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令嬢男子と乙女王子──幼馴染と転生したら性別が逆だった件──  作者: 恋蓮
第三部 【君と狂詩曲(ラプソディ)】
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◆81.SUSHIを食らえ!

 

 ひとしきり水族館を堪能した莉仁(りひと)と妃沙は出口から出て、そろそろご飯でも食べようかと相談をしていた。



「……え? 莉仁おまえ、回転寿司行ったことねぇの?」

「イヤイヤ、良家のお嬢様の妃沙が行った事がある事の方が驚きだよ。寿司は職人がカウンターで握るか、綺麗に盛られて提供されるものだろ?」



 何処の金持ちだよ、なんて言いながら、ふと、そう言えば『水無瀬 妃沙』としては回転寿司なんてほとんど行ったことないな、と思い至る。

 数回の経験は、同じく回転寿司に行ったことのない葵や充、大輔達と何事も経験だと突撃訪問したりだとか、前世通りに気軽に寿司を楽しみたいよね、と知玲とこっそり行ってみたりした程度だ。

 世界に名だたる企業へと成長中の『ミナセ・ホールディングス』の息女たる妃沙の環境はとても恵まれたものだ。

 贅沢な衣食住だけでなく、自分に惜しみなく愛情を注いでくれる両親に対しても、今ではもう前世の親よりも深い感謝を感じているくらいだ。

 だが、同じく名門と言われている家に生まれ、何不自由なく暮らしている知玲とは、それこそ本当に稀に、前世の自由な生活も良かったよな、と話すこともあった。

 これは妃沙自身も気付いていないことだが、愚痴にも似たそんな言葉を彼女が呟くのは決まって『今世(いま)』の生活に少し疲れている時だと察していた知玲。

 なので、そんな時は前世では気軽に訪れることが出来ていたファストフードやゲームセンターや……それこそ回転寿司に妃沙を連れ出して息抜きをさせてくれていた。

 そして妃沙も、そうやって前世(まえ)のままの君で良いよ、と甘やかされる度に自分を取り戻していたのである。

 職人が握った寿司や綺麗に盛られた寿司は回転寿司とは比べものにならないくらい美味しかったし妃沙も大好きなのだけれど、回転寿司には回転寿司なりの良さがあると妃沙は思っている。



「……よし、行くぞ、回転寿司。っつーか高校生のデートコースのフィールドワークとやらにそんな気取った店はあり得ねェだろ? 莉仁、お前に回転寿司の素晴らしさを教えてやらぁ!」



 フンス、と意気込みも新たに妃沙が拳を握る。

 前世では母子家庭であったので、回転寿司とはいえ寿司はご馳走で、連れて行って貰える時は決まって母親の機嫌が良かったり良いオトコを落とせそうな雰囲気の時であったりしたので『龍之介』にとっては回転寿司は幸せな記憶の象徴なのである。

 ……もっとも、そう考えると、突然に命を散らしてしまい、また突然に母親を孤独(ひとり)にしてしまった罪悪感に(さいな)まれることになってしまうので普段はあまり考えないようにしている。

 それでも思い出してしまった時は元・母親の派手な恋愛遍歴を思い出し、自分というコブがいなくなったことで更に自由恋愛を楽しんでいるに違いないと思い込むことにしていた。

 贖罪や後悔が消えるワケではないし、一人息子を亡くした彼女の心情を思いやらないなんて傲慢な心は少しもないのだけれど……そう切り替えなければ、過去に囚われ、また『現実』に疑問を抱いてしまいそうだったから。


「いやいや、妃沙、回転寿司の何たるかはまた次回で良いよ。水族館で水棲生物を見た後に寿司ってなんだか背徳的な気がするし……」

「だったら余計に今日の昼飯は寿司だな! 自分が口にする食材には須らく命があるんだってこと、改めて感謝しながら食いやがれ」


 ニカッと微笑む妃沙の笑顔はいっそ清々しいほどの男前っぷりである。

 どうやら、自分にも相手にも素の言葉が聞こえているらしい莉仁と一緒にいると『水無瀬 妃沙』よりも『綾瀬 龍之介』の意識が強くなるようだ。

 だがもちろん、内面的な変化は外見にはまるで影響がないので、今、そこにはきらきらしい笑顔を浮かべる美少女が顕現しているだけであった。


「……まったく。君には敵わないな。その潔さは何処から来るんだよ?」

「空腹からだな。腹が減っては戦が出来ねェからなー!」


 アハハ、と笑いながらスマホを取り出し、近くの回転寿司屋を検索し始める妃沙の横顔を眺める莉仁の表情もとても幸せそうであった。

 本当は、せっかくのデートなのだからもっとお洒落な店で食事を楽しもうだとか、生きた魚達を見た後に寿司を食らうという行為に何処か躊躇いも感じていたりだとか、複雑な心情も、あるにはあるのだけれど。


