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令嬢男子と乙女王子──幼馴染と転生したら性別が逆だった件──  作者: 恋蓮
第三部 【君と狂詩曲(ラプソディ)】
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◆96.悪魔のONIGIRI

 

「皆さん、このクラスの出し物に対する意見を……ボクも聞きたい……! ああ、聞きたいのだけれど……!」

「充様、落ち着いて。わたくしも同じ気持ちですわ」


 何処かの舞台に立っている俳優のように大袈裟な仕草で口惜しさを溢れさせながらそんな事を語っているのは、一組の美少年と美少女だ。

 一年三組に所属し、学級委員長の地位にいる栗花落(つゆり) (みつる)と、副委員長の水無瀬 妃沙である。

 そして今、悲痛っぽい台詞を吐きながらも二人の表情が笑いを噛み殺したものであることに、彼らの親友、遥 葵と颯野(さつの) 大輔はとっくに気付いていた。


「……おい大輔、充から何か聞いてる?」

「葵こそ、妃沙から聞いてねーのかよ?」


 見つめ合い、互いに顔をプルプル振る二人の間に、シュッとチョークが投げ込まれた!


「そこ! わたくしの目が黒いうちは自重というものを覚えた状態でいて頂きますわ!!」

「イヤ妃沙ちゃん!? それ、君が言うとなんだか多方面からツッコミが来そうな気がするよ……!?」


 二投目を構えた妃沙の腕をさりげなくホールドし、そんなことを言い放つ学級委員長にクラス全員がコクコクと頷いているのを、それでも妃沙は認めたくないようである。


「水無瀬 妃沙といえば自重の鏡ではないですか! わたくしは今、人目も憚らずイチャつこうとするバカップルに制裁を与えんとする正義の味方ですのよ!」

「イヤだから妃沙ちゃんの方がよっぽどだから!!」


 そう断言され、キョトン、と首を傾げる様は『可愛い』の一言で表現できないほどだ。

 水無瀬 妃沙と言えば、その愛らしい容姿で男子からの人気は当然の事ながらアイドル並みなのだけれど、その潔さだとか、誰に対しても態度を変えない誠実さだとかは特に女子からの支持が高い人物だ。そしてまた女子に対しては特に優しいという評判で、女子からの人気も高い。

 遥 葵に対する執着もまた有名ではあるので『親友』枠を狙う女子こそいないけれど、友達になれたらなぁ……という仄かな願いを抱くのは男子・女子共に大多数という人気者っぷりである。

 けれども、その気持ちを表に出せずにいるのは、妃沙が何処か不安定だと察している、それこそ幼等部からの人々の配慮があるからに違いない。

 当時の妃沙は知玲以外の存在をまるで信じていなかったし、それが少しずつ緩和してきた所でようやく葵という親友を得るに至り、何処か寂しそうだった妃沙が満開の笑顔を見せてくれるに至った経緯を知っている『幼馴染』と言っても遜色ない、古くからこの学園に通っている生徒達や知玲や莉仁(りひと)、そして最近、妃沙奪取レースに名乗りを上げ、妃沙からの覚えも久しい生徒会長・悠夜(ひさや)からのインプットにより、妃沙はこの学園で最も有名な存在となりつつある。

