◆76.集え、鳳上防衛軍!
「皆、忙しい中、集まってくれて有り難う。だが事態は緊急を要するので、各自現状を把握し、心構えを改めて欲しい」
翌日、妃沙達は学園内の会議室に集められていた。
理事長である莉仁自ら人選を行い、会議室を押さえ、開始前には妃沙や知玲の力を借りて完全防音の魔法をかけ、集まるメンバーにはここで話した事は他言無用と厳しい表情で言い聞かせてある。
そしてその場に呼ばれたのは、妃沙はもちろんのこと、あの時彼女が「レーヴ5」と称して名前を挙げていた四名の男子生徒──知玲、悠夜、聖、充と、妃沙の周囲にいる事の多い葵や大輔といった関係者や生徒会役員として状況を知っておいて欲しい、という理由で銀平と咲絢も呼ばれている。
とても物々しい雰囲気だが……確かに、昨日起きた事件は無視出来るものではなかった。
「栗花落くん、説明を頼む」
いつになく真面目な表情の莉仁が充に話を向けると、左手に包帯を巻いた充が真面目な表情でスクッと立ち上がる。
そしてそのまま眉間に皺を寄せて一同を見渡すと、その小さな口を開いて昨日の出来事を語り始めた。
「はい。昨日、妃沙ちゃんと接触した際の対象X──河相 萌菜の『潰す』と言う不穏な発言を受けて、僕は急いで婚約者、詠河 美子の元に向かいました……」
──時間は昨日の夕方に遡る。
充は鳳上学園大学部の中を必死で駆けていた。
高等部の制服を着ているだけでも目立つのに、既に芸能活動を開始していた充は大学部でも有名であった。
だが彼の純情は広く知られており、滅多に大学部に来る事のない彼が必死な表情で駆けているのを見ればその目的は一目瞭然であったので、詠河さんなら今どここにいるよ、という情報は当の本人に電話やLIMEをするまでもなく教えてくれる人が多々いる状況である。
彼の婚約者、詠河 美子は、今時珍しく携帯電話に頼らない生活を送る、古風な所のある人物であった。
彼女にとって携帯電話は緊急時の連絡用という以外の意味はなく、だから携帯に連絡をするよりはこうして走って来た方が充にとっては早いのだ。
ただ、口ではどうしても伝え切れない想いとか、記録に残って欲しい言葉などを彼女のLIMEに送るということは、もう長年して来ているのだけれど。
「美子!」
次の授業に移動中と思しき大切な彼女の姿を認めて充が声を上げたのとほぼ同時に、彼女に向かって走り出そうとする影がある。
「させるかよッ!」
そう叫んだ充が、妃沙から貰ったミサンガを投げ付け、その人物の後頭部にクリーンヒットさせると、不審な動きを見せていた人物──どうやら男であるようだ──は何かの衝撃を受けたかのように吹っ飛んで壁に激突した。
途端に周囲に響く悲鳴。
だが充はそんなものはお構いなしで、左手でその男を殴りつけ「今度、美子に手を出したらこの程度じゃ済まさねぇぞ!」と言い放ち、その男が退散したのを確認すると、
ただひたすらに大切な彼女の元へ、過去最高速度を更新するスピードで駆け寄り……ギュッ、と、人目も憚らず彼女を抱き締めた。
「美子……美子……! 間に合って良かった……!」
「ちょっ、え……!? 充君!? 何があったの!?」
いまいち状況が解っていないと思しき美子は、突然に現れた恋人に、これまた突然抱き締められ、あまつさえ相手が泣いている状況に対応が出来ていないようだ。
けれど充も、説明するより安堵の気持ちの方が勝っていて……腕の中の恋人を、抱き締めるというよりは抱き付いてその温もりが無事であったことに、心から安心する。
「……美子、何だか少しだけ不穏な空気なんだ。これから少し護衛を増やすから暑苦しいと思うけど、解決するまで我慢してくれる?」
「え? だから何が起きてるのか説明してよ、充くん!?」
安堵と不安と恋慕で内心がグッチャグチャになっていた充は、そのまま彼女の名前を呼び続けて涙を流す事になってしまったのだけれど……まぁ、昨日の事件とはそういうことである。
「……調査の結果、美子に突撃しようとしていた男は学生でも大学の関係者でもなく、外から侵入して来た男だということでした」
場は再び現在に戻る。
特に美子に危害を加えた訳ではないし、彼が何かをしようとしていたという証拠もないのでその姿から身元を割り出しただけで釈放してしまったけれど、充だって大切な彼女に危険が及んだ以上、必死であった。
