5.竜医の弟子の研修合宿
こんにちは、今日はカラ元気なアスランです。
昨日からクルージュ国アスタナで他の竜医のお弟子さん達となかよく研修合宿に出されてます。
「こんなちんちくりんは認めねぇぞ」
「……………別に貴方に認めて頂かなくても構わないんですけど……」
「だまれ人間がッ!」
目線が同じくらいの私へ傲慢に言い放つ青髪の彼は、もちろん竜人です。……まぁ、竜人以外の竜医は、私は師匠以外に見たこと無いんですけどね。
彼は、自己紹介の際私が「ケルマン国シィアンのオルフェーシュが弟子で、一応人間です(多分)」と言ったのが気に障ってしまったようで、初日から何かと絡んできてます。一日経った今も尖ったままの態度に、思わずため息を漏らしてしまいました。……でも、面と向かって言われ続けたら、溜め息をつきたくなるのは私だけじゃないですよね、多分。
それを見咎めた彼はまたがなりだそうとして、楽しそうな講師の声に阻まれました。
「はいはーい、そこの煩い二人は後でリッジテールの後肢の腱についてレポート10枚提出ネー」
「!?」
「なっ!!」
「あー、口答えするならルフの翼の進化による長所と難点についても5枚出してネー」
私と彼は無言で姿勢を正しました。
満足した講師は、引き続きリッジテールのププ草消化における解毒過程を説明しだしました。
そもそも、今何故こんな事になっているのかというと、竜医という職を確立したズメウが一定の能力を保つためと情報交換の場を定期的に設けようということが始まりなのです。ズメウ皇帝は、竜医を認めただけで野放しにしないようにした訳ですね。更新認可制みたいなものですよね、流石です。
まぁ彼らとしても大掛かりな討伐や救護などを依頼する際、竜医にもそれぞれの技量と得意分野を確認しておく必要があるからだろうから、その手続きは理解できなくもないのです。でも私にとって問題なのは、今年からは2年以上師事する弟子もそれの対象にしたらしい事なのだ。
私は一応師匠や担当だったベルナーク様からは裏では一人前の許可を貰ってはいたのだが、未だに師匠と行動を共にしているので表向き弟子扱いのままだった。なので、本当は助手の作業を行っているかどうか位の弟子入りしたての彼らとは違うと思いたいのだが……どうやら隣の席の彼、シューガル君15歳はそんな私がだいぶ気に入らなかったらしいのだ。
そんな隣の席のイライラを気にしていたら、午前の講義が終わってしまいました。
時間も少ないことだし、急いで資料を纏めてお昼に繰り出そうとしたら、シューガル君に引きとめられてしまいました。
「オイ」
「……何でしょう」
「リッジの腱についてって何書けば良いんだ?」
彼はどうしたいのでしょう?私と同じように書けば絶対やり直しになると思うのに、あえての敵情視察でしょうか。
「一般的な事を一通り書けば十分に10枚越えると思いますよ?」
「どっからだよ」
「好きな所から?」
そう言ったら、チッと舌打ちされました。座学嫌いなんですね、分かりますけど駄目ですよ。
うんうん頷いて、では、と部屋を出ようとしたら、彼は慌ててついて来ました。
「お前、あのオルフェーシュ様の弟子なんだってな?」
「あの、かどうか判りませんが、多分そうですね」
「なぁ、コレ終わったら俺の事推薦してくれよ」
「…………。」
この子は私の現状を知らないらしい。弟子が弟子を推薦するって何処の世界で普通なんでしょう?私には分かりませんけど。
「とりあえず研修を無事に終えてからじゃないですかね?」
「そっか、そだな。んじゃ飯行こう!こっちだ」
そう言うと、彼は私の返答も待たずに腕を引っ張って連行しました。
