2.師匠と私の日常 中
二人でルフに乗り、王都アスリーを目指す。
常時発動型の試作品の魔具も順調で、ルフは矢のような速度で飛び、王都アスリーまで普段の半分以下の時間で着きました。
ふんわりと王宮騎士団の運動場へ降りたのですが、地に足が付いた瞬間、風が渦巻いてぶありと吹き荒れ、出迎えに出てきていた騎士たちを吹き飛ばしてしまいました。私は慌てて飛びおり、ルフの足に付けた魔具を急いで外すと、風はぴたりと止んだ。
「派手な登場でしたな!オルフェーシュ殿、アスラン殿、お久しぶりです」
「先ほどは失礼致しました。ベリル団長もお元気そうで何よりです」
「相変わらず魔具の開発に余念がないですな」
「弟子の好きなようにさせてはいますが、なかなか巧くいきませんね」
「はっ!相変わらず厳しい」
団長様が笑いながら師匠と握手を交わします。
その間に団員の方が私が持つルフの手綱を受け取り、待機してくださいました。
「ベリル団長、今日の飛竜隊の相手はアスランにやらせます。宜しいですか?」
「ほぅ。……怪我では済みませんぞ?」
「あれでも自慢の弟子です。一刻以内に竜か人、どちらでも擦り傷1か所につき『竜殺し』一本、賭けますよ」
なんと、師匠は自身の大好きな幻のお酒を賭けてきました。信頼という名の重いプレッシャーが一気に圧し掛かってきます。言葉こそ一切挟みませんが、私の顔色が良くない事は団長はお見通しのようですね。
とりあえず、深呼吸して急いで頭の中で必要な魔具と札の枚数と手持ちを確認しました。
「私も参加しても?」
「もちろん、魔法も長槍も使用して頂いて結構ですよ」
「30対1だが?」
「ええ。私が相手よりは可能性が高いでしょう?」
師匠がにっこりと不敵にほほ笑めば、団長がニヤリとしました。
ああ、やっぱ今日は大変な日になりそうだ。私は荷物を用意するフリをしながら深い溜息をついたのでした。
「おう!アスラン殿に傷を付けられた奴は金一封と3日の休暇をくれてやる!やるぞっ!!」
「オオオッ!!!」
何やらめちゃくちゃご褒美が嬉しいらしく、選抜された30人の騎士たちの士気がやたら高い。
団長自身も自分の2倍以上ある長槍と魔具で補助された愛竜のドラゴンを連れて、やる気満々だ。
騎士達の身体には、ちょっと長めのタスキがかかっている。私の修行は、全員のそれを取れという事らしい。ちなみに騎士たちは普通に私らを撃ち落してオッケーらしい。……何この酷いハンデ戦。
「師匠……私には何かご褒美無いんですか?」
「貴女も休暇で良いですか?」
「いや、できたら違うものをお願いします」
「考えておきましょう」
淡々とした私達を見て、彼らは勝利を諦めていると思ったらしい。誰がやるかとライバル間で舌戦を繰り広げておりました。
ルフに魔具を取り付け、加護付き補助魔法を重ね掛けする。彼の眼に好奇心と信頼が乗ったのを確認して、するりと跨った。
「では、はじめ」
師匠の静かな声に合わせて、普段の数倍に増幅させた風魔法を解き放って飛び立った。
◇
かなりな勢いで飛び立ったアスランに気を取られていた騎士のうち数人は、知らぬ間に体に巻き付いた風の刃にタスキを刻まれた。しかし、攻撃魔法というには余りにも威力が弱すぎたため、すぐにはそれに気付かなかったらしい。
「灰色のワイバーンの君とその隣の君、青のルフの大弓の君、失格」
「ええっ!?………あああっ!!」
オルフェーシュの淡々とした声に、名指された騎士たちはガックリした。
慌てて飛び立つ他の騎士らは、上空高い所から勢いをつけてすり抜けてきたアスランの起こした風にバランスを崩す。その隙に、彼女の風魔法がタスキだけを綺麗に切り裂いていた。