知玲の協力のもとに割り出した名前から母親の国民的大女優、栗花落 那奈のネットワークを使用し、その人物像を詳らかにしたのである。
「実行犯については、本当にワケも解らず美子に突撃しろと命令された事に従っただけのようですので、今は説明は省きます。既に手は打ってありますので大丈夫です。
問題は、誰が彼にそんな命令を与えたのか……正直、それが大きな問題なんです」
一旦言葉を結んだ充に、有り難う、と言葉を掛けて着席を促して代わりに立ち上がったのは莉仁だ。
再び立ち上がった彼は、やたらと似合う銀縁の眼鏡をクイ、と正し、その美しい金色の瞳で周囲を注意深く見やる。
特に……一番危険な立場にあるのに全くその意識を持っておらず、隣に座った知玲に、本当ににあの方の言葉は意味が解らないのですわ、と私語を垂れ流している金髪の美少女、水無瀬 妃沙にキッと視線を固定させて言った。
「そこ! 私語厳禁!」
「何なんですの、理事長!? わたくしは知玲様に彼女の人となりについて説明していただけではありませんかッ!」
莉仁の言葉に即座に反応する妃沙を、まぁまぁと宥めながら着席させる事に成功した知玲。
彼もまた、あの意味の解らない少女には狂気めいた何かを感じていたからこそ、出来るだけ関わりたくないと思っていたのだけれど……。
妃沙から聞いた話と充の彼女が狙われたという事実から、彼には一つの仮説があった。
だが、その仮説は恐らく妃沙以外の人物には信じて貰えないものだろう、という自覚もあったので、隣に座った妃沙の耳元でそっと囁く。
「……妃沙、後でちょっと二人だけで話が出来る? 河相とかいうあの子について話したいんだ。君しか僕の考えは理解出来ないと思うから……ね?」
「承知しましたわ」
真剣な表情で頷いてくれる妃沙に、知玲も思わず表情を綻ばせる。
「「そこ、イチャイチャすんな!」」
莉仁と悠夜の座っていると思しき方向からペンだの消しゴムだのが飛んで来るけれど、それらは彼らに当たる前に失速し、床に落ちた。
練習には丁度良いや、とその速度を操作した知玲の魔力操作によるものなのだけれど……そんな些細な魔法が発動した事に気が付いたのは、この室内では妃沙だけであった。
(──ハァ。まったく、何やってんだ、知玲のヤツ。こんな所で魔力操作だなんて……。それに莉仁も生徒会長も息合いすぎだろ。さすが親戚)
呆れたように溜め息を吐く妃沙。
会議なんて堅苦しいものは苦手なので、早く終わらねぇかなーなんて素っ頓狂な事を考えている、この場においては唯一残念な存在なのであった。
───◇──◆──◆──◇───
「河相 萌菜、あのイタい子については未だ調査中だから報告は控えておくが、問題はその側に侍る柔道部部長──長江 誠十郎、彼だろう。
長江家は旧くから続くボディーガードの家柄で、古代は要人の警護と背後の敵の暗殺に特化した忍者の家系で……」
「忍者!?」
莉仁のその言葉に反応したのが誰なのか、皆さんはもうお分かりでしょう。
そういったキーワードには余す所なく反応できるクオリティを高校生まで保った我らが残念な主人公──水無瀬 妃沙である。
だが莉仁も心得たもので、あの七鬼神村で妃沙が努力して使用していた「お嬢様言葉以外の言葉」が古代語だったことから、彼女の嗜好はそこにあると理解しているようである。
なので「今度ゆっくり教えてあげるから今は我慢して、妃沙」なんて甘ったるい笑顔を彼女に送り、その残念な口を封じる事に成功し、あわよくばこれを作戦にしてまた妃沙を連れ出そうという魂胆である。
当然、その思惑は知玲も気付いていたのだけれど、今は真面目な会議の場、莉仁に言われて素直に大人しくしている隣に座った彼女の腿を、テーブルの下でキュッと抓るだけで我慢する。
「痛ッ!? 知玲様、突然何をなさるんですの!?」
「良いから今は集中して」
悪戯が成功したのにそれ見せつける事を我慢するような表情の知玲の横で、妃沙はぷくっと頬を膨らませており。
「……だからそこッ! イチャイチャすんな!」
銀平から声がかかり、同時に悠夜のいる方向からも今度はペンが飛んで来る。おまえらこそ集中しろよ、と軽々とそれを避け、表情を引き締めてコクン、と莉仁に「もう大丈夫だ」と合図を送ると、莉仁も安心したように微笑んで話を続けてくれた。
