1.師匠と私の日常 上
こんにちは、ご無沙汰しております。相変わらずのシィアン在住、ひよっこ竜医のアスランです。
まぁ半年ほど前は波乱万丈色々ありましたが、今はもう落ち着いていつも通りの生活を送ってます。
あ、師匠の居る日常の方ですよ。世間的に平和です、平和なんですよ、これでも。
さてさて。オルフェーシュ師匠が帰ってきてからの私達の最近の朝は、術式の確認から始まります。
師匠に指示された術を繰り出し、時にその効果を身をもって確かめさせられる。
今日は私の苦手としている火力系を試すようです。
私の術式は、師匠が今は使われない古代神聖語を読み解いたものがベースです。治癒術と結界術がコレなのですが、それ以外に現体系魔法の風と水の術が使えます。攻撃系は全くセンスが無いらしく、生活魔法程度しか出来ません……ちなみに、火が一番酷くて煙も出せません。
それは、この世界を保護する各種古代竜の加護を貰った今ですら、蝋燭の火を灯せる程度なんです。
何となく読めると思いますが、師匠は現体系魔法も万能です。魔力でこの世界に名を馳せている竜種、黒竜に魔力勝負をして騎竜の誓いをたてられた位なんですよ。
ま、それらの話は追々触れるとして……師匠が訝しげにしているので現実に帰りましょう、術式の確認です。
私はどうにも火性とは相性が悪いらしく、赤の古代竜の加護を貰った今ですら思うように引き出せません。
「風精霊の補助を入れるか火炎鳥を召喚してからやってみましょう」
「ハイ」
言われるままに陣を描いて火炎鳥さんを喚び、札に念を込めて風を強める木気の加護を引き出す。青く染まった札を頭上に掲げると、肩に乗せた火炎鳥さんがクエェェェ!と鳴いて力を開放した。
それに合わせて風精霊の補助も組み込んだ術壁を開放すると、ゴウッとうなりを上げた3メートル四方位の炎の壁が立ち上がりました。
「水よ」
「防いでくださいっ」
「…………見た目だけでしたね。」
水の塊がばしゃりと壁に当たり、ものの見事に掻き消えました。中に居た私もびしょ濡れです。
火炎鳥さんは水がかかる直前に還しましたよ。危なかったです。
「やっぱり火性は諦めた方が良いかもしれませんね」
「やっぱり師匠もそう思いますか………」
他の術ではありえない失敗具合に、流石の師匠も眉間を揉んで思案顔です。
とりあえず、今日のところはびしょびしょになってしまったので終了となりました。
シャワーを浴びて着替えたら、朝食の用意です。今日はベーコンエッグと野菜スープで楽をさせてもらいました。
「アスラン、髪が乾いておりません」
「あ、すいません」
師匠が、私の後ろに一本に括った髪に手を伸ばす。ふわりと暖気を伴った何かが水分を飛ばしたのを感じました。髪の乱れが無いので、風系では無いようです。
「……今のはどう構成すると出来るんですか?」
「水気だけに干渉するんです」
「水気だけ……」
「必要量を残して大気に散らせました」
更に尋ねると絶対にややこしい話になるので「ありがとうございました」と話を切りました。
師匠は研究者気質なので、「どうやるんですか?」なんて食事前に質問すると大変危険なのです。ご飯は温かいうちに食べるのが一番ですしね。
「いただきます」
「いただきまーす」
黙々と、ではなく食べながらお互いの本日の予定を確認します。
「先日連絡のありましたアスリーの王宮騎士団から飛竜隊の演習指導が入ってます。あと、先程魔石による連絡で、オフラスの商館の方がドラゴンの怪我を診て欲しいとありました」
「飛竜隊の主力は何?」
「ワイバーンだそうです」
「それなら貴女も連れて行った方が良いですね。ハーウッドからルフ1頭を借りられるよう手配しておいてください。私は先にオフラスへ行ってきます。怪我は何処と?」
「前肢と翼に裂傷と聞きました。以前お渡しした止血札を3枚使用しているそうです」
「では直ぐにでも参りますと伝えて。反応石をここに用意しといて下さい。戻り次第アスリーへ向かいましょう」
「了解しました」
食器を下げながら、ふと確認が必要だったことを一つ思い出しました。
道具を確認している師匠に慌てて尋ねました。
「すいません。そろそろタブリーズとパールサでゲイビアルの雛分けがあるんですが、同じ週になりそうと手紙を貰いました。どちらを取りますか?」
「数を聞いておいてください。多い方を私が、少ない方を貴女が担当としましょう」
「え?バラバラですか?」
