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令嬢男子と乙女王子──幼馴染と転生したら性別が逆だった件──  作者: 恋蓮
第三部 【君と狂詩曲(ラプソディ)】
78/129

◆75.不思議の国の不思議ちゃん

間に合った……(汗)

遅くなり申し訳ございませんッ!!(スライディング土下座)

 

「妃っ沙ちゃーん、萌菜(もな)とお話しよー!」


 そんな声を掛けられ、思わずビクッとしてしまったのはある日の放課後のこと。

 友人達が部活に行った後、妃沙は少しだけ調べ物をしてから部活に行こうと図書室に向かっていた所で事件は起きた。

 その調べ物というのは、相変わらず実現に向けて活発な議論が戦わされている妃沙発案『竹プター』について、何か役に立つ学識や魔法の原理などがないかな、と思ってのことで、決して学生の本分である勉学についてではないあたりが相変わらずの妃沙である。

 だが、確かに高等部の授業内容は中等部のそれよりはるかに高度になっているとは言え、未だ一年生である妃沙にはそれほど難しい内容はなく、ましてや元々が優秀な頭脳を持ち、この世界にやって来てからずっと自己研鑽に努めていた妃沙にはまだ少しだけ余裕があるようだ。


「え……と、河相(かわい)さん、でしたかしら? ごきげんよう」


 少しだけ引き攣りつつも笑顔を返した事を褒めてやって欲しい。

 何しろ、あれから知玲、莉仁といった妃沙信者達からあの()には気を付けるように、とか、極力近付くな、とか、姿を見たら塩を撒いて退散させろ、とか、ワケの解らない指示を受けており、妃沙自身には苦手意識はないにも関わらず、彼女と関わると後々面倒臭いことになりそうだ、というのはヒシヒシと感じていたのである。

 そんな妃沙の前に突然本人が降臨したとあっては、妃沙でなくても動揺してしまうだろう。

 ましてや今、萌菜はその背後に山の様な大男を従えているのである。その威圧感と言ったらなかった。


「キャー! すごい、すごぉーい!! 話し方までそのまんまなんだぁー! 『ごきげんよう』なんて初めて聞いたかも!」


 いや、初めてじゃねぇだろ、こないだ言ったし……なんてツッコミをするのも馬鹿らしいほど、萌菜はなんだかキャッキャと上機嫌だ。

 そして相変わらず意味の解らない言葉をまくし立てているので、どうして良いか解らなくなった妃沙がチラリと萌菜の背後の大男に視線をやると、高校生にしては立派すぎる体格を持つその彼は眉を顰め、無表情のまま立ち尽くしている。


(──なんだコイツ、人形じゃねぇよな? それにしてもまぁ……男として何て理想的な体躯だよ)


 制服の上からでも解る、各種筋肉の理想的な付き具合。

 特に発達した大胸筋と上腕二頭筋は、いかにも「自分、力自慢ッス」と物語っているようだ。

 女として生まれ、どんなに鍛錬に励んでもそれを手に入れる事が出来なかった妃沙としては羨ましい限りなのだが、ムッキムキの美少女というのは主人公としての絵面的にちょっとアレなので、何かの意思でも働いたのかもしれない。

 興味のあることにはすぐにハマってしまう妃沙。

 なので、その場は何やら宇宙語をキャッキャと語り続ける美少女が一人、その背後の大男をマジマジと観察する美少女が一人、そしてそんな美少女に囲まれた無骨な大男が一人という、とてもではないが関わりたくない集団と化してしまっていた。

 ……当然、美少女二人はそんな事には全く気付いておらず、遠巻きにそんな様子を見ながら残念な視線を送る生徒達も数多くいたのである。


「何なに? 妃沙ちゃん、(せい)くんに興味あるのぉー? でもダメだよ、誠くんは萌菜のお助けキャラなんだから!」


 ぷんぷん、と口で言ってしまいながらぷくっと頬を膨らませ、チッチッチッと指を左右に振る仕草を見せる萌菜を相手にして、妃沙はもう背後の男子高校生から興味を彼女にすっかり移してしまう。

