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令嬢男子と乙女王子──幼馴染と転生したら性別が逆だった件──  作者: 恋蓮
第三部 【君と狂詩曲(ラプソディ)】
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◆78.ドキドキ☆フィールドワーク

 

「フィールドワークに行こう」


 そんなLIMEが妃沙のスマホに届いたのは、もうすぐ連休という四月も末のこと。

 あの後、河相(かわい) 萌菜(もな)と名乗った生徒の襲撃はほぼなく、妃沙もその周囲も穏やかに高等部での生活を満喫していた。

 知玲と一緒にいる時などは何処からともなく彼女が現れ、知玲に向かって満面の笑みを寄越して来たり、何故だか通学路の曲がり角でパンを咥えて立っていたりする彼女の横を車で通り過ぎることがあったりすることはあったし、

 どうやら(ひじり)の周囲にも度々出没するらしく、ジッと見つめて来る女生徒がいて不気味なんだと相談されたりすることはあったけれど、妃沙の学園生活は至極平和であった。


 だが、妃沙にとっては意味の解らない、けれども面白いものと認識している萌菜は、当然のことながら周囲からの評判はすこぶる悪かった。

 所属するクラスは違うのでその実態は解らないけれど、授業中でも何かを夢想して突然ウフフ、と笑い出す不気味な所だとか、全く授業を聞く素振りのない学生にあるまじき態度であるとかはもう宇宙人といっても過言ではないと評判である。

 そのくせ、彼女はやたらと男子にモテた。

 相変わらず柔道部部長・長江(ながえ) 誠十郎(せいじゅうろう)は影のように彼女に付き従っていたけれど、その美貌とお胸様にアツい視線を送る男子生徒は引きもきらず、そんな様子が女子生徒には反感を抱かせるようで、クラスの女子の中ではやや浮いている存在らしい、という話が聞いてもいないのに多方面から伝わってくるほどだったのである。


 妃沙としては、そんな話が聞こえてくれば「面白い方ですわね」と軽くフォローをしてやるくらいの事は朝飯前であるし、度々自分の……というよりは知玲の周囲に現れて面白い言動を見せてくれるのは大歓迎だ。

 だって、今どきパンを咥えて通学する最中に曲がり角で攻略対象とぶつかって果たす運命の出会いなんて素晴らしすぎるではないか。そしてそれを実行しようとする萌菜の行動力には舌を巻く程である。

 その上彼女は知玲や充の前にハンカチや……時には靴や手荷物などをわざと(・・・)置き去りにし、無理やり自分を印象付けようとするし、一度は制服のスカートすら置いて行ったのだ。

 その時彼女は運動服を着ていたので目の前でストリップを始めた訳ではないけれど「さすがにあれには参った」とは被害者・充の談である。

 妃沙にはそんな突拍子もない彼女の行動は面白い以外には何の感想もないのだが、聖は彼女に辟易しているようだし、充は警戒心がバリバリだ。

 莉仁(りひと)悠夜(ひさや)といった面々に対し彼女がどのようなアタックをかましているのかは良く知らないけれど、もしまた話す機会があれば一度じっくり話をしてみてぇな、とは思っていたのだが、どうやら彼女側……というよりは長江が妃沙をとても警戒しているらしく、ここに至るまでその機会は得ることが出来ずにいる状況であった。


 と、そんな折に届いた冒頭のお誘い。

 魔法研究部顧問にして理事長である莉仁からの誘いということもあり、妃沙としては部員全員で行うものだと認識してしまった。相変わらず判断の甘いことである。

 だから「良いぜ!」なんて即座に返せば、途端に掛かって来る、電話着信。

 どうやら莉仁は未だに端末操作が苦手らしく、とっかかりはLIMEであっても話を進めるのは電話を使用することが多かった。

 学園内にいる時間は常にスマホを手にしている訳ではないので、電話に出られないことは多々あるのだけれど、今、妃沙は自宅におり、予習と復習を完璧に終えてまったりと過ごしていたところだ。

