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8.魔石を持った竜、現る


その日は珍しく何も予定のない一日でした。

恒例の朝の訓練も終え、自由時間になった私は午前中はムーちゃんと空の散歩兼山菜採取に繰り出す気でいました。師匠は資料漁りだそうです。……半日で片づけられる程度の散らかし具合で済む事を願ってます。

万全の支度をして冬の終わりの澄んだ空を駆けるムーちゃんと私の隣には、何故かだらけた飛び方をするハーウッドの姿がありました。連日の巡回で疲れているのにムーちゃんに乗らないのは、自力で飛ばないと酔うからだそうです。鳥人族も案外不便ですね。


「それにしても、滅多に休みの無いハーヴまで来なくても、私はいつも余分に取ってきてるでしょうに」

「俺はお袋に行けって言われりゃ行くしかねぇの。今更だし、追及すんな」

「まぁ良いですけどね。この辺から散策したいと思いますので降りますよー」

「了解」


山奥ではありますが、降下できる位の少し開けたところに降りる。

地面では既にポチが待機しておりました。彼はホント忠犬ですね。

ムーちゃんは私を降ろすだけで、飛び立っていってしまいました。彼女もお休みなので基本自由にしていますが、ポチに手伝ってもらって転移をしないところをみると、今日は自宅の厩舎へ戻るつもりなのでしょうね。白い影が空の彼方に消えたのを確かめてから、奥へと歩き出した。


「お前いつもこんなトコまで来てるのか……」

「山菜はもっと下の方でも良いんですけど、ついでに薬草も探すつもりでいるとここまで来ないと無いんですよ」


周りをキョロキョロ物珍しそうに見回すハーヴに、この辺りは幻覚を見せる花が多い事を伝えます。

彼もその花自体は知っているので大丈夫だと思いますが、幻覚で自身を別の物に見せたりしておびき寄せる事もあるなかなか策士な花なので、注意が必要なのです。ただ、その花は独特の香りを発しているため存在を見つけるのは容易なのだ。

ポチの鞍の両サイドに籠を取り付け、早速散策開始です。早速倒木に群生するキノコ類を発見しました。


「幸先良いですね~」

「オイオイ、毒物とそうでないのは籠分けろよ」

「ああ、そうですね。失礼しました、ではこっちの赤枠が毒物で」


ポチの向かって右側の赤枠の籠に毒物を、左側に大丈夫な物をポイポイ放り込む。

籠自体は師匠の魔法で空間拡張されているのでそうそう溢れる事はない。ハーヴもそれを知っているので、しばし二人とも無言で採取に励んだのでした。


一刻ほど経った頃だろうか、岩場が現れはじめ段々森を抜けてきており、今日はずいぶんと奥まで来たなぁと自分でも思っていた頃、幻覚花の香りを嗅ぎつけました。立ち止まってよくよく周りを観察すると、少し離れた岩場にとても策士な幻覚花を見つける。

花の癖に、陸竜種を真似ている。額に輝く蒼い石をあしらっている感じがまた微妙な演出だが、それより残念なことは、目も蒼だった事だ。惜しい。


「ハーヴ、凄いですよ。花が竜種を真似てます」

「……は?」


少し離れた所にいたハーヴが寄ってきました。そうして何気なく花を見て……イキナリ私を抱えて飛び立ちました。高度を上げて方向を定めると、翼に風魔法を纏わせ思いきり羽ばたく。

あらら~?と呑気にハーヴの横顔を見ていた私は、後ろを振り返ってギョッとする。

バキバキと背の高い木をへし折りながら、額に魔石をいだく竜が追ってきているではありませんか。


「……花も進化すれば飛べるんですかね!?」

「アレはどうみても例の竜だろ!このままじゃ逃げ切れねぇから早く補助しろッ!」


慌てて風魔法を唱え出した私ですが、我に返って加護付き防御魔法に切り替えた。

間一髪、展開された防御魔法に濃い密度の魔力の込められた炎が叩きつけられる。


「ちっ!」


あの短時間では魔法と物理のどちらも完全に防ぎきれず、きりもみ状態になって地上に叩きつけられそうになるが、そこは並みの戦士では無いハーヴです。お互いが転がる程度にどうにか力を殺してくれました。


