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6.ドラゴネットの幼体健診


「はい、あーん」

「グガッ!」


私の目の前の灰色をしたウィルムのドラゴネット5才は、口の中を確認しようとした私を拒否するようにぷいっと顔を背ける。一事が万事この調子なのかと笑顔で固まった私を見て、抱えている厩務員さんがちょっと笑いを堪えているのが見えました。

コレはまずい。私は竜医の威信にかけてこの子を手なずけねばなるまい!

笑顔でいたつもりですが、私のやる気と殺気を感じてドラゴネットが目を丸くして肩をびくりと跳ねあげました。


「はーい、あーけーるぅー」


今度は笑顔で手をだしてみる。

怯えて逃げようとしたドラゴネットの鼻面を右手で鷲掴みし、下あごの前臼歯部分の隙間に指を入れてゆっくり力尽くで開けていく。プルプルする私の腕とドラゴネットの顎。そんな必死の攻防を、厩務員さんは固唾をのんで……いや、必死で笑いを堪えて見ています。

歯並びと状態を確認するのが目的なのですが、見終わって手を離したとき、ウィルムと私はお互いぐったりしました。厩務員さんはひくひくして瀕死なようです。……笑い過ぎで。


「はぅ。……抜け替わりも問題ないようですし、大丈夫ですね。お疲れ様でした」


ボードに綴じてある指定の検査用紙に最後の記入をし、確認とサインを書き入れて脇によける。

彼らが竜舎に仲良く戻っていくのを眺めていると、流れ作業のように次のドラゴネットを連れた厩務員さんが私の前まで来ました。……お相手はまたウィルムで、今度のは厩務員さんを乗り越えて逃げようとしている。

何だか今回はかなり竜種運が悪いらしい。検査用紙のボードを受け取りながら、深い深いため息が出ました。



こんにちは、アスランです。今日は助手ではなく竜医の一人として、幼体健診の為に生産育成牧場巡りをしています。

師匠と手分けして担当箇所を反対回りで受け持ったのですが、どうやらこちら回りはハズレのようです。

何がハズレなのかというと、あまり繁殖されていない陸竜種のドラゴネットが多いからです。


竜種にもよるんですが、大型な陸竜種は長命なうえ生産もごくごく少数しか行われておりません。大体はドラゴネットを卒業した辺りの年齢に達した竜を野生から慣らして連れて来るのです。

彼らの繁殖地は大体ズメウが保護地として管理しており、密猟や無理な捕獲などは取り締まられているといいます。まぁ私はその現場自体は知らないんですけどね……。


で、陸竜種最強と言われておりますウィルムのドラゴネットです。

プライドの高い彼らは、特にドラゴネットの場合自身が認めた人間以外は例え竜医であっても触れられるのを大変嫌がります。まぁそのプライドの高さから同種に助けを求める鳴き声はあまり発しないのは、こういう場合の利点なんでしょうけどね。


先程から、ググググ……と唸りながら絶対に口を開けまいとするウィルム君と、明日……いやこれが終わった辺りで筋肉痛になるのも覚悟で口を開けようとする私の攻防は、どうにか私に軍配が上がりました。じりじり開いたぷるぷるする口元を必死で覗きこんで、状態を確認する。ぱっと手を離した瞬間、バグンッ!と凄い音を立てて口が閉まりました。すぐさま短い両手で自分の鼻面を抱えたウィルムに、優越感が湧きおこります。

なので、余裕で鼻歌を歌うフリをしてこっそり自分に治癒術をかけながら、用紙に記入していく。ちびっこ達には、まだまだ勝ちは譲れないですしね。


一番面倒な歯を先に終えたので、後は順に頭の上から確認です。

角、頭がい骨、耳の感覚に視線の動き、厩務員さんに日頃の動き具合や言葉による反応を聞き、声をかけてからウィルムの手を取る。

ヴヴヴ……と低く唸られますが、まだ警戒程度のようなので構わず魔力を流します。

びくりと驚くウィルムに大丈夫だよと声をかけ、また用紙に記入する。皆健康で何よりです。


「はい、この子も終わりです。お疲れ様でした」

「アスラン様もお疲れ様でした。ウチの幼体ドラゴネットはこれで全部です」

「そうなんですね、了解です。えっと、もし他に診た方が良いコがいるなら診ますよ?」

「ならば施設長に聞いた方が良いですね。すぐ連れてきます」


厩務員さんは不機嫌なウィルムを抱っこして行ってしまいました。

姿が見えなくなったので、私は大きく伸びをしてストレッチをしました。治癒はかけたもののまだ筋肉が鈍く痛いし疲労している感じがします。きっと明日は筋肉痛だろうなぁ……。