 思わず着信ボタンを押すと、電話の向こうからは楽しそうな莉仁の声が聞こえて来る。


「妃っ沙たーん! 申し出を受けてくれて、ボクちんとっても嬉しいお!」

「だからそれはヤメろ! 面白過ぎて話が出来ねぇだろうが!!」


 ひとしきり爆笑した後、だいたいお前は理事長の威厳というものを何だと心得ていやがるんだ、良い年したおっさんなんだからいい加減に悪ふざけは止めやがれと説教をする妃沙。

 だが、莉仁はそれすらも楽しそうに聞き流し、くつくつと笑いを漏らしている。

 そして妃沙もまた、莉仁が自分からこんな言葉を引き出したくてわざとやっている事なのだということはいい加減に理解していたので、フゥ、と溜め息を吐いて用件に戻ることにした。


「で? 何処に何のフィールドワークに行こうとしてるんだ?」

「んー、それは行ってからのお楽しみ、かな。とりあえず明日の朝イチで駅に集合。良い? それと、明日は一日中外だから動き易い服装と運動靴、あと周囲への……特に副会長への告知は完璧にしておくように。そうじゃないと途中で絶対邪魔が入るからな」


 頼んだよ、と、やや一方的に告げて、莉仁が通話を切ってしまう。

 何処に行くんだとか、目的は何なんだとか、誰が同行するんだとか色々聞かなければ知玲への報告も出来ねぇじゃねーかと悪態を吐きながら、妃沙はその時、なんだかワクワクしてしまっていた。

 明日は休みで特に予定もない。何をするのか知らないが、知り合いと外に出てフィールドワーク、というのはなんだかとても楽しいことであるような予感がしたのだ。

 だから妃沙は、歩き易い服装って何だろう、とクローゼットの中を覗き、白いシャツにジーンズ、そしてその上に最近お気に入りの黒地に小花模様が刺繍されたロング丈のシアーシャツを取り出して簡単なコーディネートを済ませると、

 再びスマホを手に取って知玲に『明日は一日、魔法研究部でフィールドワークを行うそうですので終日不在にしますわ。知玲様、試合、頑張って下さいまし。応援しておりますわ!』と送る。

 知玲は今日の午後から遠征に出ており、明日は地方にある強豪との練習試合だと言っていた筈だ。


『ありがとう。気を付けて行って来てね。おやすみ、妃沙』


 送って間もなく、そんな返事が返って来る事に少しだけ驚きながら、妃沙はその日、ワクワクした気持ちのままベッドに入るなり眠ったのである。

 どうやら知玲の『本日分の告白』は、朝イチで済まされていたようであった。



 ───◇──◆──◆──◇───



「……で? これの何処がフィールドワークなんだよ? しかも部員なんか一人もいねーし。部活動とは無関係だろうが! 公私混同もいい加減にしろよ!?」

「いやいや、これも立派なフィールドワークだよ、妃沙。天下の鳳上(ほうじょう)学園の理事長としては、最近の学生が好む物や好きな場所、食べ物について熟知する必要があるからな」



 爽やかな笑顔を浮かべてそんな事を言い放つ莉仁。こんなやりとりを、二人はもう何度繰り返しているだろうか……。



 翌日、指定された時刻と場所に辿り着いた妃沙はまず、その場に一人で立っていたやたらと目立つ男が気になった。

 青と白の太めのボーダーシャツの上には薄手の紺のジャケットを羽織り、良く見れば折り返した袖口からもボーダーの裏地が見えている。

 それに黒いアンクルスキニーを合わせ、真っ白なスニーカーを履いているスラリとした長身の美形のその男は立っているだけで華やかなオーラを放っており、人の少ない時間ながらも周囲の注目を集めていた。

 いや、ヤツが目立つのは今に始まった事ではないのでそれはどうでも良いのだが、問題は『何故一人なのか』ということだ。

 時間には正確な妃沙だ、集合時間の五分前にはその場に辿り着いていたのだけれど、その場にはそれらしき生徒は一人もいない。

 思えば、部活動の一環として行うものと考えていたフィールドワークの集合時間にしてはやたらと早い時間を指定されていたことに、ようやく妃沙は気が付いた。

 ハメられたか、と危険を察知する妃沙を見つけ、きらきらしい笑顔を浮かべた眼鏡の似合う美形の男は、楽しそうに手を振り、そのまま妃沙に駆け寄って来ると


「おはよう、妃沙! さぁ、行こう!」


 なんて言いながら彼女の手を取り、何処に行くつもりだ、とか部活動の一環じゃねぇのかよ、という妃沙の問いはまるっきり無視して電車に乗せてしまい、早朝の未だ人の疎らな時間の電車の中で妃沙の隣に座り、あまつさえその手を握って耳元で囁いた。