再び上昇した彼女を捉えようと騎士たちは連携して魔法や飛び道具で包囲網を作るが、普通にはあり得ないルフの動きによってそれが完成する前に逃げられていた。
アスランの風魔法は威力こそ弱いが、使用場面や加減の巧みさで彼女に匹敵する者はそういない。自分の居ぬ間に更に魔法は洗練されたようだと、はらはらと落ちてくるタスキの残骸を見てオルフェーシュは知らず笑みを浮かべていた。
「すげぇな。あのルフはどこのなんだ?ウチに欲しい位だ」
「東の国境の砦から借りてきてます。でもあれは弟子の補助魔法でかなり強化されていますね」
「だよなぁー。……竜医の補助魔法、こえぇな。飛竜があんな動きするなんて反則だろ」
「竜医の魔法の系統は、現体系の物ともまた違いますからね。数はおりませんし制約もありますから、人の争いに加担することはほぼ無いとは思いますが………」
「まぁどうだろうな。アイツらも国作っちまったしな、陛下もぼやいてたぞー」
早々に彼女に狙われて全力で追う前に部下達の影からタスキを刻まれて失格したベリル団長は、上を見ながらぼやく。オルフェーシュはそんなベリルをちらりと見た後、上空で翻って魔法を躱した弟子を見て「左が甘いな」と呟いた。
「恐らく……先程お伝えした未確認の竜の件からの予測ではありますが。この先竜達は、対国というよりは対大陸で対策を練ることになると思いますよ」
「オルフェーシュ殿………この前のクシュの魔物はそっちから来たものなのか?」
「違うとも言い切れないですが、この大陸の出身ではないという意味では似たようなものでしょうね」
ベリルがそれはどういう事だと聞く前に、上空の最後の部下たちのタスキが刻まれて空に舞った。
「ししょーー!」
落ちてきたのかと見まごうばかりのスピードでルフを駆りながらも最後はふんわり地に着いたアスランに、二人は苦笑する。項垂れる騎士団の面々をよそに、彼女は上機嫌でルフの全身を確認し、治癒して団員に渡してからオルフェーシュに駆け寄った。
「師匠っ!さっき思いつきました、この前作成されていた精神補助の魔具、下さいッ!」
アスランの言う精神補助具とは、魔法を使う際の精神統一を補助できるかもしれない魔具だ。
魔法は様々な要因で出力できる加減が変わる。特に精神面の強さが求められる場面で、補助の有無で変わる事もあるのを肌で感じたらしく危機意識を持っていたようだ。弟子の精神面の成長に、オルフェーシュは無意識に口元をほころばせた。
「いいでしょう。明日までに貴女に合わせて調整しておきますね」
「やはっ。ありがとうございます」
ウハウハ言いながらぺこりと一礼する彼女からは、さっきまでの覇気は感じられない。
先のクシュ国トアレグの一件では共に戦ったベリルであったが、未だ常の彼女とアレは結びつかないでいた。
「団長様も、ドラゴンちゃんがまだやる気になってない所に不意打ちしてすいませんでした」
「あー、お前そこ見てたのか。どうりで……」
「空中からであの数に囲まれたら、私では逃げられませんから」
30の飛竜が飛び立つ中で、後半になる程調子が良くなる持久力のあるタイプの竜種が先に脱落していたのには訳があったらしい。なるほど、演習の始め方にも工夫が必要だったかとベリルは反省した。
「ではこれから、先ほどの反省を交えて各人の苦手を克服していただきましょう」
「……え?」
「何班かに分けますので、それぞれ訓練してください。……ベリル団長、アスラン」
オルフェーシュはベリルとアスランを呼ぶと、戦々恐々とする騎士たちを指さし細々と指示する。
ひとしきり指示を受けた彼女が騎士たちを5つに組み分け、ベリルが訓練内容を伝えた。
「さぁ皆さん。『竜殺し』はもう賭けませんが、2戦目の動きには期待してますよ?」
オルフェーシュが不敵に微笑んだ。