なーんか妙なのに懐かれたなぁと思いつつ、彼推薦のカフェで昼食を取ることになってしまいました。
バゲットサンドとホットミルクを手に席に着けば、彼は無邪気に棘のある質問を矢継ぎ早にしてくる。
「何年ついてんの?なんでそんな年いってんのにまだ弟子なの?」
「大体6年で診察自体は1年位ですけど………19は年ですか」
「えっホントに19?」
「それに、師が自分を超えるまで独り立ちは駄目だと言ってるんですけど」
「……一分野に区切っても一生無理じゃね?」
ねーちゃんやっぱ駄目だねーとかなんとか言いながら次々サンドを口にする彼を前に、私は精神的ダメージに負けてテーブルに突っ伏してしまいました。……まぁ自分でも薄々気づいてましたが、やっぱり師匠越えは無理ですよね。
という事は、私はいつまでたっても弟子の研修会から抜けることが出来ないという事でしょうか。ナンテコッタ。
ショックで食欲が失せた私は、バゲットサンドを物欲しげに見ていたシューガル君に与えて昼食を終える事となりました。
呆然としたまま、午後の研修です。
今日は、ようやく復興されたアスタナ王宮の竜舎が現場です。
街の整備を主に進めているためか土木作業が得意な地竜が大半ですが、何かあった時の為の魔法を使える陸竜系に、治癒が出来るジラント種が多数控えていました。
アスラン様は実技は結構ですよと講師役の竜医の方に言われたのですが、明日までやる事も無いので見学させてもらえるようお願いしました。何が勉強になるか判りませんしね。
ロックドラゴンの竜房で始まった講義を房の入り口でぼやっと見ていたら、陰からひょっこりベルナーク様が現れて、名を呼んできました。
お忍びっぽい王弟の登場に皆がざわめいたものの、彼は講師に断りを入れてさっさと私を借り出す話を付けてしましました。その際に「身体が鈍ってるからちょっと訓練するつもり」なんぞと言ったがために、急きょ講義から野生種狩りに参加するためのライダー指導へと変化したのは彼の人徳でしょうか。……ホント迷惑極まりない能力ですね。
「それで?何故私が実演参加になるんでしょうか?」
「この中で俺の全力を防げる防御魔法が出来るのはお前くらいだろう?」
「いくらフェル君を借りても全力は無理です。3割以下でお願いします」
「良い心意気だナ。魔力切れまで付き合えや。フェルニゲシュ、アスランをフォローしろよ」
ベルナーク様は自身の赤毛を掻きあげて楽しそうに腕を回しながら真紅のドラゴンに跨ります。
私はフェル君に鼻を寄せられて仕方なく手綱を取りましたが、先程まで一緒に講義を受けていた竜医の卵さん達の視線が痛くてたまらない。特にシューガル君の眼が殺気立ってる気がしてたまりません。
あ、良く考えればこれは野生種の中でも上位種にあたる黒龍であるフェル君ことフェルゲニシュに対する視線か。人に仕えられる気性の野生種は少ないですしね。
「クゥ……」
「大丈夫ですよ、ありがとう」
昔に比べると私に対してだいぶ温和な対応をするようになったフェル君の声に、苦笑で答えた私はちょっと吹っ切れたらしい。
「うん。ベルナーク様をぎゃふんと言わせて、休暇をもぎ取って氷原地帯に遊びに行きましょう」
「クォォゥッ」
ふわりと音もなく浮いたフェル君に飛び乗り、一直線に空へと飛び立つ。
「おおっ」という歓声を背に受けて、まずは加護付きの風魔法と物理防御をかけ、次いでフェル君にベルナーク様を囲うように雷魔法の魔法陣を展開させる。
「いきますっ!」という掛け声とともに陣を開かせると、白光が空を染め上げた。
次いでバリィ!!という引き裂くような音が響き細い静電気が空間を巡るが、それらに紛れて赤が地上方向に凄いスピードで墜ちる。いや、隙をついて逃げられました。