「私が不在の間も行っていたのでしょう?相手も出来ていると思ったからまた依頼が来たのです。大丈夫、いってらっしゃい」
「う……ハイ」
これ以上言うと更に大変になりそうなので、この辺で引き下がることにしました。
オフラスの商館の魔石を追える反応石をテーブルに用意し、自分の身支度を整えます。師匠が戻ってくる前にハーヴの所を行き来しないといけません。結構大変です。
「師匠、先に出ますね!」
「ええ。行ってらっしゃい」
ポチを呼び出しバッグを括り付け、颯爽と走り出します。
ハーヴの勤務する砦までは、けもの道しかありません。……隣家のハーウッド氏は鳥人族なだけあって空が飛べるので、その辺の制約が無いのが羨ましい限りですね。
まぁでもポチが駆ける道は、クー・シーである彼の能力により木や草が全く邪魔にならないのが救いです。
最短距離で砦の前の広場まで来たら、今日は演習の日だったらしく多様な飛竜種が空を舞っていました。
入り口に進むと、いつもの愉快な団員さん達だったので、顔パスで中へ入れてもらう。建物に入る前にポチは遁甲したため、私は一人でそのまま運動場まで向かいました。
ドアを開けると、地上では対人戦の訓練も行っていたらしく、そこここで気合の入った声やら剣戟が聞こえていました。
「こんにちはー!シィアンの竜医、アスランです。ハーウッドはおりますかー?」
入ってすぐの辺りに居た方に話しかけた所、すぐににこやかな団長さんがいらっしゃいました。
「やあ久しぶりだね。ついでに救護班の手伝いをしてくれると嬉しいんだけど、どうだい?」
「団長様お久しぶりです。この前は大変お世話になりました。今日は午後から師匠とアスリーの王宮騎士団の所に行かないといけないので、すみませんがちょっと手伝えそうにありません」
そうかぁと残念そうに言われてしまいましたが、ルフの手配の件をお願いしたら、用意できるまでの暫くの間に数頭だけでも手伝ってと竜舎に連れていかれました。
打撲の子と鞍ずれの子、翼を捻った子を診て治していたら、ハーヴが灰茶色のルフを連れてやってきました。
ルフという竜種は、飛竜種の中でも翼が発達しているのが特徴です。前肢が翼を形成しており、後肢はそれほど発達しておらず歩くのは苦手。尾は短いが、蝙蝠のように翻るような予想外の動きが得意である。
「アスラン、ちょっと体が小さいんだが、ウチで一番小回りが利く。お前ならコイツで充分だろ?」
「ハーヴ、ありがとうございます。頑張ってここの部署の宣伝をしてきますね」
「………いや、それ止めといて。中央に良い奴ら引き抜かれると困るから」
彼が本気で困った顔をしていたので、止める事にしました。
礼を言ってルフを受け取り、飛越場から飛び立つ。
団長たちからも見えるところで、くるりと一ひねりして見せると歓声が上がりました。皆さんノリの良いのは大変結構ですが、演習ではみなさん普通にコレやってるでしょうに。
ちょっと不思議に思えたけど、気にせずシィアンに帰りました。
空を飛ぶと解りますが、シィアンまでははっきり言って一瞬です。障害物が無いってホント早いですよね。
家が見えたので高度を下げると、師匠がこちらを見上げておりました。待たせていたみたいだったので、慌てて地上へ降ります。
「師匠!遅くなりました」
「大丈夫ですよ。少し早いですが、昼をとってから参りましょう」
そう言うと、師匠はオフラスで買ったと思われる軽食の包みを出して家に入ってしまいました。
私は、まずは借りたルフを厩舎へ入れて休ませてから、家に入る。
リビングでは師匠が野菜スープの残りを温めてよそってくれていました。
お礼を言ってテーブルにつく。
「商館のドラゴンの裂傷ですが、夕刻、コム国との国境を越えて暫くの当たりで野生のドラゴンに追われたのだと言っていましたよ」
「野生の、ですか?」
「特徴を聞くに、どうも野生種では無いようなのですが……体格はそのドラゴン種の2倍はあったと言っていましたね。今日ちょうど王宮騎士団の元に行く事も話したのでそちらへは私が報告することになりました。判断によっては私達も偵察を依頼されると思います」
「ではムーちゃんの召喚石も持っていきますか?」
「念のため、そうして下さい」
師匠が考え込むように慎重な意見を言う時は、結構大事になる場合が多いので私も自然と身が引き締まります。まだ試作中だけど、飛竜種用に開発した魔具も持っていくことにしよう……。
その後は黙々と食事を終え、万全の戦闘態勢を整えてから家を出ました。