その1
その日、何時もの通りにギルドの仕事を終わらした帰り道。
街道で腰まである黒髪の女性が倒れていた。
「おい! 大丈夫か!?」
「お……」
「お……?」
「お腹減った……」
……腹減った女性を拾いました。
・魔王でした。
「ふぅ……助かったわ」
整った顔の女性は満足そうに口を拭く。
女性の前には女性が一人で食べた後の、大量の積み重なった皿がある。
……細身の体の何処に入ったんだよ。
「へーへーそりゃあ良かったな」
「ええ、味はまぁまぁだったけれど」
「お前これだけ食って失礼だな!」
謝れ! 俺と店の人に謝れ!
「たく……拾うんじゃなかったぜ」
「まーまーそう言わないでよ。本当感謝はしてるわ」
そういって笑顔でこちらを見る女性。
「……」
「? どうしたの?」
「え、いや、なんでもない」
しまった。まさか見とれると……。
「で、何であんな所で倒れてたんだ?」
「……ちょっと用意もしないで城から抜け出しちゃって?」
首をかしげながら言う女性。
なんで疑問系?
「というか……城って?」
「ああ、うん……私、魔王だから」
「は……?」
「あい、あむ、まおう」
「いやいやいや言語の問題じゃねーよ。そうじゃなくて、魔王って部分だから」
「え?」
「え? じゃなくて。どう考えても嘘だろ」
「えーそこ? 本当なんだけどなー」
「いや、無いわ。大体なんで魔王があんな所で腹が減って倒れてるんだよ」
行き倒れの魔王とか初めて聞いた。
「仕方が無いじゃない……本当に準備もしないで家出……じゃなくて抜け出してきたんだから」
どこか拗ねた様に言う自称魔王。
「言い直してもあんまり変わらないからなそれ」
しかし家出か……めんどくせぇな。
ここで分かれたほうが良いかもな。
「あー……まぁ良いや。じゃあ俺はここで帰るわ」
そう言って席を立ち、入り口に向かおうと体を向ける。
と、そこで「やだー!」と言いながら俺に自称魔王が抱きついてきた。
ぐおお……!? なんだこの力!? 女の力じゃねーぞ!
「ちょ、お前なんだよ!?」
「帰るに帰れないし、住む場所無いし、お金も無いのよー!」
「いやいやいや、家に帰れよ! そして離せ!」
「食事も奢ってくれたんだから、お家に住ませてくれてもいいじゃない!」
「ものすごく厚かましいよお前!?」
そう言いながら更に力をこめる女性。
や、やばい……でちゃう。色々でちゃう!
「わ……分かった! とりあえず分かったから離してくれ! そろそろマジでやばいから!」
「やたー!」
死ぬかと思った……。
〇
どうしてこんなことをしてるのか……。呆れてくるが、仕方がない。
「ほら、ここだよ」
「おー! ここが!」
テンション高いな……。
まぁいい。自宅の鍵を開けて、そのまま入る。
「おっじゃましまーす!」
キョロキョロの自称魔王は「へー」とか「わー」とか言いながら後ろをついてくる。
そんな珍しいものではない筈だが。
「ほら、そこにソファーあるから、お前は今日はそこな」
「そんな上等なもんはない」
事実そんなものはない。なぜなら大体は装備品とかに消えるからだ。ソロだとそんなもんだ。仲間がいない分、薬だとかに金は消える。
女性はそのまま「ちぇー」と言いながら、ソファーに腰を下ろす。
「ほら、これでもかけて寝ろ」
「わ、わわわ」
投げたマントを頭から被る。
「あれ……これって幻獣の毛皮?」
目ざとい。見た目からだと普通の毛皮ぐらいにしか見えない筈だが。
「よくわかったな。そうだよ」
「え、こんな高級なのどうしたの!? ていうかこれがあってベット無いっておかしくない?」
「やかましいわ。それは自分で狩ったんだよ。だからそれほど掛かってねぇ」
「え、こんな幻獣狩れるってもしかして、あんたってすごい?」
「凄いやつがこんなところにいると思うかぁ?」
「あ、やっぱりすごくないです」
こいつ失礼ー! さっきから本当に失礼ー!
「あー……もうそれでいいや。俺は寝るから、お前も寝ろ」
・自分の仕事にこいつ、ついてくるぞ!
「あーさーだーぞ!」
ううん……うるせぇ。なんでこいつこんな元気なんだ。
体を起こしてみれば、笑顔でこちらをみている女性がいる。
「めし!」
……お疲れ様でしたー。今日は休日です。
そのまま体を倒し、もう一度寝る体勢にはいる。
「まって! まって!」
「やーだー。何この居候ー。開口一番メシとかー」
「うー!」
ゆさゆさと体を揺らす、女性。
「……あー分かったよ。ほらその辺の適当に使っていいから、自分で作れよ」
「料理できないのよー!」
……とんでもないの拾っちゃったぞ。
「ああ、もう分かったよ」
「やったわ!」
「うるせぇ」
のそのそと起きて、魔石によって冷えた貯蔵庫から適当に肉などを切る。ちゃんとした料理なんてやらん。ただ鍋にぶち込んで火にかけるだけだ。
「おおー。こうやるのね」
「あんた本当になんなんだ……料理ぐらい教わったりしただろ」
「いやー私、料理人が作ったやつしかみたことないのよね。料理とかやったこと無くて」
ええぇ……本当この人なんなの。
「魔王っていうか無能じゃねーか」
「む、無能じゃないし……ここまで一人でこれたし」
「あーじゃあ、ほれ。これをテーブルのところまで持っていって」
「あ、うん!」
パタパタと嬉しそうに食器をもっていく。
なんだかなぁって感じだ。昨日、今日と観てて、外見としぐさがちぐはぐな気がしてならない。
「ま、いいか」
それは気にするようなことではないだろう。
どうせその内、出て行くだろうし。
・父親が気がついた
ここは辺境の地。
多くの魔物と森に囲まれた土地だ。
その奥深くにそびえる城内部を血相を変えて走る人物がいた。
彼は一つの部屋に急いで入る。
「王! 王! 大変です! 王!」
「なんだ騒がしい」
「姫が……姫がいないのです! この手紙を残して消えてしまったのです!」
「何!? 貸せ!」
王と呼ばれた人物は急いで手紙を開ける。
そして中身を読み、すぐさま怒りの表情を浮かべた。
「あの! 馬鹿娘ー! 何がお父様のアホ! 旅に出ますだ!」
「ああ、姫様……なんてことを……」
「すぐさま足取りを追え! そしたら直に向かうぞ!」
「王よ! まさか!」
「ワシが直接行く!」
「お辞めください! お辞めください! それでは政務が」
「やかましい! 今回ばかりは我慢ならん! ワシ自らあの馬鹿を叩きなおしてやる!」
「だ、誰かー! 王をとめよ!」