◆95.野獣のココロに火を点けて。
「ですからッ! それは『タケノコ』でも『ツチノコ』でもなく『タケ』だと散々申し上げておりますでしょう!?」
「ネーミングなんかどうだって良いだろう!? 大事なのはその中身と結果だ! 実際、今のままじゃ人間はおろかタケノコ一本移動させられないんだぞ!」
「タケノコ運搬にこの世紀の発明を使用しようだなんて考えていないのですから当たり前ですわッ! 良いですか、わたくしはあくまで! 人間の! 空中遊泳を視野に入れた研究をしているのですわッ!!」
「いきなり人間を飛ばそうなんて想定をするから何も出来なくなっているんだろう!? 少しずつ改良していかないと、危険極まりないものが出来た所で発表は出来ないんだぞ!!」
侃々諤々の議論が交わされる室内。
長身でキリリとした目元の美形生徒会長に対し、小柄で、やや釣り目ではあるものの愛くるしい大きな瞳の美少女が食ってかかる様は初見の人が見ればギョッと息を飲んでしまうものだろう。
だが、室内にいる人々は慣れたもので、黒髪に紫の瞳を持つ涼やかな美貌の青年、日本人形のような黒髪と灰色の瞳が印象的な美少女、そしてそんな彼女にチラチラと視線を送りながら書類を見ている銀髪のイケメン、言い合いをしている彼らをまるっと無視して目の前のパソコンに何事かを打ち込み続けている淡い水色の髪が印象的な少女めいた美貌を誇る少年。
それぞれ、鳳上学園副会長、東條 知玲、会計、月島 咲絢、書記、真乃 銀平、そしてもう一人の会計である玖波 聖であった。
そして一歩も引かぬ様相で睨み合っているのは、この学園の生徒会長である久能 悠夜と、一般生徒である水無瀬 妃沙である。
ここは鳳上学園が誇る生徒会役員が集う生徒会室。
ビロード張りのソファーだとかやたらと大きな会議机だとかはないけれど、一人一人に一流メーカーのデスクと人間工学に基づいて作られた椅子が宛がわれている執務スペースのほか、会長席には本物の木で造られたデスクとヘッドレストの付いた他の役員に比べれば豪華なメッシュチェアが設置されており、
その前ににゲスト用に用意されたこれまた座り心地の良さそうなメッシュチェアにちょこん、とその小柄な身体を収めた金髪の美少女がズイ、と顔を寄せて彼に意見を言っているのである。
「だからッ! お前の発想は見事だと思うし発表することはやぶさかではないと言っているだろう! だが、この調子では人間を浮かす事は出来なさそうだからせめてタケノコかぬいぐるみを使ってその原理の説明をしろと言っている!」
「無機物を浮かせてキャッキャする研究などしておりませんわッ! 文化祭までに結果を出すと申し上げておりますでしょう! それに、他人様を実験台になどしませんわ! わたくしが自ら飛んで成果を上げると言っているのです!」
「お前みたいなチビが浮いたからって万人に効果があるとは言えないだろう! それに、生徒会長としては、お前も生徒の一人である以上、危険がある演目に許可は出せん!」
「ですからッ! 危険などないと何度申し上げればご理解頂けるのですか、生徒会長!! わたくしの実験なのですもの、わたくしが体現しなければ意味がないではありませんかッ!!」
知玲ですらあまり詰めたことのない程の距離で顔を突き合わせ、バチバチという火花の音が聞こえそうな程に険しい表情で睨み合う二人。
「……正直、どーでも良いよな……」
「……さすがの僕も銀平の意見に賛成だよ……」
「……うるさい……」
それぞれ、銀平、知玲、聖の呟きをよそに、独り黙々と仕事を完遂せんとする咲絢の精神力は察して余りあるものである。
生徒会には無関係である筈の妃沙がこの場にいるのにはもちろん理由がある。
現在、鳳上学園高等部は来るべき文化祭に向けて各部、各クラス共に準備に余念がなかった。
特に、この場で優れた発表をして知名度を上げたい文化部はそれはもう必死で、緘口令が敷かれている為にその発表内容は生徒会役員と部員達くらいしか知らないという状況だ。
妃沙の所属する魔法研究部も文化部に所属はしているのだけれど、今年はとある理由で早々に新入部員の入部を打ち切ってしまった為に来年に向けて価値のある発表で存在感を示したい所なのだが、いかんせん、今年の新入部員の一人である水無瀬 妃沙──我らが残念な主人公の主張ときたら破天荒過ぎて現実味がまるでなかったのだ。
