7.火の用心、火蜥蜴1匹火事の元
こんにちは、アスランです。
春は恋の季節ですね。皆さま、女性の扱いにはご注意くださいね。
という訳で、春です。恋の季節です。火事注意です!……ただ今、私、絶賛山火事防炎中です!!
「ムーちゃんっ!こっちもお願いします!」
ムーちゃんを魔力増幅して、彼女に燃える木々を狙って氷焉魔法陣を展開してもらう。
ビキバキと凍った木々を力いっぱい風で薙ぎ払って粉々にすると、氷を撒いた道が出来上がりました。延焼防止の空間としては上出来でしょう。
私も水の応用で氷を使えるんですが、彼女のように簡単に火に打ち勝てる訳ではありませんので、今回は風向きの調整と水の確保がお仕事です。師匠は―――
「おう嬢ちゃん、そっちは終わったか?」
「はい!この程度の火力では氷竜の氷はどうこうできませんので大丈夫だと思います」
「んじゃ次はあっちの森だ。急ぐぞ」
騎士団の方々に誘導されて外縁が作り終わった頃、服を黒く焦がした師匠が現れました。
ふんわり香ばしい匂いを発しながら来たので、ムーちゃんがソワソワしております。うん、焼き肉っぽい匂いですもんね。気持ちは分からなくもないですが……ムーちゃん、師匠舐めるのは止めましょう。師匠は吝嗇の法則を正しくご存じですので、後が危ないですよ。
師匠はムーちゃんの下あごをガッと掴んで止めた。そしてアガアガ困っているムーちゃんをそのままに、私へ向き直りました。
「アスラン、いい経験が積めそうなので貴女も奥を観測しに行きましょう」
「え?えと、あの?」
「火蜥蜴の求愛、見たくないですか?」
火蜥蜴ですとっ!?しかも求愛ときた!
野生種、火蜥蜴はこの大陸ではれっきとした竜種である。火性に属するドラゴンの劣化種と言われてはいますが、なかなかどうして火力がドラゴンを超える者もいるそうで、侮れないのです。
彼らは何十年かに一度繁殖のために一か所に集まる事があると言われており、その際の雌へのアピールが火炎の大きさとか強さとか…………まさか、今回のこの火事って……?
ぎぎぎ……と音が鳴りそうな感じで頭を向ければ、ニッコリと笑う師匠が太鼓判を押してくださいました。
「勉強不足ですよ、依頼の時点で察するべきでしょう?」
「いやだって山火事としかっ」
「山火事でしょう?火性防御、勉強しましょうね」
……師匠の強制スパルタ勉強会の始まりのようです。
炎を避けて森の中を走れば、だいぶ奥に白けた紅だけの空間があるのが分かります。
この辺りまで来ると青かったはずの木々すら芯まで燃えていて、はらはらと黒と白の灰だけが彩りを添えています。氷竜のムーちゃんと植物を操るクー・シーのポチは、基本的に炎と相性が良くありませんのでお留守番です。なので、移動は歩きのみ…………炎の中の山登り、キツイですね。
殆ど時間が経っていないのに、顔を覆っている濡れたバンダナは既に半渇きで、息をするのも辛くなってきました。前を行く師匠に置いてかれそうになったので、何でもいいからと急いで声をかけます。
「師匠、息が苦しいんですけど」
「地上付近から空気と水気を呼び込んでいないからです。こういった空間では一度道を失うともう呼べませんよ?」
ナンテコッタ。くるりと振り返った師匠は、煙避けの覆いすらしておりません。魔法の応用が解かる人は、こんな時でも普通の恰好なんですね。
真似して風を送ったり水気を呼び込もうとしましたが、やはりもうここまでは上げられないようです。仕方がないので師匠に断りを入れて、彼の呼び込み道からそれぞれ分けてもらいました。
「いざとなったら火を消して呼び直せば良いんですよ」
「いや、消せないんですけど……」
「燃焼に必要な素材は?」
「……あ。」
「まぁ魔法で起こされた火は供給されている魔力も遮断しないと消えませんけどね」
上げたら落すのが大好きな師匠ですが、確かに参考にはなりました。ヤバくなったら思い出しましょう。
そうこうするうちに、燃える炎に竜種の魔力が混じってきました。火蜥蜴が近くに居るようです。
自分たちを中心に、魔力障壁を付け加え、改めて歩き出します。もう隠れる場所も無いのですが、繁殖時期の彼らの目には私たちは映らないようです。外敵を阻む炎の壁があってこその余裕なんでしょうね。
「キュイゥ~」
「ケララララ!」
「キルルルル!」
可愛らしい声を発しながら、一抱えほどの赤色をしたコモドオオトカゲのような蜥蜴が火を噴きあっています。
真ん中の橙色が雌のようで、彼女を囲んで3匹が頑張っているようですが……どうやら彼らはお眼鏡にかなっていないようです。厳しいですね。
「アスラン、火蜥蜴の扱える火力はどの位か覚えてますか?」
彼らのダンスから目を離さず、師匠の勉強会が始まりました。
「鉄が曲がる程度、1000度位でしたよね?」
「大体良いでしょう。火蜥蜴が扱えるのは鉄が解かせる温度位までで、体色におおよその色温度が反映されています。あの中では橙色の方が高いですね」
ほほぅ、ではあの周りの子達はまだまだひよっこなんですね。暖かい目で見守る気になれました。
そうこう話すうちに、奥の方でクギャァァァァ!という絶叫が聞こえました。
火蜥蜴たちもギョッとして求愛行動を止め、散り散りに逃げ出します。
それを追うように、奥からうっすら黄味がかった白い炎が地面を舐めていきました。
「………白って」
「白黄色の火を操れる火蜥蜴は、高位の炎竜に分類できますね。まぁ私の知っているものよりかなり白色ですから、新種かもしれませんが」
淡々と師匠は説明してますが、さっきのがあまりにも高温だったので私の魔防も物理防御も一瞬で焼ききれたんですが………逃げませんか?