「長江家は……本当にヤバいんだ。黒い噂は色々絶えないが、俺でも手を出せない程に強大な組織を築いている。だから、ここは当面、東條の力を貸して欲しい。副会長、頼めるか?」
「はい理事長。もう動いています」
真面目な顔で頷く知玲に、有り難う、と微笑みを返して莉仁は会議を進めていく。
そうして話題は、今までに見聞きした萌菜のヤバさについてになって行った。
「とにかく会話が通じないのですわ、あの方……。仰っている事のほとんどが理解出来ない東珱人なんて初めて出会いましたわ。それはそれで面白いのですけれど……」
「妃沙、面白がってる場合じゃねぇだろ」
妃沙のピンチだからと聞いてこの場に参加している葵。彼女からピリッとした声がかかる。
一応とはいえ同性である彼女に萌菜の魔手が伸ばされる事はないのだけれど、今現在の彼女にとっては一番大切な存在である妃沙……彼女が危険に晒されていると聞いて穏やかでいられる筈もない。
萌菜とは関わりはないけれど、一度、カフェテリアで接近した際に感じたのは……確かに狂気だったから。
「関わるなって言っても、向こうから来るんだろ。正直さ……妃沙が女子の嫉妬を買うとか、それで嫌がらせをされるとか初めてのことじゃねぇし、アタシはその対応には慣れてるから任せてくれ」
ドン、と胸を叩いて葵が請け負ったのを、莉仁が頼もしそうに微笑んで頷いている。
「有り難う、葵さん。諸君、今日は状況報告と今後の心構えを改めて欲しかったので、詳細についてはまた追って報告する。
あとでこのメンバーにLIMEのグループの招待を送るから参加の上、今後についてはそちらで確認して欲しい。また何かあればメンバーの誰の招集でも集まるよう、気持ちを一つにして行こう」
それじゃ、解散、と格好良く告げた莉仁が意味ありげな視線を妃沙に寄越す。
あー、どうせLIMEの使い方が解らねぇんだろ、しょーがねーなおっさんは、と妃沙が溜め息を吐きながら莉仁の方に向かうと、ピッとそれに憑き従う温もりがある。
顔を見なくたって解る。知玲だ。
「知玲様、理事長は少々、機械に疎い所がありまして、そのご指導を……」
「……ん。僕も理事長には話があるだけだから」
そーかよ、とそのままにしていると、やがて辿り着いた莉仁は苦虫を噛み潰したような険しい表情をしており、何故だか隣の知玲は勝ち誇ったような雰囲気を纏っている。
だが、そんな事を気にしていては話が進まないと悟っていた妃沙は、ハァ、と溜め息を吐いて言った。
「ご自分でグループを作ることなんて出来ませんのに見栄を張らないで頂けます? それに今日のメンバーのほとんどはわたくしの知り合いですから、わたくしが作成しますわよ」
呆れたようにそう告げて、莉仁の前で携帯を操作してグループを作り、知玲と莉仁をまず招待リストに入れる妃沙。
「妃沙、ねぇ、その順番はどうなのかな!?」
「順番って何ですの? 履歴から順番に招待しただけではないですか」
「……え、妃沙、そんなに頻繁に理事長と連絡を取っているの!?」
途端にカオスな様相を醸し出す雰囲気だけれど、今はそんなこと言ってる場合じゃねーだろ、という妃沙の言葉にうっ、と二人の恋する男子達が声を詰まらせる。
「会話が通じないという時点で危険は察しておりましたけれど……でも理事長、あの場にいた身としては、彼女がその長江様とやらに指示をした、という感じではなかったのです。
ただ、彼女を愛するあまりその言葉を曲解して長江様とやらが勝手に動いた、という方がしっくり来る感じでしたわ。彼女はその……あまり物事を深く考えるタイプではないと申しますか……」
「そう。彼女は天真爛漫で……馬鹿なだけ。思った事をすぐ口にしてしまうし、自分の欲望には正直だ。でも妃沙、言っただろ? 彼女の『能力』は『魅了』だ。
それでなくてもあの美貌なのだから、夢中になってしまう男がいることは不思議じゃない」
だから気を付けて、と莉仁の長くて白い指が妃沙の頬に触れる。
だが、その手をまるで蚊を打ち落とすかのようにペシッと弾き、妃沙の隣に立った知玲が黒い微笑みを放って言った。
「理事長、彼女には何か秘密があるようです。これから妃沙と二人で探ってみますから、少しだけお時間を頂けますか?」
そう言って、隣に立つ妃沙の腰をキュッと引き寄せる。
妃沙としては通常営業の仕草だけれど、妃沙に心を寄せている莉仁にはその効果は絶大であった。