 半数とはいえ幼等部から今までの時間を同じ学園で過ごした者たちと、残りの半数からもその美貌への関心はとても高いのだ。

 もっとも、本人は容姿のことなどまるで気にしていない様子であり、それがまた好印象でもあるのだけれど。


「……まぁ、今日のところはこんな所にしておきましょう。大輔様、今度ゆっくりお話しましょうね?」


 ニコリと微笑む様は魔王もかくやといったものであったのだけれど、そこは龍之介(なかのひと)と違い絶世の美少女の妃沙だ、ポッと見惚れる生徒も多かった。

 だが、名指しされた大輔はヒュッと息を飲んで背筋を流れる冷や汗に寒さでも感じているのか、両腕を覆ってブルブルと震えている──もちろん、わざと。

 隣に座っている葵が爆笑していることからも見て取れるものである。

 そして委員長である充が、舞台役者さながらの声で朗々と言った。



「この文化祭、ボクら一年三組には生徒会からの出し物の要請が入っている。

 上役の決定に従うのはまことに遺憾だが……ボクとしてはこの決定に従いたいと思っている!」



 見つめ合い、コクン、と頷き合った充と妃沙。

 そして妃沙がチョークを取り、外見の割に無骨な字で黒板に大きく文字を書き散らした。



 ──『執事喫茶』、と。



 ───◇──◆──◆──◇───



「ちょっと待て! 何で執事限定なんだ!?」

「水無瀬ちゃんがいるんだぞ、ここはメイド喫茶だろう!?」

 ……そんな男子の雄叫びと。


「妃沙ちゃんのショタ執事……よきですわ……!!」

「運営は解っていらっしゃる……! そう、妃沙たんの本質はその内面にあり、ショタが醸し出す漢気こそが最大の魅力なのだと……!」

 ……そんな女子の咆哮で教室内が一瞬で沸き立っている。

 良く見れば、さっそく衣装についての考案を開始している手芸部の面々と、設定についてノートに書き散らす文芸部と楽譜に何やら書き落とす吹奏楽部の面々が印象的だ。

 ただ萌えるだけの男性陣に対し、その萌えを現実にすべしという女性陣の勇ましさは特筆すべきである。

 実際、この『萌え』で生まれた衣装やコンセプト、配役などは本当に素晴らしいものだったのである。



「充様、なんだか予想していた反応とは若干違いますけれど、飲食店の出店については概ね賛成して頂けているようですわね」

「……うん。ボクとしては否認して欲しかった所だけどね……。何しろ、出店要項は『一名は女装メイド』だし……」

「一応他の生徒にやりたい者がいるか()いてみますわね!」

「ありがと……まぁ、()いても無駄かな……たぶん」



 そうして妃沙がアンケートを取った、『女装メイドは誰がするか』は、満場一致で充に決まったのである。

 出すメニュー、接客係は誰がするのか、衣装はどうするのか、装飾は、設置家具は、言葉遣いはどうするのかというコンセプトに対し、クラスが一丸となって議論を交わしている。


「違いますわ!! 葵の魅力を最大限に引き立てるにはベストにリボンタイのみの上着のないスタイル以外あり得ませんわ!」


 と、執事喫茶のコンセプトと衣装についての議論に口を出すことになった妃沙もすっかり立場を忘れてその只中にいるようだ。


「喫茶だからって甘いものばかりじゃないと思うんだよ、ボクは!」

「俺は焼きそばこそ青春の味だと思うんだよなァー!」

 ……という男子達の叫び声が教室内を席巻している。

 そこに「ちょっと待って下さいまし、焼きそばより一緒に作るたこ焼きの方がグッと来ましてよ!!」と、副委員長が参加してしまった為に、こちらの議論もますますの盛り上がりを見せた。

 元々、女子たちの『萌え』はあまり理解出来ずにおり、口は出したものの「任せますわ」と、早々に離脱してしまった妃沙と、どんな衣装を着せられるのか興味があったから参加していただけの葵。

 彼女達にとっては衣装などという『みてくれ』より『食事』という生命活動の方がよっぽど重要だったのだ。これがいわゆる『花より団子』を地で行く女子の姿である。


「そんな露店めいたものよりもアタシ達にしか出来ないものを提供した方が盛り上がるだろ。執事目当てに来る客が多いなら共同作業とかも喜ばれるんじゃないか?」

「この国のソウルフードと言えば米ですわ! 執事が貴方の為だけに握るオニギリカフェなどいかがでしょうか! 不肖、水無瀬 妃沙、メシトモには一家言ございましてよ!!」


 妃沙のその発言にオォーと沸き立つ教室内。

 そして彼らはそのままの勢いでメニューについての討論を開始する。

 シャケ、梅、こんぶといった定番のものから、おかかチーズにスパム、煮玉子に天むすといった意見まで出て来て、なかなか決まりそうにない。

 しかもそれぞれが自分の推しおにぎりに多大な思い入れがある為に会議は紛糾する一方だ。この手の(ソウル)に寄った話題はこうなりがちなのだが、纏めるべき存在の妃沙も……そして充でさえも「美子が作ってくれる甘辛い味付けの肉巻に敵うものがある訳ないでしょ!?」なんて大興奮している状態だ。

 肉好きの充だ、その彼の為に最愛の彼女が作ったそれに敵うものがある訳がないし、誰もそれを否定などしていないのだが、どうやら充にとって至上のそれを周囲に認めさせたいと躍起になっているようである。