 こんなに面白い玩具を目の前にして無視をしろだなんて妃沙には無理な話だ。

 幸いにして、今は彼女を激しく警戒している面々はおらず、妃沙一人である。

 背後の大男の威圧感にはちょっと怯んでしまうけれど、話をするくらい大丈夫だろ、とニッコリと微笑んで言った。


「よろしいですわよ、河相さん。この後、部活に参りますのであまりゆっくりお話は出来ませんけれど、わたくしもお話してみたいと思っていましたし、是非」

「キャー! やったぁ! それじゃ、カフェテリアに行こうよ! 萌菜、あそこのパンケーキにハマっちゃってるんだぁ!」


 うふふ、と微笑みながら良いですわね、と頷いて、萌菜と並んで移動を開始する妃沙。

 その背後にはあの大柄な男子生徒が黙って追随している。

 良く見ればその瞳は、妃沙に対して少しばかりの敵対心を抱いているようではあったが、それは妃沙がどうというよりは御主人様──萌菜を心配してのことのようで、その姿はまるで番犬そのものであった。



 ───◇──◆──◆──◇───



「えー!? 妃沙ちゃん、パンケーキ食べないのぉー?」


 美味しいのになぁ……と言いながらパンケーキを食い散らかし、今回も飲み物はココアというその甘い匂いに、妃沙は少しだけ辟易しそうになるも、相変わらず目の前でワケの解らない事を捲し立てる美少女への興味の前では些細な事であるようだ。

 と、言うのも、萌菜と名乗るその少女は何故だか妃沙の周囲の人物の事を熟知しており、とりわけ男子生徒──知玲、悠夜(ひさや)(ひじり)、充の四名と、理事長の莉仁(りひと)の情報にはやたらと明るかったのである。

 それは誕生日だとか好きな食べ物だとか、挙句の果てには好きな女性のタイプだとか。アイツら、何処かの週刊誌でそんなインタビューに答えてないよな、という程の精通っぷりだ。


「知玲先輩、悠夜先輩、聖先輩の三人とみっきゅん、理事長の莉仁様を加えた五人がこの学園の『レーヴ5』なんだよ! この学園内で家柄、容姿、成績共にトップの五人なの!

 萌菜はねぇ、ヤンデレ担当の知玲先輩がすごく好きだったんだけど、こっちの世界に来て実際に逢ったら大人カリスマ担当の莉仁様もすごーく格好良かったし、オレサマ担当の悠夜先輩のシナリオ通りっぷりには震えちゃった! だってねぇ、悠夜先輩は……」


 知玲がヤンデレ? 何言ってんだ、コイツと、その部分にだけはカチンと何かを感じる妃沙。

 そもそも、彼女の言っている言葉の半分以上は理解不能であったのだけれど、知玲を貶めるその言葉だけは見過ごす事が出来なかった──あくまで幼馴染で護衛担当としては。

 そしてその反抗心を最も煽られた言葉が萌菜の言葉の中にあったことには、妃沙は気付いていなかったのである。


「……あの、河相様? 先程から一方的にお話下さるので少々混乱して来ましたわ。情報を整理する時間を頂けません? そもそも、知玲様がヤンデレとはどういう意味でしょうか?

 剣道に邁進し、真実一路なあの方からは想像が出来ない言葉なのですけれど……」


 妃沙のその言葉に、ええぇぇーー!!?? と絶叫し、机にバン、と手を付き、驚愕に目をかっ拡げて妃沙を凝視し出す萌菜。

 本当に、彼女の突拍子もない行動には度々驚かされるな、と、逆に冷静になってしまった程だ。


「妃沙ちゃん!? 莉仁様ルートに入りかけてるんじゃないの!? なんで知玲様ルートのその言葉を萌菜に言うワケ!? ねぇ、妃沙ちゃんは莉仁様が好きなんじゃないの!?」


 ルートだのなんだの、本当に意味の解らない言葉の数々に、妃沙は眩暈すら感じる程だ。

 だがその苦悩は……問い掛けられた『莉仁が好きなんじゃないの?』という台詞に主に由来しているようである。


「はぁァァ!!?? わたくしがあの変テコリンな理事長を!? なんでそうなりますの!? あんなの、ただのロリコンではないですか!」

「ほら、またァ!! それって妃沙ちゃんが精一杯虚勢を張る時のクセだからね!? いつもはお嬢様ぶってるのに、莉仁様関係の時だけはその態度が乱れるんだから!」

「だってそれは……!」


『アイツが俺の素の言葉を聞いているからだ』と言いかけてハッと冷静になり、言い淀む。

 知玲からも莉仁からも、それは絶対に他人に言ってはいけないと言い聞かされている。

 その上、二人に「もし言ったらどうなさいますの?」と同じ質問を投げかけてみたところ、帰って来た答えもまた同じだったのだ。


『君の意思なんてまるっと無視して押し倒す』


 二人とも、その表情が酷く本気だったので、さすがの妃沙も生命の危機を感じてしまい、この事実だけは親友である葵や充、大輔であろうとも語る事なかれと誓っているのである。

 そしてまた、感じていたのが生命の危機であるあたりが、妃沙の妃沙たる所以だ。

 だがしかし、黙ってしまった妃沙を良い事に萌菜は言いたい放題だ。


「だいたいねぇ、逆ハーを築けるのは萌菜の特権なんだよ!? だって萌菜はヒロインなんだから! この可愛い顔でニコッて微笑めばみんな萌菜を好きになってくれる筈なのに……!