「あったぞ、莉仁! すげーデカい店舗(ハコ)だし並ばなくても入れそうだぜ!」


 心底楽しそうな笑顔を浮かべ、携帯の画面をズイ、と自分に突き出して来る美少女──莉仁の『好きな人』。

 そんな存在に抗うなんていう選択肢を彼は持っていなかった。

 ましてや今日、彼はデートのつもりでここに来ていて、彼女もまた、はちきれそうな笑顔を振りまく程に楽しんでくれているのは肌で感じているのである。

 寿司は大好きだし、回転寿司という新境地に興味があるのは確かだったので、莉仁は破顔して言った。


「楽しそうだな! 妃沙、言っておくけど俺、回転寿司の作法は知らないから教えてくれよ?」

「バーカ! 回転寿司に作法なんてねぇよ。流れて来る寿司に注目して、食べたいと思った物を素早くレーンから奪い去って食うだけだ。難しく考えてると楽しめねーぞ!」


 ほら行くぞと、珍しく彼女の方から手を取って案内してくれようとするその姿には幸せしか感じない。

 本当は今日、無理矢理にここに連れ出したのは剣道部の遠征を知っての事だなんて言ったら、きっと妃沙は怒るだろうから秘密だ。

 自分が不利な立場にいることは日々実感しているし、本当は少しだけ、自分より恋敵(ライバル)の方が大切だなんて言われてしまう切ない展開も覚悟していたのだけれど。

 彼女ときたら一日だけの恋人という設定を忠実に守ろうとしてくれるし、何よりそれを全く負担に感じず、いつも通りに……いや、それ以上に楽しんでいてくれてるんじゃないかなんて期待すらしてしまいそうだ。