「立派なフィールドワークだろ? 俺、まずは高等部の改革から着手しようと思ってるから結構入り込むつもりなんだけど……高等部は卒業して久しいしな」

「立派なおっさんだからな」

「おっさん言うな!」


 割と本気っぽいツッコミを返しながら、コホン、と息を整える莉仁。

 そうして彼は、妃沙ですら見惚れてしまいそうな、少し寂しそうな笑顔を向ける。


「これはデートコースのフィールドワークだからな。これから先、高等部に入り込んで親しみ易い理事長の地位を築こうとする俺が、生徒達のデートコースについて一家言ないと格好悪いだろう?

 あいにくと俺は高等部に通っていた時から御家騒動に巻き込まれてて、恋もデートもしたことがないんだよ。勉強や自分を磨くことや……いかに生き残るか、なんてサバイバルな環境だったからな。

 大人になってそれが落ち着いてからデートっぽいことをした事はあったけど、それはもう、高校生の時に感じる事が出来ただろう煌めきは失われていたしさ」


 そんな事を語る莉仁の言葉が理解(わか)ってしまうのはきっと、自分が『転生』なんて非常識な経験をしているからだよな、と、妃沙は思いを馳せる。

『妃沙』としては今年で十六歳になる。だが、前世からの年齢を踏まえれば莉仁より年上なのだ。

 そんな自分が可憐な少女の姿を纏い、女子高生としての生活を満喫している事実に、改めて女神様とやらの奇跡を感じてしまうのだけれど……『龍之介』として過ごした生活よりもずっと、『妃沙』の生活は幸せに満ち溢れていた。

 人は、弱い。

 龍之介としての自分を見失いたくないと思う反面、妃沙としてのこの生活に包まれていたいと思う自分も確かに存在しているのだ。

 過酷な生活であった前世と幸せな今──どちらが楽なのかは推して知るべしだ。より楽な方に、幸せな方に自我が流れてしまうのは仕方がないのかもしれないけれど、妃沙はまだ前世の自分と完全に決別出来る程の覚悟はなかった。

 そのくせ『妃沙』に流されそうになる自分の弱さを呪いたくなるのだけれど……どんなに足掻いた所で『龍之介』には戻れない。

 そしてまた、『妃沙』が前世のような荒れた生活になる様もまるで想像が出来ないのだ。だから『今世(いま)』を大切にしようと、知玲とも誓い合っているのである。

 過去を取り戻そうとする気持ちも、決してそれは出来ないのだという現実も良く理解しているから、呟くように、莉仁に言った。



「……莉仁、どんなに足掻いても『過去』は取り戻せねぇよ。やり直す事なんて誰にも出来ない。

 例え記憶を持ったまま違う身体に生まれ変わっても……それはやり直しじゃない、新しい人生なんだ」



 眉をキュッと顰めてそんな事を語る妃沙に、莉仁はつい、と視線を送り、内心で生まれ変わり、とか転生、などという可能性について確信を深めている。

 だが、彼にとって妃沙は妃沙で、前世でどんな人生を送っていようと、それは妃沙の一部でしかないという認識は変わらないので、その深刻な雰囲気を吹き飛ばすかのようにハハ、と楽しげに笑ってみせた。


「そりゃそうだよ、妃沙。どんな人間にも人生は一度きり。それは絶対に平等だ。だからこそ、君にもフィールドワークは必要だろ?

