、手袋をはめた手の甲で頬を拭いながらよろめく様に改札を抜けた私は

「……え!?」

 一瞬、我が目を疑った。背丈ほども積もっていたはずの全ての雪が消えて無くなり、お花畑が広がる光景に驚き、足を止めた。

「まさか…」

 そんな事あるはず無い…今は冬真っただ中…私は目を閉じると首を左右に降りながら1、2、3…数えると、ゆっくりと目を開けた。すると、そこには来た時と同じ雪景色が広がっている。

「…そうよね…」

 思わず苦笑いをした私は、先ほど来た道を歩き出した。

 滑らぬよう、足もとに注意を払いながら一歩一歩、歩を進める度に、キュッキュッ…雪を踏みしめる靴音が鳴る。

「錯覚だわ…」

 滑らぬよう、真剣な眼差しで足もとを見つめながら呟いた。

 一瞬、雪解けが到来した様に感じたけれど、そんなはずはない…これほどの降雪が瞬く間に消え失せる事などないのだ。でも…何故だろう、帰り道の靴音は軽やかで、ハミングしている様に聞こえる。

「…ふふっ」

 思わず微笑みながら家の前まで着いた私は、ほんの束の間、旅をしてきた様な爽やかな気分に満たされている事に気付いた。

「誰の忘れ物か分からないけど…ありがとう」

 駆られる様な心地で無人駅に向かった時、そこへ何の目的で赴いたのかも分からなかった。けれど、何故か「今、行かなきゃっ」そう感じると、何かに突き動かされる様に表へ飛出していた。

 

 そこに居た人が誰だったのか分からない。そこに居た人が誰を呼んでいたのかも分からない。

 けれど、その人の残した音は、いつか雪は溶けていくのだと、教えてくれているような気がした。


                                    08.12.10

 この物語のタイトルは当初「ふるふると・・・」でした。

 当時、ご覧になった方は覚えていらっしゃるかもしれません。 

 ですが、09’4月頃、同名のブログがあることを知り、同年6月頃、こちらのタイトルを現在のものに改題しました。


 改題した頃、こちらに変更の経緯など付記していたのですが、削除していましたので本日改めて書かせていただきました。


                                 2010.10.03  小路雪生

  


 

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