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4.古代竜の護りは偉大なものでした(反省)


…………これはどうしたもんだろうか。


竜房で、痩せて飢えたように目をぎらつかせるドラゴンやウィルム、クエレベレ達を横目に悩んでしまいました。

体調を確認しようにも、探る為の魔力を流すと全身を巡る前に胃の辺りで全て吸収されてしまうのです。それは症状のあるどの子でも同じでした。

念のために調べた体調が悪くないと言われたドレイクやワイバーンなどは、魔力も普通に流れるうえ全くの問題なしでした。種的な病気にしては全種的なようで、そうでもない。例えば陸竜系で発症したドラゴンと発症しないドレイクのように、同系統であっても発症していない種もある。私にはだいぶ訳が解りませんでした。


「アスラン様、何か分かりましたか?」

「……すいません、私が今までに見たことも聞いた事も無い症例ですので、師匠にも連絡を取ってみます」


今日の私は、以前渡した名刺の魔石から「竜達が、食欲はあるのに痩せてきて魔法を使わなくなった。診て欲しい」という連絡を受け、ケルマン国内ではシィアンから最も遠いマルカ領の竜舎へ来ています。

マルカ領の竜舎にいる竜は100頭ほど。癒種を除いて各種豊富に揃っており、健康な状態なら人に寄り添う竜種の見本市のような所でした。

 オルフェーシュ師匠はこの前まで竜人ズメウのベルナーク様の依頼で外出しておりました。昨日遅くにようやく帰ってこられたようなので、何事も無ければ事後報告だけで休みの予定になっていた筈です。

仕事から解放されてガッツリ飲んだために今朝は二日酔いでダウンしていた師匠ですが、シィアンの竜医の名に関わる緊急事態なので呼び出してしまいましょう。

私は、早速召喚珠を手に空の竜房へ走り込みました。


「………で。解らないから呼んだと」

「すいませんすいません。本当に申し訳ありません」


青灰色の目を半眼にして、いつになく不機嫌な師匠です。二日酔いに苦しんでいたらしく、今の今までベッドに潰れていたらしい。いつもは一つに括られている麗しい銀髪も寝乱れてますしね。

それでも、召喚の強制力に抗ってきちんと着替えてから現れるあたりは流石師匠です。

 召喚珠の引き込み力には瞬間で召喚と同等以上の魔力を放出して抵抗しないとなので、発動されたら私なんかでは瞬き程度も逆らえないんですよ。


あまりの不機嫌さに、そっと師匠へ試作品の二日酔い用炭酸ジュースをお渡しました。それから「失礼します」と声をかけて、背中から肝臓のある辺りに手を触れて、解毒を試みる。そのまま全身の血管の微細な炎症を探り出して抑えてみました。

ためらうことなく炭酸ジュースを一気に飲み干した師匠は不思議な顔をしています。


「アスラン、貴女は何処に干渉してこの不快感を消したんですか?」

「ええと、肝臓と血管です。後は水分と糖分補給ですね。炭酸は気分です」

「後で解毒の過程とコレのレシピを教えてください」

「了解です」

「ありがとうございます」


師匠は知らない事に関してとても貪欲に学びにきます。それは相手がたとえ年下であっても弟子であっても極端ですが子供であっても教えを乞えるし礼も言えるのですよ。探究心というか何というか、凄いですよね。

身を整えた師匠と竜房から出て、発症していると思われる竜とその隣の症状のない竜の前に連れていきました。側には心配そうな厩舎長が待っていたので軽く挨拶して説明し、師匠に早速ウィルムを診てもらう。

暫くで眉根に皺をよせ、師匠が竜房から出てきました。


「……発症しなかっただけで、おそらく初期は全頭罹患(りかん)だったでしょうね。それで?貴女の方では何が判っているんでしょうか」

「ええと……」


解っている事を箇条書きにしたメモを取り出し、説明する。聞き終えた師匠は、目を瞑って大きくため息をつきました。そのまま説明も無しに持ってきた仕事鞄を開け、色々と取り出していました。