「……『中身』に関すること、かな。それなら俺も多少は理解しているから君達と一緒に動くけど」
「いえ、理事長には理解が難しい案件になりそうなので、ここは妃沙と二人で。とてもプライベートな事項を含みますので……申し訳ありませんが」
バチバチと火花を散らしそうな程に、知玲と莉仁が睨み合っている。
あまりに真剣な表情なので、妃沙は二人の間に何か特別な感情が生まれてしまったのではないかと勘繰った程だ。
男女の恋愛には疎いくせに、SHIZUの小説を愛読するあまりに毒されて、そっち方面の開発は順調に進んでいるようである。
だが、妃沙の思惑とは裏腹に、二人の恋敵は互いに不敵な微笑みを浮かべるだけであった。
「……副会長、この件に関しては休戦で頼む。本当に君に力が必要なんだ」
「いえ理事長、元々が敵視などしていませんし……けれど、彼女は本当にヤバいですね。正直、学生の立場の僕では手に負えないので、こちらこそ宜しくお願いします」
そう言い合いながら握手を交わす二人の手に、妃沙も感動した表情で手を添える。
「友情の成立、おめでとうございます!」
「「イヤ、違うから!!」」
あんまりな妃沙のボケに対し、思わず同じ言葉を吐いてしまった知玲と莉仁はバツが悪そうにお互いの顔を見……次の瞬間にはぷいっと顔を背ける。
「反目し合っている場合ではないのでしょう。こちらの常識が通じない相手と、それを真に受けて曲解する実力者が敵対しているのですから。
けれど理事長、貴方の権限で退学させるとか無理強いをするとかは止めて下さいましね。そんな事をしたらわたくし、貴方を軽蔑しましてよ」
真剣な表情で莉仁に迫る妃沙。
彼女としては未だ実害がない以上、そういった権力に頼らず、出来れば彼女達に自ら手を引いて欲しいと願っているのである。
学生時代は短い。そして堪能出来るのは今だけであると……転生、という非日常を経験した彼女は良く知っていた。
自分はたまたま、再度それを満喫する機会を得られたけれど、突然にその時間を奪われてしまう事も経験していただけに、例えどんな相手だろうとその時間を不当に奪われる経験などして欲しくはなかった。
「……優しいね、君は」
そう呟いて優しく妃沙を見つめる莉仁の横で、知玲もまた莉仁と同様の表情で妃沙を見つめ……こちらは莉仁に見えない机の下で、その手をキュッと握っていた。
知玲もまた、突然に時間を奪われる事の不条理を知っていたから。
けれど、知玲の中にある仮説が現実であるのならば……転生というものが彼らのように正しく作用するものばかりではないのだという不安は拭い去る事が出来ずにおり……妃沙につい救いを求めてしまったのである。
「大丈夫、俺だって個人的感情で生徒を罰したりなんかしないさ。だが……もし、重大な事件を起こしたり、他の生徒に危険が及ぶことがあれば、理事長としては看過出来ないからな。
妃沙、副会長。出来れば彼らがそれに自発的に気付いて一人の可愛い学生に戻れるように……その優しさを分けてやってくれ」
頼む、と頭を下げる莉仁に、二人は手を繋いだまま任せろ、と頷いた。
今はまだ、実害はほとんどない。そして、事件があったからこそ対策も打てた。
だがこれからは……その動向を気にし、事前に策を打ち、自らとその大切な人達に危険が及ばないように動かなければならない。
ただの学生である彼らにはとても難しいことのように思えるのだけれど、あいにくと妃沙も知玲も『ただの学生』ではなかったし、大切な人を護るという事については一番に心を砕いている事項である。
「フフ、世界平和を守るヒーローにでもなった気分ですわ! わたくし、頑張りますわね!」
妃沙のその言葉に、思わずガクッと肩を落とす知玲と莉仁の仕草と溜め息がまたしても同調していたのは……決して彼らが心を寄り添わせたからではなく、ただ単純に妃沙が残念なだけであることを、彼らの名誉の為に追記しておく。
◆今日の龍之介さん◆
龍「俺、ブラックな!」
知「……は?」
葵「それじゃアタシはレッドだな!」
知「……葵さんまで何を……?」
龍「何って……戦隊組むならテーマカラーが必要だろ?」
莉「俺、ブルー!」
知「理事長まで何言ってるんですか! 緊迫感台無しじゃないですか!」
莉「……今更じゃないか?」
知「………………ハァ」(深い溜め息)