「なんも武器がねぇのが痛いな……」

「とりあえず、師匠呼びます。これでちょっと時間を稼いでください」


胸のポケットからいくつか魔石の飾りを出して渡す。石に魔力を当てて破壊すると、内包する攻撃魔法が展開する仕組みの物だ。

以前ハーヴには説明してあったが、確認のため彼の目を見たら了解とばかりに肯かれて飛び立ってしまいました。

私は腰のポシェットから手のひら大の簡易魔法陣用紙を取り出して広げ、代償に使う魔石をバラバラと撒く。印を組んで詠唱を始める頃、ハーヴは一個目の飾りを竜へ投げつけ風魔法でそれを斬りつけていた。


バリバリバリッ!っという激しい音と共に、紫電の輝きが竜に絡む。メル姐さんが入れてくれた雷魔法だ。

しかし、それは竜の雄叫びと共に砕け散ってしまった。名乗りたてとはいえ、仮にも古代竜を名乗る黒竜ヴィエントの魔法だ、普通の竜種には破壊すら出来ない。それを雄叫びひとつで破ったのだ。

ぞくりと背筋に冷たい汗を感じつつ、術に精神を集中し直す。

ハーヴが派手な空中戦へ持ち込んだその時、ようやく召喚術が完成する。


「開!師匠ッ魔石の竜ですよ!!」


魔法陣がぱあっと虹色の光を放った。


そして……………師匠お気に入りの椅子が現れました。


「……椅子!?」


何という事でしょう。私の魔力では1日1回が限度の召喚の術で、師匠では無くてその椅子を呼び出すとは。

慌てて術式を確認するが、間違いはない。とすると、師匠がこの術を解析して呼び出しを阻止したのだ。そうとしか思えない。最近呼びまくってたから対策を練られたようです、ナンテコッタ。


「畜生っ!アスラン、もうねぇぞ!」


竜はこちらの攻撃に相当激怒してしまったらしく、逃げる気どころか我々を殺す気満々になっていました。

最後の飾りを竜へ放って打ち抜いたハーヴが焦りの声をあげるが、さっきので大半の魔力を使い切った私も同じくらい焦ってることに彼は気づいていないでしょうね。飾りからムーちゃんの氷焉魔法陣が複数展開されたのを見て、ちょっと正気に返りました。魔力が殆ど必要無いムーちゃんの呼び出しを思いつき、首元の水晶ネックレスに魔力を送り込む。


ポウっと輝く水晶の光か、溜め込まれた魔力が解放される力の流れを感知したのか、竜がこちらへ頭を巡らす。奴はすうっと大きく息を吸い込んで、何らかのブレスの体制を取りました。やばい、防御呪文が間に合わない。

ゴウッとうなりをあげて迫る炎が、目前まで迫る。が、それは私の直前で左右に割れて流れました。流れる熱で煽られた髪がちりちりと焼け焦げるぐらいの、ギリギリの距離だった。


「間に合いましたね」


憎たらしくなるくらい涼しげな声が聞こえ、手元にぽとりと魔力回復薬が落ちてきました。

驚いて周りを見渡すと、ムーちゃんと共に師匠が居るではないですか。

師匠はそのままムーちゃんに乗り、大空へと飛び立つ。彼はハーヴへ槍を放ると竜を挟んで対角に回り、自身は剣の柄に手を添えて構えました。

囲まれているハズの魔石の竜は、二人を悠然と眺めどちらから潰そうか思案してるようでした。

いまのうちです。私は急いで魔力回復薬を呷った。


「さて。どうしましょう?」


師匠は開いている方の手で懐を探り、何か細長い銀の物を出して口に咥えました。人には聞こえない音域の音を発した笛に、ムーちゃんは耳を伏せて嫌そうに頭を下げましたが、竜は全く反応しません。

続いて投げた小袋も、ムーちゃんは追いたいようでしたが竜はさっと避けて気にするそぶりもありません。……おかしい。

師匠が思案する顔になりました。竜笛にも匂い袋にも、何の反応も示さない竜種は初めて見たからだと思います。


「ハーヴ、あれの背から採取してきます。気を引いてください」

「オルさん、無茶言わないでくださいっ」

「まぁどうにかなりますよ。アスランも援護に入ってくださいね」


何でもない事のように言い、師匠は竜の正面へ短剣を投げ魔法で爆破させる。そうして目を眩ませたと思ったらムーちゃんをその上空に舞わせ……師匠はそのまま竜の背に飛び移っていました。