「一頭試してみましょう。アスラン、この竜房全体を強めの物理と魔道の結界で覆って下さい。地面もですよ」

「ハイ!」


共に目の前のウィルムの竜房に入って、加護付き札を使って順に覆う。その間に師匠は魔力水を作り、その中に何かの液体を溶かし込みました。弱っているウィルムが頭をもたげたところで口を開かせ、その水を流し込んで飲ませている。


「さて……。結構暴れると思うのでちゃんと避けてくださいね」

「え」


私が何か言う前に、目をカッと見開いたウィルムがぐっと顎を引きました。

グォウ、と鳴いたと思ったら、翼をバタバタさせて苦しみだす。竜房に居た私達にはたまりません。ブンと振られた尻尾を咄嗟に結界を張って弾いたものの、魔法まで発現しだして段々激しくなる動きに恐怖した私は、結界で竜本人の空間を狭めることにしました。ちなみに師匠は無防備に竜房に立ってますが、問題なく避けているので全く心配がありません。毎度のことながらすごい身体能力です。

しばらくで、えぐっえぐっとえずき出したウィルムに、師匠は仕上げとばかりに彼の胃の上辺りに手を当てて魔力水を誘導する。すると、ウィルムは勢いよくゲエェッ!と太くて長い何かを吐きだしました。


長さが私の身長の1.5倍、太さが私の二の腕ほどあるミミズのようなそれは、青白くぬめっており例えようもなく不気味な生物です。

地面をぬらぬらのたのたしていましたが、ふいにムクリと頭……らしき部分を上げると、師匠に向かってかっぱり蛇のように口を開けて攻撃してきました。しかし冷静な師匠は華麗にすっと避けると、逆に短剣でそれを地面に縫いとめました。


「こ………これ……」

「寄生虫、でしょうね」


気持ち悪さに言葉も身動きもとれなくなった私ですが、師匠は違いました。縫いとめた短剣とは別のナイフを出したと思ったら、奴の身体を切り裂きました。地面にびやーー……っと薄紫の体液が大量に流れ出る。ひぃっ。

下にも結界が張ってあるから液体は地面に吸い込まれる事はないはずなのですが、何故か液体が薄れてが少なくなっています。私は思わず手を伸ばして液に触れてみた。


「……あれ?」

「アスラン」

「師匠、これ、魔力?ですか?」


手に付いた体液も、すっと蒸発していく。気が付いたら、ミミズの本体もしおしおと皮だけになっていました。


「魔力のある種に対して寄生して孵化、成長する虫なんでしょうね」

「うげ……」


少なくとも、実物はおろか聞いた事も今まで見せてもらってた本にも無い例だったはずだ。

原因になった物も調べる必要があるのかと思うと、ちょっとげんなりしますね……。


「初めて見たんですけど、何故こんなモノが出てきたんでしょう?」

「アスラン、これは恐らく『古代竜の護り』が薄れた結果だと思いますよ」

「え?」

「彼らの力による護りの範囲が、我々の思っていたよりも幅広かったという事でしょうね」

「……うっ」


結界を解き竜房の外に出て、一息つく。例のブツを吐きだしたウィルムは、不快感が消えたのかすっきりした様子でごくごくと水を飲んでいました。

「見てください」と師匠は虚空に魔法陣を描き、その中に無造作に手を突っ込むと一冊の本を引き出しました。はらはらと捲られるページと表紙は、パッと見でも古代神聖語です。解読が必要な古書に、頭が痛くなってきた気がするのは気のせいじゃないと思う。


「これが怪しいでしょうね」

「…………寄生虫、ですか」


そのページには、先ほど見たミミズがのたくったような生物が描かれておりました。

魔力のある生物に寄生するとあったので、付くのは竜種とは限られてないらしい。怖っ。

師匠は私の上から本を眺めて、ため息をついています。


「………催吐(さいと)薬、足りなさそうですね」

「ウチにある分だけでは無理ですね。メル姐さんに在庫あるか聞いてみます」

「ではその間に厩舎長に話を聞いてきますね」


私たちは手分けして今回の件にあたることになりました。

師匠が竜舎を離れた後、私は魔石を通じてメル姐さんことメリュジーヌ嬢に連絡を付けたところ、面倒くさがった彼女は催吐剤の原液の瓶だけを転送してきました。昔以上に存在を隠す必要が無くなったらしい彼女は、惜しげもなく膨大な魔力を使って楽をしているようですね。羨ましい。