そんなぼやっとした頭でいたせいか、逃げ遅れたらしい。気が付いたら小さな小屋サイズの白いトカゲがこちらに向かって悠然と歩いてくるのが見えました。思ってたよりでっかい。
「師匠、逃げ――」
「アスラン、今からではもう遅いです。しっかり術をかけ直してください」
言うが早いか、師匠は私を小脇に抱えて飛び退く。その場所を間髪いれず恐ろしく方向性の強い勢いのある白い炎が地面を舐めていきました。
少し離れた場所でぽいと地面に放られたので、急いでサイドバッグを漁って呪符による増幅をかけた魔防と水魔法の幕と物理防御をかけました。おそらく1回護れれば良い程度でしょうが、無いよりはましでしょう。
師匠は自身の獲物の槍を亜空間から取り出して、ヴァルカンもどきに風魔法を絡めて斬りつけました。風で周りの揺らめく炎は千切れましたが、武具が溶けてしまう温度なため直接的な打撃は加えられないようです。どうする気でしょうか。
「師匠、あれじゃ水かけても無駄骨ですかね」
「…………貴女の物理防御魔法の限界を試す事になると思いますが?」
「え」
今なんか意味分かんない怖いセリフを聞いた気がしますが………一応お墨付きを貰っている物理防御ですから「頑張ります」とだけ答えました。
「では、気を逸らしますので最低5重、出来たらそれ以上造ってください。合図を貰ったら避難して即放ちますので、負荷に負けないように」
言うが早いか師匠は果敢にもまたヴァルカンもどきに向かっていきました。
気を逸らすと言っていた通り、彼は攻撃ではなく挑発をしているようです。あ、竜種の本体自体も熱すぎて近寄れないのかもですけどね。
言われた通り物理防御魔法を加護を付けて、少しずつサイズを上げて6重に施す。最後に念のためもう一つ、色を付けて一番外側に作る。これは魔力を流し続ける事で硬度を増すことが出来るようにしました。まぁ意識や魔力が切れたら消えてしまう弊害があるんですが。
「師匠っ!」
呼びかけた時、彼のマントは腰のあたりまで焼き切れ、所どころ火傷も負っているようでした。
ちらりとこちらを確認してから、ヴァルカンの鼻面に槍を突き刺す。
ゴアァァアァァ!!と怒り狂ったヴァルカンは、その場で全身をまばゆく発光、発熱しだしました。
槍がどろりと溶け落ちる。その隙に師匠は防御壁の外に出て、奴の全身に水を……―――――。
その瞬間はもう何と表現したらいいのか分かりませんが……とんでもない衝撃波が起きて、爆発しました。
ちょっと自信があった6重の防御壁は結構簡単に千切れ、最後の一つにかかったとんでもない負荷と戦って意識を失いそうになるちょっと前に、師匠に庇われ地面に転がりました。
その瞬間、防御壁は限界を超えてバチンとはじけ飛んだ。壁を乗り越えた熱い水蒸気が辺りを覆い尽くす。
私を抱えて庇った師匠は、自身に纏った風魔法でどうやら爆発の名残をいなせたようです。
周囲が落ち着いて、のそのそと起き上って見えた光景は、とんでもないモノでした。
「や………山、えぐれてる」
「衝撃が一番弱い所に集中したんでしょうね。久々に冷や汗をかきました」
のんびりと自分に治癒をかけながら師匠は言ってますが、私未だに手が震えてますよ?
防御壁を張った大きさより巨大なクレーターを前に、呆然としてしまいました。
火蜥蜴達も求愛行動どころではなくなったのか、見える所には火の気配が全くありません。
「火に水ってとっても危ないんですね……」
「さて。意図せず討伐になってしまいましたからね……どう報告書に書きましょうか」
遠くで、慌てて禿げ山を登ってくる騎士団の皆さんをぼやっと眺めながら、私たちはこれから先の面倒事を思ってため息をついたのでした。
~ある日のシィアン竜医宅~
「アスラン、手伝って下さい」
「師匠、ボロボロの格好して突然何ですか?」
「水で満たした空間を高熱で急激に気化・膨張させると、中が一気に爆発する実験をしていました」
「えっ。あの連続爆発音ってその実験だったんですか!?ってか怪我は無いですか!?」
「まぁ大丈夫ですから気にしないで。貴女の防御壁の強度をきちんと検証してみましょう」
「のえぇ!?良い子は絶対真似しちゃダメよな無茶をっ……ぎゃ~~~!」