 恋は盲目かよ、と、少しだけ冷静を取り戻した妃沙。


「……そうですわ! こうしていても決まりそうにありませんし、お時間がございましたら皆様、食堂に参りません? わたくしに少し考えがありますの!」


 フフ、と悪戯を思い付いたような表情で微笑む美少女にNOと言える東珱人(とうえいじん)などいようはずもない。いつの時代、どんな場所でも『可愛いは正義』なのである。

 当の本人はそんな思惑はまるでなかったのだけれど、美少女であるのだから仕方がない。

 そしてその提案をした妃沙は、念の為にあの方に協力要請を送っておきましょうか、なんて言いながら携帯を手に取って、誰かにLIMEを送っているようである。


「妃沙、何を考え付いたの? 教えてよ」


 興味津々で妃沙の腕を取り、ワクワクとした表情で自分を見つめる葵の鼻をチョコン、と突いて、妃沙は言った。



「悪魔のおにぎり、ですわ!」



 ───◇──◆──◆──◇───



「待ってたよ妃沙!! 食堂のレディ達も文化祭の後、そのメニューを食堂で使わせてくれるならって快く承知してくれた。妃沙の愛情たっぷりおにぎりを食べられるって聞いて飛んで来たぜ!」



 とても良い笑顔で両手を拡げ、彼らを迎えてくれたのは、あろうことかこの学園の理事長である結城(ゆうき) 莉仁(りひと)であった。



「理事長、ご足労おかけして申し訳ありません。せめて精一杯の感謝の気持ちを込めておにぎりを作りますわね」

「愛情、だろ?」

「理事長の分にはワサビを大量に混入しておきますわ」

「何だよそれー!! 協力してって言うから来たのにィィーー!!」



 妃沙のおにぎりに興味を惹かれてやって来た面々は、突然の理事長の登場にも、親密なその様子にもポカーンとしている。

 なお、妃沙が何をするつもりなのかは知らないけれど、理事長と何だか交流があるらしい事は察している葵や充は通常運転で「あ、理事長、こんにちはー」なんて気軽に挨拶を交わしている。

 生徒達の中に入り込んで、気軽に相談出来る立場の近い理事長としてやっていこうと努力している莉仁としてはそのような態度は有り難いものであった。

 そしてまた、充や葵とは妃沙を通して交流があり、問題児対策会議がきっかけでLIMEのグループメンバーということもあって一般の生徒達より少し近い距離にいた。

 妃沙の親友である親衛隊長と学級委員長が理事長に気軽に声を掛けているのを見て、その他の生徒達も少しだけ緊張を解いたようである。

 もっとも、一番の要因は、副委員長という立場ではありながらも同級生である妃沙がまるで弟分にでも向けるような優しい眼差しを理事長に向けていたからなのだけれど……それは妃沙の特異な立場だからなので真似しないであげて頂きたい。


「食堂と食材をご提供頂けたことは本当に助かりますわ! おにぎりという、ごくごく身近な食材だからこそ親しみも思い入れも皆様、強くお持ちなのだと理解致しました。

 けれど、その全てを用意して提供するのは無理ですし、ここは『これぞ!』という一種類を用意して提供するのがベストだと思いますのよ。

 そしてそのメニューを、不肖、このわたくし、水無瀬 妃沙がプレゼンさせて頂きますわ!」


 強い決意を込めてそう言い、ニコリと微笑んだ妃沙の笑顔は眩しい程であった。


「三分お待ち下さいな! 材料があるのは理事長が確認して下さっているので後は混ぜるだけですわ! ……あ、そこの素敵なお姉さま、エプロンを貸して頂けます?」


 そう言って食堂の厨房に消えて一人で消えて行った妃沙。

 どうやらメニューを考案し、それを披露するつもりのようだが、三分でそれを提供するなんて可能なのかと一同が時々雑談を交わしながら待っていると、キッチリ三分後、おひつを持った妃沙が現れた。


「お待たせしましたわ。ご飯をご用意しましたので、執事役の方は握る練習も兼ねてご自分で握って下さいな。それ以外の方は是非、お気に入りの『執事』にお申し付け下さいまし」