曰く、竹トンボめいた道具で人を空に舞わせるだとか。
異空間に通じる扉を顕現させるだとか。
浴びるだけで大きさが変わる光を放つ懐中電灯の開発だとか。
もちろん、妃沙の着想としては未来型ロボットのそれなのだけれど、いかに魔法という力が存在するこの世界でもそれは突飛過ぎる発想であった。
入部当初からその実用性について討論は交わして来たのだけれど、いざ人前に出すという段になり、その安全性について魔法研究部の部長で学園の生徒会長である悠夜が異を唱えたのである。
その開発は悠夜との研究であると思っていた妃沙としては突然の離反に納得出来ず、部室内でアツい討論を交わし、そこでは納まりきらずに「仕事があるから」と言ってここに移動してきた悠夜に纏わりついて来た次第だ。
だが、生徒会役員の中でも、副会長である知玲は妃沙に夢中であったし、聖も銀平も知らない仲ではない。
唯一、彼女との関わりが殆どない咲絢に至っては妃沙のみならず他のどんな存在にも無関心であったので大した影響はなかった。
「体育館の舞台とは言いませんわ! せめて部室内での発表を許可して下さいまし!」
「駄目だ! せめて俺が浮くくらいの効果がある研究を用意しろ! お前が怪我なんかしたら……後が色々面倒臭いんだよ……」
ハァ、と盛大な溜め息を吐く悠夜。
今、妃沙は引くという言葉を何処かに投げ捨てて来た人物であったので非常に強情で、そして期限を設ける事で自分を追い込もうという腹づもりであったので、一切の妥協を排した面倒臭い人物になり下がっていた。
「……条件を提示して下さいません? わたくしに出来る事なら何でも致しますわ!」
そんな不穏な言葉を発した妃沙。
ハッと反応した知玲が言葉を打ち消す前に、優秀な生徒会長はクイ、と妃沙の顎を取って言ったのである。
「……へぇ? なら、俺に一日デート券をくれよ。莉仁も知玲も尾行は絶対禁止で、俺と二人でデート。これ以外の条件は認めない」
「よろしくてよ!!」
アーーッと絶望に満ちた知玲の声が室内に響き渡る。
銀平がポン、と、その肩に手を置き、ドンマイ、と声をかけるも知玲の絶望は計り知れないものだ。
「……たかが部活の発表内容で……くっだらない」
「玖波君、珍しく同じ感想を抱いた事を報告しておきます」
全く別の意味合いながらもドヤ顔の悠夜と妃沙、絶望に打ちのめされた知玲、そしてそれを心底憐れんでいる銀平。
そして、全く表情を変えずに仕事を続けている咲絢と聖という、生徒会室は何だかカオスな状況になっていたのである。
───◇──◆──◆──◇───
とりあえず部室に戻ろうと促され、妃沙が悠夜と共に魔法研究部の部室に戻って来たのはそれからしばらく後のこと。
生徒会室にいた所で結論は出そうになかったし、他のメンバーにも迷惑だと判断した悠夜の誘導によるものだが、妃沙としてもその認識はあったので素直に従うことにしたようだ。
「入部して間もないんだから、そんなに焦って結果を出さなくても良いだろう。下手な発表をして、恥をかくのはお前の方なんだぞ」
「失敗は成功の母と申しますでしょう? 挑戦することを止めてしまっては何の成果も得られないのですわ!」
まったくお前は、と、悠夜が溜め息を吐いたところで部室に到着したようである。
相変わらずギャンギャン言い合いながら中に入ると、文化祭を目前にした時期だからなのか、いつもはほとんど人のいない室内には何名かの部員が訪れていた。
妃沙は兼部もしていなかったし、悠夜のように生徒会役員という面倒な役割もなかったのでここには比較的頻繁に足を踏み入れており、その際に知り合った先輩も何名かいるようだ。
「ごきげんよう」「やぁ、水無瀬さん、研究は順調?」なんて会話を交わしながら、悠夜に連れられて彼が研究しているという『天空水晶』の前にやって来る。
水晶のようなその球体の中に様々な天候条件を作り出し、雷や霧、雨や虹なんていうものをその発生する過程から観察することの出来る、大変に面白いものだ。
体験入部の時にも見せてもらい、それから何度か悠夜とも激論を交わしながら精度を高めて行った、こちらも妃沙にとってとても興味深いものとなっている。
「なぁ、妃沙。その『タケノコプター』なる研究にはもう少しじっくり時間をかけたらどうだ? お前だって中途半端な状態でお披露目するのは嫌だろう?