 何でみんな妃沙ちゃんに夢中なのぉー!? そんなシナリオなかったよぉーー!!」


 そんなワケの解らない事を言いながら、ついにはポロポロと泣き出す始末の萌菜に、さすがの妃沙も動揺を隠せない。

 自分が何かをした自覚は全くないけれど、訳もわからず自分と対峙した相手──しかもか弱い少女が泣いているという事実に、妃沙は慌ててハンカチを取り出し、その涙を拭こうと手を伸ばす。



「……萌菜。泣いては駄目だ。お前が涙を落とす度、この世界から幸せが消えて行くのだから……お前はいつも笑っていろ」



 渋すぎるそんな声が聞こえ、あっという間に妃沙の視界から萌菜を隠し……どうやらその胸で涙を吸い取っている様子の、今の今まで動かなかった氷山の一角──萌菜曰く『せいくん』。

 うぇぇー、としゃっくりを上げる萌菜と、よしよし、と彼女の頭を優しく撫でる大男に対し、今まさに妃沙はいたいけな少女をイジめている悪役令嬢のポジションそのままである。



「面白そうな話をしてるね。ボクも混ぜてもらって良い?」



 混乱する妃沙の脇でからそんな声が聞こえて来た。

 良く通る声を響かせながらアワアワすることしか出来ない妃沙の隣に立ち、金茶色のフワフワの髪を揺らしながら妃沙の肩を抱いてくれるのは……



「充様ァァーー!!」

「キャーー、みっきゅぅぅーーーん!!」



 妃沙と萌菜の悲鳴が、午後のカフェテリアに響き渡ったのだった。



 ───◇──◆──◆──◇───



「キャー! みっきゅん……みっきゅん!! 萌菜ね、知玲先輩の次にみっきゅんが大好きだったの! 可愛いのに腹黒で……みっきゅんルート、本当に大変だったんだからぁー!」

「初めまして、河相 萌菜さん、だっけ。妃沙ちゃんから聞いてるよ。本当に面白い話を聞かせてくれる女の子なんだってね。

 何故だかボクの事は知ってくれているみたいだけど、ボク的に気持ちが悪いからちゃんと自己紹介させてくれるかな?」


 ドン、とせっかく慰めてくれていた『せいくん』を突き飛ばし、充に突撃する萌菜。

 だが、芸能活動をしている充はそんな対応など朝飯前である。


「いつも応援してくれて有り難う。ボクは栗花落(つゆり) (みつる)。 以前にも伝え聞いたけど……対峙したこの場で、キミのその可憐な唇から聞かせて? ──キミの名は……?」

「河相 萌菜だよぉぉーー!! みっきゅん、サイコー!」


 萌菜ちゃんか、キミにピッタリの可愛い名前だね、なんて言いながら、驚愕の表情で充の袖を引っ張る妃沙の手にそっと手を添えて「ちょっと待ってね、萌菜ちゃん」と甘い笑顔を萌菜に寄越し、妃沙と充は声の聞こえない範囲──余裕を以て6メートル以上先に移動する。

 なお、その移動速度がやたらと速いのは、焦った充が妃沙を半ば抱えて移動したからであり、その時間はまさに一瞬であった。



「充様……充様!! 本当に助かりましたわ! 面白そうだと思って接触したら、何故だか泣かれてしまって……」

「だから知玲先輩からも理事長からも、あの子とは関わるなって言われてたんでしょ。そんなの誰にだって解ることなのに……妃沙ちゃんは面白生物に対して興味を持ちすぎるよ」



 だって、と言い淀む妃沙に言葉を遮り、「だってじゃない!」と強い言葉を告げる充の良く通る声はカフェテリア中に聞こえてしまう程の音量であったのだけれど、「待て」と言われてそれをそのまま受け取り、素直に実行しようとする残念系の自称ヒロイン・河相 萌菜は今、目の前のパンケーキに夢中になっており、そして相変わらず斜め背後に立ったままの大男に告げる。