 そんな事をいいながらラップの中におひつの中の材料を入れて手早くキュッキュッと握る妃沙。

 彼女が料理上手なのは比較的に広く知られた事実なのだけれど、主婦めいたその手際の良さには驚くよりほかない。


「マジでこの娘、嫁にしたい……」


 理事長が一同を代表して呟いてくれたので、周囲は男女関係なく一様にコクコクと光速で頷いている。

 あまりにその動きが速いので、将来は医者を目指している葵などは硬膜下血腫の心配してしまった程である。


「理事長、どうぞ。メニュー候補の『悪魔のおにぎり』ですわ。トッピングもアリかと思いまして、一つはノーマル、もう一つは味変をしてみましたのよ」


 食え、そして美味いと言えという無言の圧力が莉仁に襲いかかる。

 だが、莉仁は間違いなく妃沙お手製のこのおにぎりを食べる為にやって来ていたし、「食堂と残った食材の使用許可を今直ぐ取れ!」なんていう、生徒から理事長に送られて来たとは

 俄かには信じられないLIMEに動かされて尽力したし、この場にもいるのだ。妃沙の手料理を一番に食べる栄誉くらいあって当たり前だという態でおにぎりの一つを手に取る。


「……何コレ!? うっま!?」


 口にした瞬間、周囲に生徒がたくさんいる事すら気にする事が出来ない程に素の言葉を呟き、夢中で頬張ってしまう程の味を口内に残すおにぎり。

 どうやら中身は天かす、天つゆ、あおのりといった単純な素材で、だからこそ食堂にも残っていたのだろうけれど……それが白米に纏わり付いた一体感と言ったらない。

 どうやら妃沙は微かにゴマ油をまぶしたりゴマを混ぜ込んでみたりしているようで、本当にいつまででも食べられそうな程のベストマッチなのだ。

 しかも、あっと言う間に完食してしまった一つ目の隣に鎮座していた二つ目と来たら、なんとチーズが混ぜ込まれている。

 これはこれで豊潤さを加え、しかもそこには微量の大葉を混ぜ込んでいるらしく、コッテリの中にもサッパリが上手く融合していて食べ易いことこの上ない。


「……ちょ、妃沙!? これヤバすぎるだろ。文化祭で出店するレベルじゃないぞ! コンビニ業界にプレゼンしたら巨万の富が得られるおにぎりだぞ!」

「お褒めにあずかり恐縮ですわ、理事長。ご飯に天かすを混ぜておりますし、女子にはあまり好評を得られないかもしれませんけれど、大葉やチーズといったものとも相性が良さそうですし、

 目の前で執事が自分の好みにカスタマイズして握ってくれるおにぎりが美味しくないはずがないと思いますのよ。

 さぁ、皆様! 土台のご飯はご用意致しましたので、ご自分で握るも良し、執事役に頼むも良し、試食して下さいな!!」


 妃沙の号令を聞き、一同がワァァとおひつの前に殺到する。

 まずは執事役の彼らがその味を確かめ、納得した所で握る練習と称してクラスメイトに振る舞う立場に廻る。

 なお、妃沙はある程度の反応を得られて満足したのか、莉仁を連れて裏に引っ込んでそのトッピングについて検討を始めてしまったので、妃沙ファンの人々が彼女に握って貰う機会は逸してしまっていた。

 だが、そうでなければ妃沙に人が集中してしまってバランスが取れなくなっていただろうから、それは不幸中の幸いと言えたかもしれない。


「おにぎりって以外と難しいんだな……」と、葵。料理が得意ではない彼女が握るおにぎりは総じて歪で大きくて、けれど味はバツグンの彼女ならではの出来であった。

「枝豆とチーズとか、昆布と大葉とか、組み合わせは色々ありそうだね……あ、いらっしゃい! キミはボクからどんな味が欲しい?」と、研究と仕事を完璧にこなす充。


 ……そしてその奥の厨房では。



「いいから食えって! じゃなきゃ実験にならねぇだろ!!」


 そう言いながら、何故だか真っ赤になる程に唐辛子がまぶされたおにぎりを莉仁の口に押し込もうとする妃沙(シェフ)と。


「ボクちんもうお腹いっぱいだおーーーー!!」


 そんな残念な言葉を吐きながら妃沙の攻撃を交わそうとする理事長という……あまり人様に見せられない光景が繰り広げられていたのである。

◆今日の龍之介さん◆


龍「ほら、食えよ、莉仁! その為だけに呼んだんだから!」

莉「……あのさぁ、俺の肩書知ってる?」

龍「残念なオッサンだろ? あとまぁ一応、俺の素の言葉が聞こえてるらしいな」

莉「何その評価! なら公衆の面前でも親しみを込めて莉仁って呼んでくれよ!」

龍「それはまぁ……俺の意思じゃどうしようもねぇし……」

莉「りーたんでもいいお!」

龍「絶対呼ぶかボケェッ!!」


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