厩舎長と共に戻ってきた師匠は、私に付いてくるよう言いスタスタと水場へと歩いていきました。

話しによると、ここの竜舎は井戸からの汲み上げで賄っており基本はここを利用するのだそうですが、今週は井戸の点検の為普段使わない別の水場を利用していたらしい。

念のためと師匠は井戸の水を汲んで器にサンプルを取り、次いで案内された今回使用の普段使われない泉の水も同じく採取しました。


「アスラン、見てください」


師匠は水面ぎりぎりに手をかざして、そこへ魔力を流す。何の構成もされてない魔力が水面をゆらゆらたゆたって消えていく様を何とはなしに眺めていると、ボウフラの様な何かが大量に集まってきました。


「し、師匠………」

「本当に、どこに眠ってたんでしょうね。早めに『護り』の範疇を調整した方が良さそうですよ」


師匠が魔力を断って手を振る。残滓を巡って水面のボウフラもどきが活性化していました。

私は長いトングの様な物を使って触らないように何匹か瓶の中に入れて封をした。ちなみに、瓶に普段にないほど結界魔法を重ね掛けしているのは内緒だ。


師匠は今一度水面に手をかざすと、何らかの水魔法らしきものを泉全体まで浸透させました。

ふんわりと輝く水面を眺めていたら、ボウフラもどきがまた師匠の手を目指して集まる。

目に見える範囲がざわざわする水面に、頬が引きつります。何かの話で聞いたものなのでうろ覚えですが、人は足の多い生き物か足の無い生き物、どちらも受け入れられる人は結構少ないらしい。私はどうやら足の無い生き物を生理的に受け付けないらしい。鳥肌の立つ二の腕をひたすらゴシゴシしてしまいました。


集まるボウフラに眉をひそめた師匠は、ぶつぶつと何か古代神聖語の術を呟く。フォンっと水面に風が走ったと思ったら、ジュワッという何かが蒸発したような音がして、一瞬にしてボウフラが消えました。

師匠の術は特殊だと知ってはいますが、久々に見たコレは恐ろしく鮮やかでした。

試しに水面ギリギリに手をかざして魔力を水に流してみても、殲滅したのでしょう、ボウフラは寄ってきません。


「師匠。今の、何の術が基本なんでしょうか?」

「先ほどの本を暫くお貸ししますので、精進してください」


にっこり微笑まれて拒否されました。自力で組み上げろという事です。……ああ懐かしい、いつも通りすぎ。

帰りがけ、師匠は厩舎長に先程のボウフラについて注意点を伝え、更に念のため厩務員さん達の状態も確認しようという事になりました。竜舎に着いたら私は催吐薬の準備、師匠は厩務員さん達の確認作業に没頭することになる。


 それからの3日間、私はひたすら結界を張って結界を張って結界を張りまくりました。

直接催吐薬を飲ませて寄生虫を退治する師匠ほどやることも身体を張る事も多くないのですが、とにかく頭数がね……。

まぁ何度も魔力が枯渇する事態になったお陰で、魔力を節約できる魔防結界をいくつか作りだすことが出来ましたよ。出来るようになったからといっても、魔力残量はカツカツだし、疲労困憊ですけどね。


「さ、帰ったらクルージュへ急いで報告書をあげて『古代竜の護り』の確認ですね」

「あ……明日じゃ駄目ですかね……」

「貴女が第2のマルカ竜舎を診たいならそうしましょう」

「急いで帰るべきですねっ!すぐムーちゃん呼びます!!」



その後、ボロボロの身体に鞭打って、報告書の自分の分を仕上げたところで昏倒してしまったのは仕方がないと思いたい。色々反省点の多い往診騒動でした、トホホ……。



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