差し当たって、俺の研究成果であるこの天空水晶も、理想とする完成にはもう少し時間がかかるから文化祭までには無理だけど、発表対象として遜色ない成果を生み出しているから今年はこれを共同研究ということで出品しないか?」
その言葉に妃沙の心がグラリと揺れる。
確かに、人体を浮上させるほどの研究成果を残り少なくなった文化祭までの期間で完成させるのはちょっと難しいかな、と彼女も思っていたのだ。
だが、それを公に認めるのは少しだけバツが悪かったので、片眉をピクリと上げ、ついと視線を反らして悠夜に告げる。
「あら、まぁ。生徒会長自ら懇願されては致し方がございませんわねぇ! けれど、わたしくの研究よりご自身の研究に協力しろだなんて、少し横暴ではございませんこと?」
そんな妃沙の表情に、悠夜がプッと吹きだす。
まったく、このカワイ子ちゃんは素直なんだか強情なんだかわかんねぇな、と、改めてその中身に興味を抱く悠夜。
そしてまた、この子に惹かれてしょうがないのは見た目だけじゃなくて、こんな素直な気性なんだろうな、と実感する。
彼に言い寄ってくる女子はもちろん、家族も友人も、どこか取り繕っているような人達の中でずっと息苦しさを感じていたのに、彼女といると全くそれを感じないよな、と。
奇しくもそれは彼の親戚である莉仁が妃沙に感じているものと酷似していた。
……もっとも、妃沙の内面と外見の性別が違うんじゃないかとほぼ確信している莉仁と、そこまで妃沙について詳しくない悠夜ではその意味合いはだいぶ違っていたのだけれど。
「了承、と受け取っても良いな。それじゃ、デートの約束は完成記念の打ち上げに切り替えるとするか」
「それでしたら、知玲様にも手伝って頂きましょうよ! 『気』の魔法を使える知玲様の協力を得られれば研究がますます捗りますわ!」
その言葉に、今まで楽しそうに議論を交わしていた悠夜の表情が一瞬にして曇るのを、妃沙は不思議そうな表情で見つめている。
だが悠夜は「まぁ、仕方ないか」と何処か自己完結して、寂しそうな笑顔を妃沙に向けて言った。
「俺はこの道具を『誰でも使える物』にしたいと思ってる。知玲の『気』の魔法は確かに便利だし、未だ研究もされてないから想像次第でどんな使い方も出来る……ある意味チートだよな。
この研究にも魔力を使っている時点で万人向きじゃないって言われるかもしれないが、少なくとも知玲の特別な力に頼るのは何か違うなと思う。
まぁ、俺が目指しているのは魔力がない人間にも使える道具な訳だから、その原理や動力に知玲の力を借りられたら、確かに完成に近付くんだろうけどな……」
何処となく拗ねたようなその物言いに、今現在の身体は年上とはいえ精神年齢的にはだいぶ年上である妃沙は、案の定とでも言うべきかアニキっぷりを発揮するに至る。
知玲あたりがいたら「いい加減にして」と言われそうなそれはもう、妃沙の一部なのだから仕方がないのである。
「自分の力で完成させたいと思うのは当然ですわ。わたくしなら手駒として使っても罪悪感はないけれど、知玲様となればそれは別ですものね」
「……イヤ、そういう意味じゃ……」
焦って訂正しようとする悠夜の手を取り、ニコリと微笑む妃沙。
「良いのです。わたくしのことなど踏み台にして世間に名乗り出て下さいませ! 男子たるもの、そのくらいの気概を持たずして何としますか!」