「もぉ☆ そんな怖い顔で見つめられたら、甘い物も辛くなっちゃいそー! (せい)くん、一口あげるから萌菜の前にお座りィー!」


 ここに妃沙がいなくて良かったと思う他ない。

 もし妃沙がいたならば、指を差して盛大に笑ってしまっていたに違いがない。だから、話声が聞こえない距離に移動したことは……お互いにとって最善の選択だったのである。


「妃沙ちゃん、良いからボクの話をちゃんと聞いて理解してね? だいたい、キミが面白そうだからって釣られることがなければ……」と説教をする充と。

「……甘い物はお前の手を通した方がより一層甘くなるな、萌菜」なんて、色気ダダ漏れの渋い声で告げる大男と。


 二人の美少女は詰問と甘さという相反する雰囲気に包まれているのだけれど、それが妃沙と萌菜という二人の美少女の内面を現しているのかもしれなかった。

 だがここは、甘ったるい雰囲気には胸やけがしそうだし、物語上関係がないので辛口チームをフィーチャーさせて頂くことにする。


「あの子には関わるなって言われてるハズでしょ!? なんでこんな所で二人と護衛でお茶しようとしてるの!? 知玲先輩の心配とか、理事長の警告を聞いていないワケじゃないんでしょ!?」

「ええ、それは……。直接とLIMEと電話とで聞いておりますわよ。けれど充様、あんなに可愛い女の子からお話したいなんて言われて断れる人間がおりまして?」

「いい加減に自分の容姿と価値を理解しよっかァ!? あのね、あのテの女の子が『美少女』の妃沙ちゃんに接触して来るなんて何か含む所があるに決まってるでしょ!? ましてや柔道部部長を連れて来てるんだから! 類い稀な美貌を持って生まれたとはいえあの言動だよ!? 警戒しない方がおかしいだろうが!」


 思わず乱れてしまった充の口調に、妃沙は思わずパチパチと拍手を送ってしまう。


「あらイヤですわ、充様ったら。そのキャラは『彼女』の前でだけ出すものなのではありませんの?」

「そうだよ! だから出させるな! それとね、ボクと美子(みこ)、婚約したから! ボクが大学卒業したら結婚するから! 先越してやったよ!!」


 まぁぁ、と両手を口に当て、しかし次の瞬間にはギュッと充に抱き付いて「おめでとうございますっ!」と抱き付く妃沙。その瞳には涙すら浮かんでいるようである。

 当たり前だ、初等部の頃からずっと見守っていたその純情が、ようやく実を結ぼうとしていたのだから。

 妃沙にとっても、充の思い人たる詠河(うたがわ) 美子(みこ)という女性は、散々聞かされた惚気話の中からも窺い知れる程に魅力的な女性で……どうやら縦ロールは卒業したらしいけれど、真っ直ぐに充を愛してくれているのは察していたのである。



「充様……みつる……さま……! おめでと……ございます……!」



 度々涙で声を乱しながら盛大な祝福をくれる、今では彼の『親友』と言っても過言ではないこの美少女。

 直前までその破天荒すぎる行動に怒りすら覚えていた筈なのに……何故だろう、同性の親友である大輔より先に彼女にその事実を伝えてしまったし、怒りなんてとっくに霧散している。

 それはきっと、妃沙の行動に本気で怒りなど覚えていないからだし、そしてその底抜けな優しさが彼を惹き付けて止まないからに違いない。


「妃沙ちゃん、キミが男だったら絶対に……唯一絶対の親友になってたと思うな」

「充様……わたくしにとって貴方は……もう既に親友、ですわ」


 葵とは意味が違いますけれどね、と告げる美少女を正面から抱き締めてもなお、ときめかない自分の心を、あー、ボクは美子に惚れ過ぎだなぁ、という認識を以て受け入れる充。

 妃沙もまた、知玲や莉仁とは違う温もりをくれる充の腕の中を、とても心地よく受け止めていた。

 そしてその様子を、何処か危険な色をその瞳に載せて見つめている人物がいた。



「……(せい)くん、大変! 緊急事態だよ! みっきゅんがドロボウ猫ルートに入ってる。この間の感じだと知玲先輩と莉仁様もヤバいんだぁ……。でも、今は急いでドロボウ猫ルート、潰さなきゃ!」