いそいそと健診に借りた部屋を片付け、いつでも厩舎に向かえるように準備をする。

ウィルムを置いてきた厩務員さんが、施設長を連れてやってきました。なにやら楽しそうです。


「アスラン様、運が良いですね。今ウチに鞍のメーカーさんが来てるんですよ。良かったら見ていきませんか?」

「鞍………」

「ええ。今話題のデヴグルですよ」


デヴグルですとっ!?

竜種運は最悪でしたが別の方向では凄い幸運のようです。そもそも竜に着ける鞍は、竜種によって形状が大きく異なる為オーダーメイドが普通なのです。単に鞍辱あんじょくあぶみがあれば良いってもんじゃないんですよ。

デヴグルは最近よく名前を聞くようになったメーカーさんで、主に飛竜種用を扱っていると聞いてます。

ちなみに、ムーちゃんの鞍はニコルというメーカーのオリジナルです。自由度が高いので重宝してますよ。

それはともかく、デヴグルです。


「し、師匠呼んでも良いですかね?」

「オルフェーシュ様ですよね。勿論ですよ!きっとあちらも喜びますよ」


厩舎までの道すがら、色々無茶をお願いしてしまいましたが快く受け入れて頂けました。師匠の名声は、竜種に関わる職人さんには知らない人の方が少ないのです。良く考えなくても凄い人に拾われたんだよなぁと、こういう時は常々感じますね。

 いそいそと師匠に連絡を入れたのですが、なんと彼は断ってきました。私に経験を積ませる為に、仕事のシワ寄せを引き受けてくれたのです。施設長に説明すると、彼は「オルフェーシュ様はやはり素敵な方ですね」と言って下さいました。世の中には弟子に訪れた機会を奪う師もいるとの事で、いかに私が恵まれているのか熱弁されてしまいましたよ。でもホント、全くもってその通りだと思います。


 サクサク歩いていくと、厩舎の手前にある鞍の倉庫の前に1頭の竜と人が集まっておりました。竜は、若いホワイトウィルムです。そのウィルム君に真新しい鞍を乗せて色々計測していた小柄な人物が、デウグルの職員さんらしい。一段落ついたのか、ボードに貼り付けた用紙に色々書き込み始めたようですが、ふと顔を上げたら私と目が合ったので声をかける事にしました。


「こんにちは、お邪魔してすいません。シィアンの竜医でアスランと言います」

「…………ちは」

「あああの、お世話になってます!こちらジャンさん、凄い職人さんなんですよー」


どうやら人見知りの激しい方らしく、目を逸らされた挙げ句ぼそっと呟かれました。何故か慌てたのは厩務員さん達です。アワアワとフォローを入れてきました。


「あああと、アスランさんはあのオルフェーシュさんの竜医のお弟子さんでして、ライダーでは――」

「こいつで飛んでみろ」


何だか分かりませんが、試し乗りを依頼されました。厩務員さん達が青ざめてましたが、デヴグルをタダ試しさせて貰える良い機会です。施設長に目をやると良いですよと言っていたので、白色ウィルム君の手綱を貰ってウッキウキしながら運動場へ向かいました。

 乗る前に、いつもの癖で竜の全身確認したら、頭絡に違和感を感じます。今回のウィルム君はハックモア、つまりハミなしのハミなのです。珍しい。


 竜種の頭絡もその種に合わせた様々な形状がありますが、空を飛ぶ種は大体同じでチェーン状のハミを口に通すものが多い。空という空間での制御は、落ちたら必ずと言っていいほど命に係わる為竜達にも強い抑制がかかるようにしているのです。なので、ハミなしが珍しいというのもあるんですが、一番は竜種の下顎かがくの形状から、鼻革がかけにくいというのがあります。馬みたいにすると口が全く開かなくなりますしね。