両手を握られ、キラキラとした瞳でそんな事を言われて嬉しく思わない男子などいようものか。
ましてや、海外生活が長かった悠夜は同年代の優秀な男子生徒のことなど知らずにおり、この国、東珱は魔法研究と優秀な人材を輩出することにおいては世界有数の国家なのだ。
海外で羽を伸ばして自由な生活を満喫していたのに、それを奪われてこの国にやって来てみれば周囲は莉仁や知玲といった自分より優秀な人材ばかり。
その上、自分なりに自慢であった容姿ですら、自分と同等かそれ以上のものを持つ者も多くて、ヤケクソになっていた時期も確かにあったのだ。
気を取り直してそのカリスマ性を発揮させればなるほど、これはこの国でも通用すると解り今に至るのだけれど……無理しているな、とか、まるで裸の王様だとか、日々感じていたのである。
そんな彼に自分を使って成り上がれと囁く、優秀で容姿はドストライク、その上自分をも凌駕する漢気を発揮する少女にハマるなという方が無理である。
「……お前、なんなの? 俺を煽ってどうしたいの? 人タラシもいい加減にしないと残酷だぜ……だが……」
ありがとな、と、人の目のある部室内で妃沙を抱きしめ、あまつさえだいぶ身長差のあるが故にそこしか見えなかった頭頂部にチュ、とキスを落とす悠夜。
当然、部内の人間はヒュッと息を……飲みはしなかった。どうやら悠夜のそれも、妃沙に対するスキンシップにも悪い意味で慣れてしまっているようである。
「元気になって良かったですわ、久能先輩! 実はわたくしも、知玲様の力を借りずにこの研究を成し遂げることに深い意味を感じておりますのよ!」
知玲の力を借りたくないと言い切るこの美少女は、その言葉に含まれた意味など考えてはいまい。
そして、それを聞かされた相手がどんな気持ちになるのかも。
ましてや相手は、以前に「絶対に口説き落とす」と宣言した相手であるのにも関わらず、だ。
悠夜はこの時、自分より優秀であると認めざるを得なかった莉仁や知玲が何故この少女に夢中なのか、そして何故あんなに苦戦しているのかを悟った気がした。
そしてそこに……見つけたのだ、『唯一の勝機』を。
見た所、家庭環境に振り回され、自分を磨く事に尽力して来たが故に女の口説き方を知らない様子である両者。そこにチャンスは……きっとある。
だがここは、真面目に実験に取り組むことが好印象に繋がるだろうという判断は大正解だったのである。
「妃沙、この研究を昇華させるのに力を貸してくれ。お前の力しか借りたくないんだ……!」
一瞬にして妃沙のツボを突く台詞を見極め、真顔で告げることの出来る絶対的俺様、久能 悠夜。
知玲と莉仁にとっては実に嫌な恋敵の爆誕であったのだが……
「ええ、やりましょう、久能先輩!!」
──我らが残念な主人公にとっては、志を同じくする同志が一人増えたに過ぎなかったのである。
◆今日の龍之介さん◆
龍「あんなことが出来たら良いな~♪」
悠「何だ、歌なんか歌ってずいぶんとご機嫌だな、お姫様? それ何の歌?」
龍「ネズミが大嫌いなネコ型のロボットを称える歌だぜ!」
悠「ふぅん? 俺はまだこの国の文化に詳しくないから知らないけど、面白い設定があるんだな」
知「あー、ハイハイ、二人とも! これ以上はアブないからこの話はお終いにしようね!!」