 そしてその度に自分の恋心を成長させてしまっていることに、きっと目の前の可愛い人は気付いていないに違いない。


「回転寿司ってトロもある? 俺、大好物なんだけど」

「あるんじゃねーかな。高級食材だから一貫しか皿に乗ってねぇかもしれないけど……」

「ちなみに、一皿っていくらなの?」

「皿の模様によって値段が違うけど、トロだと……そうだな、五百円くらいか」


 驚愕のその値段に、思わず「やっす!?」と叫び出す莉仁。

 だって彼の知るトロの値段とは雲泥の差だし、そんな値段でトロが食べられるとは思えないので、すわ偽物かと疑ってしまう程である。


「何言ってんだ。一貫五百円なら回転寿司なら最高級だぞ」

「何なんだ回転寿司、その仕入れはどうなってる? 俄然興味が沸いて来た……! 妃沙、行くぞ!」

「わっ!? ちょっと待て!!」


 予定していた店とは逆方向に引っ張られ、慌てた声を上げる妃沙にお構いなしな莉仁。

 なお、この後「落ち着け!」と再び蹴りを受ける事になってしまったのだけれど、莉仁にとってはそれすらも幸せな時間なのであった。


 ……なお、知玲同様、莉仁もまたザッヘル=マゾッホの小説など関係がない、ということは彼の名誉の為に追記しておく。

 ここは『異世界』であるのだから、マゾッホもまた存在していない……はずなのだから。



 ───◇──◆──◆──◇───



「だ・か・ら!! 何度言えば解るんだ莉仁! 皿はレーンに戻すな!」

「ごめん……つい、条件反射っていうかさ……」

「あー、もう絶対てめェとは二度と回転寿司には来ねェ!」



 悪態をつきながら、かろうじて莉仁がレーンに戻した皿を回収することに成功した妃沙。こんな所で俊敏性の無駄使いをしようとは彼女自身思ってもいなかったことだ。

 だが、回転寿司に慣れていない莉仁は、何度言っても空の皿をレーンに戻してしまうので妃沙としては戦々恐々であった。

 レーンの進行方向に対して莉仁が背、妃沙が正面というボックス席に座った事は幸運だったと言えよう。

 だが、妃沙の非難を受けた莉仁は今、初めての回転寿司に興味津々のようで、目に付いたネタを次々と取っては美味しそうに頬張っている。


「ヤバ、これも美味いな。ファストフード的なものだと思ってたけど、ものすごいクオリティだな、回転寿司」

「おい莉仁、自分が食べられる分だけ取れって言ってんだろ? 皿を取るのは食べ終わってからにしろよ! もうテーブルに皿が乗り切らないぞ!」


 妃沙がそう語る通り、彼らのテーブルには一つだけ(・・・・)食べ終わった皿でいっぱいであった。莉仁が色々食べたいからと次々に皿を取ったせいである。

 おかげで妃沙は自分が食べたいものを取るより先に、莉仁が食べた片割れを片付けることになってしまっていたのだけれど、もともとが和食好きで、寿司については好き嫌いのない妃沙には問題がない。

 だが、ファミリー向けのこの寿司屋にはプリンやケーキといった甘味も豊富に流れて来るので、取ったは良いが手を付けない莉仁と甘い物は得意ではない妃沙では消費出来ずにおり、テーブルに余りがちであった。

 皿が所狭しと並ぶ様は写真映えしそうだったので、妃沙は思わず写真を撮ってしまった程である。

 だが、仮にも恋人という設定でいこうなんて提案して来た目の前の男は今、妃沙の言葉などまるで聞こえていないようで、次々に流れて来る食材達に瞳を輝かせていた。

 食事を残すのはいけないことだという意識が強い妃沙としては、これ以上の暴走は止めるべきだと脳内で警鐘が鳴っている。



「り・ひ・と」



 仮初の恋人に、妃沙がいつもより甘く優しい声で呼びかけた。

 別に、こうすることで彼の注意が引けるだろうと計算してのことではないし、『甘くて優しい声』という描写も普段の妃沙に比べれば、と言う程度であるので大した違いはないのだけれど、莉仁の耳には正しく『甘く優しく』届いていて、ギュン、ともの凄い勢いで妃沙に顔を向ける。


「なぁ、『恋人』より流れる寿司の方が楽しい? まぁ……気持ちは解るけど……」


 ちょっと寂しいじゃんか、と唇を尖らせて呟く想い人の可愛い表情に暴走しそうになる自分を押さえられたのは、莉仁が大人だからであろう。

 だが今目にしてしまった最高に可愛い表情は思い出に残しておきたいな、と思うのは仕方がない。

 だから彼は、両手の人差し指と親指で疑似フィルターを造り、妃沙を画面に捉えて言った。


「カシャ!」


 突然意味不明な行動と言葉を吐く莉仁に対し、残念属性にはイチ速く反応してしまう我らが主人公は当然、意味不明なその擬音を拾う事を忘れない。


「何してんの、お前? ついに頭のネジでも飛んだか?」

「ヒドいな!? 妃沙が可愛すぎるせいだろ! 俺はね、今日一日、妃沙専属のカメラマンになるって、今決めたんだよ。だから可愛いと思った表情は記録に残すの!」


 そう言って相変わらず指で作ったフィルターに妃沙を収めてカシャカシャと言い続ける莉仁に、最初こそキョトンとしていた妃沙だけれど、次の瞬間には爆竹のように大笑いしている。

 当然、良く通るその声は店内に響き渡っていたし、うるさいなと感じる客もいたかもしれないけれど、その笑い声はとても幸せに満ちていて『迷惑』よりも『幸福』を人々に齎していた。

 その効果は絶大で、食欲を増進された客たちがいつもより余計に寿司を食べてくれたので、店的には売上的な意味で大層な効果があったと見え、会計時に店員から感謝の意を伝えられた程であるのだけれど、それは余談である。