詠河(うたがわ) 美子、だな? 心得た」



 数メートル離れた先でそんな物騒な会話を交わし、離れて行く大男──萌菜曰く『せいくん』。

 だが、その言動は妃沙とイチャついていた充にはダダ漏れであった。何故なら彼は、登場したその時に『護衛の彼の襟(・・・・・・)』に盗聴器を仕掛けていたのである。


「……妃沙ちゃん、これから少しだけキミの周囲が騒がしくなるかもしれないけど……こんな風に簡単に誘いに乗ってしまわないで。あの子、ホントにヤバい。なんか美子が狙われてる。

 いつか知玲先輩に危害が及ぶ事があるかもしれない。先輩は強いから自分の身は守れるかもしれないけど……あーもう、何言いたいのかわっかんないな。ごめん、ボクは今、妃沙ちゃんより美子が大事」

「当たり前ですわ! せっかく想いが実ったのですもの、誰よりもたて……いえ、詠河(うたがわ)先輩を大事にしなければ、逆にわたくし、充様を軽蔑してしまいましてよ。

 ……そうですわ、充様、これをお持ち下さいまし。わたくしには予備もありますし、何かの役に立つかもしれませんから」


 縦ロール先輩って言いかけたよね、というツッコミすら忘れ、充は妃沙から小さな玉が取り付けられているミサンガのような物を受け取った。

 確か、この玉には知玲の『気』の魔法が込められており、投げ付けたりして衝撃を与えれば対象を吹っ飛ばす事が出来る、という説明を妃沙から聞いたような気がする。


「ありがと、妃沙ちゃん。助かるよ!」


 御礼もそこそこに、充もその場所を後にした。

 誰がどんな悪意を美子に向けようとしているかは知らないけれど、あいにく、彼の脚は黄金の脚である、人であろうが車であろうが、想う気持ちは時空を超えるのである。

 そして、そんな彼に任せておけば、充の婚約者の安全は大丈夫だろう、と、妃沙はまさに悪役令嬢めいた微笑みを浮かべて萌菜の前に移動すると、相変わらずパンケーキを食い散らかしている萌菜に言い放った。

 ──食べる姿が美しくない人間には、その心根が現れてンだよ、という前世の持論を展開しながら。



「河相 萌菜さん、貴女、この学園にいながら魔法をナメ過ぎですわ。壁に耳あり障子にメアリーとは良く言ったもので、魔法を使えば空中のメアリーさんが術者に真実を教えてくれますのよ」



 嘘八百である。しかもメアリーではなく目あり、なのだが、それでなくても残念な頭脳を持つ萌菜には何も言う事が出来なかった。

 元ヤンキー、そして目が合うだけで妊娠するとか殺されるとかいう噂を流された『綾瀬 龍之介』の迫力が今、『水無瀬 妃沙』のそれを上回った瞬間であった。



「貴女のお話自体は楽しいものですから、わたくしには存分にその妄想を垂れ流して頂いて構いませんわ。けれど、お話を伺うに貴女、随分と自分中心に世界が廻っているのだと考えていらっしゃるようですわよねぇ?

 そのお幸せな思考回路は教えて頂きたい程ですけれど……だからと言ってわたくしの大切な人達に手を出したら……絶対に許しませんわ」


 俺の知り合いに手を出すな、と、ビシッとその顔面に指を突き出して格好良く決めた妃沙……の、筈なのだが。、



「キャーキャー、キャァァーー!! 妃沙ちゃん格好良い! イベント通りィィーー!!」



 ……河相 萌菜。彼女はどうやら、妃沙の全力の格好良さも無碍にする阿呆さを持ち合わせており……



「どこの乙女ゲームのヒロインなのです、貴女は!?」

「マジシャンズ・ハーモニーだよぉー!!」



 問われて即座にそんな返事を返す程に、彼女は何処までも『乙女ゲームの中に転生したヒロイン』であったようだ。

 ……だがそれはこの世界を『現実』として受け止め、ましてやそんなゲームの内容など知らない妃沙にはチンプンカンプンの言葉だったのである。


◆今日の龍之介さん◆


龍「イヤだから、とにかく話が通じねぇし言ってる事もワケわかんねぇんだよ!」

知「だから二人っきりになるなって注意してたのに……。で? 彼女はなんて?」

龍「何でも手品師の国から来たそうだぜ」

萌「マジシャンズ・ハーモニーだってばぁー! 手品師じゃないゾ☆」(ぷくっと頬を膨らます)

龍「……な? 言葉が通じねェだろ?」(引)

知「これは……確かに……」(引)


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