 俺にとっての『高等部時代(むかし)』と、君にとっての『前世(むかし)』を取り戻す為にもさ。そしてその相手はたぶん……知玲君でもダメだ。過去に後悔を抱えている俺だから払拭出来るはずだ」



 ──だから今日は、難しい事を考えないで一緒にいよう。



 白い歯を朝日に輝かせながらそんな気障なことを言う莉仁に、妃沙は一瞬だけ涙を誘われそうになるのだけれど。


(──ケッ。俺の事情も知らないくせに気障な事を言いやがるぜ)


 内面ではそんなツッコミを入れながら、表面上は完璧にツン、とすましたご令嬢の表情で言ってのける。



「てめェに言われなくてもそのつもりだよ! 誰が好き好んで休日に小難しい事を考える為にこんな朝っぱらから出て来るかよ、バーカ!」



 アハハ、と楽しそうに笑う妃沙の笑顔に、莉仁もつられて破顔する。

 今までに知り得た情報、そして自分には通じない能力(スキル)を通さない彼女の真実の話言葉から、その性別が違うことや、もしかしたら生まれ変わりなんていう非常識な経験をしているのではないか、と検討を付けている莉仁。

 だが、そんな内面も踏まえた上で──ああ、やっぱり自分にはこの()しかいないな、と改めて実感してしまうのだ。

 今までに、こんなにも興味を引かれて止まない存在など、それこそ義理の母親である翠桜(みお)さんくらいしかいなかったし、そして翠桜さんに向けていた感情とは全く違う気持ちが自分を支配している事を、莉仁はとても心地よく受け止めていた。

 可愛いだけじゃない、面白いだけでもない。確かに口は悪いけれど、真面目で、自分の無茶な要求でもこの()なら何とかしようとしてくれるんだろうな、なんて悪戯めいた考えすら閃いてしまう程だ。



「……それじゃ、今日は一日、俺と妃沙は恋人って設定で行こう。なりきる事も大切だよ。そうすることで見える世界も、きっとあるからな」



 キュッ、と手を握られ、真面目な表情でそんな事を言われて、妃沙は思わず、お、おう、と返事を返してしまう。

 今日一日だけの、仮想体験をする為だけのその『設定』。

 今まで恋人なんていたことがない妃沙には、上手く思い込めるかどうかは解らないけれど……


「よろしくな?」

「おーいえー、はにー?」


 真面目な顔でそんな事を言う莉仁に、妃沙は思わず爆笑してしまう。


「おまえ、外来語、ヘッタくそだな!? 理事長がそんなんで良いのかよ!?」

「馬鹿にするなよ! 妃沙にはまだ本場の発音が解ってないだけだって!」

「おーいえー……ぷ、ブハハハハハ!!!!」

「笑うなァァーー!!」


 ようやく朝陽が差し込み出した電車内。

 見た目的には親子未満、兄妹(きょうだい)以上といった不思議な関係性を持つ二人の……一人は正真正銘のおっさん、そしてもう一人は内面のみがおっさんな美形コンビな莉仁と妃沙。

 そんな二人が楽しそうにああだこうだと言い合う様は、まるで一つの理想の家族のようで、数少ない、その電車の同乗者は思わず見とれてしまっていた。



 ──だが、当の本人達にとってはそんな事は全く関係がなく、今から始まるフィールドワークに想いを馳せ、そしてまた、今まで曝け出せなかった本心を、何故コイツには言えてしまうのかとふと考え……


 莉仁はやっぱりな、と『肯定』を──自分の気持ちを何のてらいもなく告げられるのは、妃沙が好きだからじゃない、そんな彼女だから好きになったのだ、と改めて実感し。

 妃沙はそんな筈ないと『否定』を──つい本心を曝け出してしまうのは素の言葉がコイツに聞こえているからという理由だけで、そこに他の気持ちは全くないんだ、思い込もうとしている。


 その時抱いた気持ちについてそう結論付けており、そしてその真逆な判断が、莉仁と妃沙、二人の性格を良く表していたようである。


◆今日の龍之介さん◆


龍「おーいえーはにー!」

莉「だからそれはもう良いだろ!? 他にも結構、格好良い事言ってるんだからそっちを拾ってくれよ! せっかくの俺のターンなんだから!!」

龍「おーけー、はにー!」

莉「……ボクちん、泣いちゃうお……」

龍 (笑いのツボに飲み込まれて声が出ないようだ)

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