「カメラなんかねーじゃん」

「ココロカメラってゆー秘密兵器」


 互いにニヤリと笑って言い合う言葉遊びに、妃沙も莉仁も「楽しい」と表情が物語っているようである。

 莉仁にとっても妃沙にとっても、相手は唯一と言っても良い程に素の自分を曝け出せる相手なのだ、心を許してしまうのは当たり前だ。

 そしてまた、莉仁は正しく『恋』を自覚していたし、好きな人と一緒に要られて楽しくない人間など少ないに違いがない。

 ココロカメラなんていう、突然に口をついて出た言葉はなるほど、確かに自分の心に存在している妃沙専用の高性能カメラだよなぁ、なんて実感している彼に、その想い人は言ってのけた。



「ダサ!」



 ……一刀両断とはこのことか。

 小気味良いバッサリ具合は名刀の切れ味もかくやといったところだ。

 哀れ絶賛初恋中のオッサンはぐぅ、と呻いて心臓の辺りを押さえ、相手に反論……したりはしなかった。


「ダサいのも妃沙のツボみたいだし? そこにある『本気』に気付いてるからこそはぐらかそうとしてるんだなんて……お見通しだよ、妃沙」


 突然に現れるオトナ莉仁。

 見る人が見れば壮絶な色気を纏い、妖艶とも言える微笑みを浮かべる彼の姿は腰砕けものなのだけれど……。

 惜しむらくは相手が天下の鈍チン・水無瀬 妃沙であるという一点に尽きるだろうか。

 もっとも、未だに恋愛のなんちゃらという感情についてはアウストラロピテクス並みの認識しか持たない妃沙であるので、莉仁の色気も台無しである。



「何言ってんだ。お前が残念なのはこのテーブルを見れば一目瞭然だろうが。俺はもう腹いっぱいだから、ここに乗ってる食材は全部お前が食えよ」



 その時テーブルに乗っていたのは寿司のみならず、プリンやケーキといった甘味、うどんや、何故かこの店限定のオススメだと言って流されて来たあんぱんなどが所狭しと並んでいる状況であった。

 もちろん、面白がった莉仁が次々とテーブルに招待した結果であり、甘いものは得意でない妃沙が片付けるのは寿司のみであった為に食べ合わせのバランスは酷い事になってしまっていた。


「……妃沙キサ、せめてあーんしてくれたら俺も頑張れると思うんだけど……」

「甘えんな、おっさん!」


 悪戯っぽく笑いながらピン、とソフトタッチのデコピンを寄越して来る絶世の美少女の笑顔に、初恋を拗らせつつある莉仁がテーブルに突っ伏すのも無理はない。

 そんな彼を、妃沙は訝しげな表情で見つめる事しか出来なかったのだけれど、妃沙が自分に注目しているという事実に謎の滾りを感じた莉仁はその後、食材を完璧に食べ切った。

 たかが回転寿司と思ってはいたけれど、寿司のネタも他のものも店側が企業努力を重ねた結果提供した食材達であるので、味は決して悪くないし値段を鑑みれば大層なコストパフォーマンスだと言っても良い。

 けれども、さすがに皿を取り過ぎたらしく、終盤はキツかったので


「妃沙、協力要請! あーんして?」

「仕方ねーな。今日だけだからな」


 なんて言いながら妃沙に食べさせてもらうという幸せ空間を満喫しながら、莉仁は初めての回転寿司を楽しんだのである。

 ……なお、人目を引く美形二人が向かい合って楽しそうに食事をする様はたまたまその場に出くわした人達に幸せな気持ちを齎し、思わず撮ったと思しき画像がまたしてもSNSで拡散されてしまっていた。

 そして今、その対策を主に担ってくれていた知玲は遠征中で、自宅に戻った時にはどうにもならない程に世間に画像が広まってしまっていたことに、知玲が人知れず臍を噬んだのはしばらく後の話である。


 だがそれも、この後に彼らが遭遇し、世間に発表した一枚の写真の存在に比べれば些細なことなのであった。


◆今日の龍之介さん◆


龍「ほら食え、そら食え、もっと食え!!」

莉「妃沙きさキサ……!? ちゃんと食べるからナマモノとプリンを一緒に口に押し込むのはヤメテ!?」

龍「何言ってんだ。腹ん中入っちまえばどうせ一緒だろ」

莉「そういう問題じゃないと思うな!? 俺の後味とか考えない!?」

龍(酷く真面目な表情(かお)で)「考えない」

莉「言い切ったァァーー!!??」



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