乗り手のいなくなったムーちゃんは、滑空して私を掬いとりにきました。そのまま背へと乗せられる。

竜はギャアギャア暴れながらも師匠を落せず混乱しておりました。


「……オルさん、滅茶苦茶すぎる」

「気の向いた師匠はあんなもんです」


師匠の為に、竜の気を逸らす程度に私というかムーちゃんとハーヴが交互にちょっかいをかける。その間に師匠は、鱗、鬣、血などを手際よく採取していました。そうして、竜の首元、陸竜種なら秘孔ともいえる個所へ魔力を流した。

少しだけ動きの鈍った竜から必要な情報を得たのか、師匠はムーちゃんを呼び寄せ竜から離脱して私の後ろへ着地しました。


「師匠、討伐の方向で宜しいですか?」

「ええ、一気に畳みかけましょう。詠唱補助をお願いします」


言うなり師匠は右手を高く上げ、亜空間から一振りの長剣を取り出しました。黒い刀身……魔力狩りの剣(仮)です。仮名な理由は師匠が銘を打っていないからです。困りますよね。

それはともかく、それで私にも師匠の本気度合いが良く解ったので、加護付きで対象者の魔力増幅を願う呪から唱え始めました。こちらの様子を見ていたハーヴも雰囲気で察したのでしょう、彼自身も風魔法やら何やら仕掛けて竜の意識を逸らしはじめました。


私の呪が完成し、師匠を包み込むと魔力狩りの剣が禍々しい光を放つ。

竜も嫌な予感がしたのか、急ぎ逃げようとしましたが……時既に遅しです。ハーヴの風に、ムーちゃんの氷に押され、完全に足が止まった。

ガァァア!!と苛立ちを感じる威嚇の咆哮をあげた時には、師匠が彼の真正面へ飛び込んでいました。

師匠の剣が竜の額を貫くと思われた直後、とんでもない音が辺りに響きました。


ギキィィィン!……ピシビキッ!!


なんと竜の魔石と師匠の魔力狩りの剣(仮)が正面からぶつかったら、剣が折れたのです。

突きに行った師匠は剣の折れた反動と魔石から発された衝撃を殺しきれず、竜の頭から弾かれる様に落ちていきました。もちろん竜も無傷ではありません。立派な魔石に大きなひびが入り、小さな欠片がほろほろと落ちていた。

私はムーちゃんを必死で操り、地面に追突する前に師匠を巧く拾うことが出来た。

竜はゆるゆると羽ばたきを止めて墜落すると思いきや、眩く発光して消えてしまいました。


「……逃げましたね」

「師匠……剣折れちゃいましたね……」


緊張から解き放たれて追撃をする気になれない位疲れ切った私とハーヴを見て、師匠は地面へと戻るよう指示しました。

地に降りて、へたり込んだ私達を尻目に、師匠は折れた剣をそのまま亜空間へと送り返していました。……柄しかないのに、そのまんまで良いんですかね?まぁ私の考えてる事くらい師匠はお見通しだと思いますが。

それより気になるのは、竜の気配が全く無くなった事だ。あれほどの力のある竜だ、私程度の探知では長距離を2度飛ばれれば追う事は無理だろうけれど、一度目から追えないとは思わなかった。というか、あれは本当に竜種なのだろうか?疑問が湧く。

砕けた石の欠片たちを拾い上げ、指で直接それに触れていた師匠は、眉間に皺を寄せて何かを思案する顔をしていました。

ハーヴと二人で嫌な未来の予感を思い浮かべていたら、師匠に呼ばれた。


「ハーヴ、貴方は砦へ知らせて至急この地の調査をするようお願いしてください。何らかの痕跡が見つかる事を願います。アスラン、私はクルージュへ行ってきますのでしばらく留守を頼みます」

「了解です、えと、あの竜は……」

「媒介が治るまで暫くは現れないでしょうから大丈夫です」

「師匠、私も調査に参加して良いですか?」

「任せます」


師匠は、それだけ言うとムーちゃん共々転移の術で行ってしまいました。

残された私たちは、またしても顔を見合わせてしまいました。お互い色々諦めが肝心だという思いは、きっと共通でしょうね。


「師匠にムーちゃん連れてかれちゃいましたので、帰りの足、お願いします」

「……まぁ……しゃーねーよな」


私をぶら下げて砦まで飛ぶ事になったハーウッドの背中が、煤けて哀愁が漂ってるようなのは……気のせいだと思いたい。




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