ちなみに、竜種は走竜種を除いて馬のような歯槽間縁しそうかんえんが無いので、チェーンだけでなく歯にも保護カバーをかける事があります。あ、もちろん各種のブレス耐性がある物も売ってたりするんですよ。装具の世界も、ホント色々深いし面白いのです。


とりあえず、今私に望まれてるのは試乗です。

片足を支えて貰って白ウィルム君に跨る。……ずいぶんと鞍辱が薄い鞍ですね。


「ずいぶん不安定な感じがするんですが」

「ああ、ライダー上級者の片手操作を目的にしてるからだ。加速と回転のし易さがウリなんだ。鐙は絶対踏み外すなよ」


言われなくてもそこは命に係わるので普段から気を付けてるので大丈夫です。

念のため落下防止の呪を自分にかけ、ふわりと飛び立たせる。白ウィルム君は、上昇しながら自ら風魔法を纏う。言われる前にそんなことが出来るとは驚きです。若いのに良く調教されているようですね。


ぐんぐん加速して、すぐに雲を突き抜ける。

まずはハックモアの感触を確かめようと、ゆっくりループを描いてみました。思った通り、ハミ付きに比べてその反応は鈍い。でもそのマイナス分は、鞍が乗り手の指示をハッキリ伝えてくれる事で補うことができています。なるほど、鞍の比較の為にこの頭絡だったらしい。


緩く傾けた翼の間から、運動場が小さく見える。

次にどうにでも行ける安定感と言う意味では従来の鞍の方が良いかもしれないが、武器を持って攻めに攻める竜騎士などにはこちらの方が良いのかもしれない。

 急制動をかけて墜ちてみる。途端に自分のバランスがとりにくくなりました。

危なそうなので地面すれすれでの浮上は諦めて、滑らかに立て直して上昇、背面飛びから捻ってループに入る。「おおおっ」というギャラリーの声援?を受けながら、更に捻る。これはスピードが乗ったからか、とてもやり易い。ウィルムの能力も申し分なく、久々に飛行を楽しみました。


 暫く色々試した後、ふんわり地上へ降り立った。

仁王立ちでずっと私達を見ていたジャンさんは、目を伏せてすまなそうにしていました。


「すまん、アンタのスタイルには合わなかったな」

「こちらこそすいません。凄く勉強になりました、ありがとうございます。でも確かに、この鞍は直接攻撃なさるかた向きですね」


恐らく、私の知り合いではオルフェーシュ師匠よりベルナーク様に向いているでしょうね。でも残念ながら相棒の黒龍ニドヘグフェル君には合わない気がします。……難しいですね。


「なかなか面白い飛び方を見せてもらったからな、新しいの作ったら乗せてやる。連絡先を寄越せ」

「ありがとうございます」


悩んでると思われたのか、ジャンさんからまた次回を約束いただけました。棚ボタらっきいです。

私は満面の笑みで魔石付きの名刺を渡しました。良い経験が出来ましたので、次こそは師匠にも見てもらいましょう。


 その後寄ってきた厩務員さん達と白ウィルム君の扱いについての話になりました。

彼はどうもハミを嫌っているらしく、それを補うためにデウグルのジャンさんに鞍でどうにか出来ないか相談したんだとか。ハミ無しなら、コレは絶妙な組み合わせでしたと感想を伝えましたよ。

彼は乗り手にも気を配れるタイプだったので、まぁ後は波長が合う主人が見つかると良いですね。


「良い経験をさせてくださいまして、ありがとうございました」

「幼体健診頑張ってくださいね〜」


皆さんに見送られながら牧場を後にしました。

……さ、次は何種がメインかな?リフレッシュした分、頑張ろう!




師弟通信にて

「アスラン、デウグルは如何でしたか?」

「師匠、後ろに退かないベルナーク様のような鞍でした」

「まぁ、貴女は相手に追わせる動きが中心ですからね。鞍も(ろく)も切り返しがし易いのでないと乗りにくいのでしょう?」

「……私、そんな逃げてますかね?」

「ほぼ」

「えー」

「では明日は逃げない飛び方をやってみましょうか」

「えー((((゜д゜;))))」


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