真っ直ぐ追いかけたら、どうやったのかその場で反転して正面に向かってきました。ベルナーク様は基本的に避けない人なので、慌ててすり抜けるように進路を変えますが、困ったことに合わせてきました。
「フェル君!」
フェル君は私の意図を読んで、ギリギリまで堪えて直前で空間を割いてその中に逃げ込む。
ベルナーク様達の後ろ側に設定された穴から出て、フェル君はすぐさま彼らに雷魔法を組み上げて放った。
フェル君の雷が彼らを追うが、それは爆発的に吹き出した炎に阻まれました。炎はそのまま私達に迫る。
「結!!」
びしりと囲うように四角く張った結界に、爆発を伴う炎は容赦なく襲いかかってきます。
結界を張ってしまうと術を解くまでその場から動けなくなってしまうのを、彼は知っている。なので、私たちは炎が治まったら即解いてここから逃げなければなりません。
じりじりと機会を窺っていたら、結界上部にザシッと何かが降り立ちました。
「どりゃ!!」
ギィン!という音に驚いて上を見上げると、炎に巻かれながらベルナーク様が剣を足元の結界に突き立てていました。まさかの物理攻撃です。
突きの衝撃で結界に亀裂がびしりと走り、そこから縦横にぱりぱりヒビが広がっていく。私はヒュッと息をのんで、フェル君の手綱を無意識に引いて逃げをうちました。
身体をひるがえす直前、ばりんと結界が砕けて消滅し、炎と共に彼がフェル君の上に落ちてきた。
フェル君と共に後ろを振り返るが、私はパニックのあまり彼をどう排除すべきか思いつかない。
「コレは無理ーーーっ!」
「チェックメイ―――」
「グァウッ!!」
どんっという衝撃音と共に、ベルナーク様が斜め上方向、上手い具合に真紅の竜がいる方向へ弾き飛ばされていきました。
……フェル君の重力魔法でした。とっさに効果範囲と威力、方向を正確に指定した彼の能力の高さにも驚く。
オルフェーシュ師匠にも見せてあげたかった。流石の師匠もコレを見てたら合格を出してくれるでしょう、素晴らしい。
ベルナーク様は近くにいた真紅の竜を呼び寄せて、背に戻っていました。
状況が元に戻ったのを見て、私は急いでフェル君を地上へ誘導する。
ここで講師であった竜医の方も止めて下さったので、今回はここまでとなりました。
もう私としては、精神的に疲れたので終わりにしてもらって助かりましたが、ベルナーク様はだいぶ物足りないようでしたね。いや、でも、もう十分でしょうに。どんだけ戦闘好きなんだ。
地上に戻って早々、お弟子さん達にさっきは何をやったのか、何があったのかを細かく説明させられました。初めは目をキラキラさせていたシューガル君ですが、殆どの魔法がフェル君で私は風魔法だけだったと聞いて幻滅したようです。話が進むにつれ段々残念なモノを見るような目になっていったのは悲しかったです……。
そういえば、フェル君にかけていた補助魔法については、お弟子さん達は誰も気付いていなかったようなので触れませんでした。でも、後で講師をしていた竜医の方には賞賛とアレンジ案を幾つかいただけたので、演習も無駄じゃなかったと思えましたよ。良かったよかった。
「いや、俺めちゃくちゃ不満」
「師匠に言っときますから、もう次はそっちにお願いします。ここに参加させられた半人前の私を研修に集中させてください」
「ちっ」
……でももう弟子の研修の会からは逃げたいので、後で師匠に相談に乗ってもらいましょう。
それと、竜医の方の研修内容についても先にしっかり教えてもらいましょうか。……ああ、でもその前にリッジの後肢の腱について書かなきゃだった……。
ベルナーク様の不満タラタラな愚痴に適当に相槌を打ちながら、私は明日までに提出しなければならないレポートに頭を悩ませるのでした。